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神宮。御箸をお供えして1500年──大嘗祭、由貴大御饌に竹折箸 [伊勢神宮]

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神宮。御箸をお供えして1500年
──大嘗祭、由貴大御饌に竹折箸
(「神社新報」平成2年2月12日号から)
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写真は神宮月次祭
H050615神宮月次祭2.jpg

▢日別朝夕大御饌祭の檜箸──年間じつに数千双

 午前5時半。まだ明けやらぬ伊勢神宮の神域。吐く息が白い。寒さが身も心もいっそう引き締めてくれる。

 昨夜から斎館で参籠していた当番の神職は、起きるとすぐ白衣に着替え、潔斎所へ。けっこう慌ただしい。ゆっくり髪をセットしているような暇はない。

 6時、忌火屋殿(いみびやでん)で神饌の調理が始まる。権禰宜(ごんねぎ)と宮掌(くじょう)、出仕の仕事だ。

 神饌は御水(おみず)、御塩(みしお)、御飯(おんいい)が中心。権禰宜が火鑚具(ひきりぐ)で忌火を起こし、米を蒸す。御塩は海水を煮詰め、焼き固めた昔ながらの堅塩(かたしお)を用いる。お供え用の水は調理の合間に上御井(かみみい)神社から頂いてくる。

 明治になって、野菜や海藻、魚なども添えられるようになった。

 今日のメニューは、

①御飯3盛、
②乾鰹(ひがつお)1本、
③鯛1尾、
④昆布、
⑤ホウレン草、
⑥イチゴ7個、
⑦御塩、
⑧御水、
⑨清酒3献。

 別宮の神々には果物はない。神饌は一座分ずつ6つの檜製折櫃に入れ、白木の唐櫃に納められる。

 7時半、すべての準備が整うと、神職は斎館で朝食。こちらはご飯と味噌汁、卵、海苔がメニューだった。


▽あっという間に御垣内(みかきうち)へ

 9時10分前。斎館から忌火屋殿へ参進が始まる。サクッサクッサクッ。浅沓(あさぐつ)が玉砂利を踏む音が心地いい。空気が張り詰める。

 先頭は衛士(えし)、続いて禰宜、権禰宜、宮掌。宮掌は、御饌殿の御鑰(みかぎ)を手にしている。

 参道は早くも参詣者の波が始まっているが、ここはまったく別世界。何百年という年輪を刻んだ老杉が林立するさまは怖いほどである。沈黙のなかで鳥のさえずりだけが聞こえる。

 忌火屋殿前庭にはあらかじめ神饌辛櫃が置かれている。周囲は板塀で囲まれ、参道からは見えない。神饌、禰宜、権禰宜の順で、御塩による祓いが行われる。

 次に2人の出仕が辛櫃をかつぎ、御饌殿に向かって参進する。約70メートル。先頭から衛士、禰宜、出仕に担がれた神饌、宮掌。神饌の右横に権禰宜が従っている。

 禰宜が「オー」(七声半)と警蹕(けいひつ)をつぶやくように唱える。参進の列はあっという間に板垣北御門をくぐって、御垣内に消えていった。

 神饌はこのあと御饌殿前に進んでいるはずである。御饌殿に昇殿を許されるのは宮掌までである。

 殿内には6神座が置かれる。明治以前は、

①天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、
②豊受大御神(とようけおおみかみ)、
③豊受大神宮相殿神

 の3座だけだったが、神祇制改革で、

④皇大神宮相殿神、
⑤皇大神宮別宮10所、
⑥豊受大神宮別宮4所

 が追加された。


▢まっ先にお供えする──聞こえるのは御扉と辛櫃の音だけ

 禰宜は刻御階(きざみぎょかい)を昇り、南北の御扉(みとびら)の鍵を開け、帳(とばり)を上げて、南の扉から殿内へ入る。続いて、権禰宜、宮掌も昇殿して、神前の白木神饌案に神饌を供える。

 殿内では膝進(しっしん)、膝退(しったい)する。

 板垣にさえぎられて、祭典の様子は外からはまったくうかがい知れない。御扉を明ける音、辛櫃の蓋を取る音がかすかに聞こえてくる。

 まっ先にお供えするのが御箸である。トクラベの葉1枚を半分に切って、素焼きの箸台に敷き、その上に載せて、恭しく捧げる。

 その後、順次、御飯、乾鰹、鯛、海藻、野菜、果物、御水と神饌を奉る。

 最後に御酒を横瓶(よこへい)から土器におつぎする。3献お勧めしたあと、殿外に降り、庭上の座に著(つ)き、禰宜が祝詞を奏上、全員で神宮独得の八度拝を行う。

 神々が食事を終えられたとみるや、神饌を撤下(てっか)し、退下(たいげ)する。

 9時40分、朝御饌は終わる。


▽御箸調整は宇治工作所で

 常典御饌に添えられる御箸は長さ1尺2寸(36センチ)。かなり長い。軸は八角で、両端が少し細い。神宮檜製で、軽い。

 作られるのは宇治工作所の一角で、仕上げは手作業だという。

 常典御饌には毎日12双(神宮では「膳」とは数えない)の箸が使われるが、三節祭ともなると摂末社を含めて一度に125双必要になる。したがって1年間に使われる箸はじつに数千双におよぶ。


▽御箸を捧げる全国の神社

 神饌に箸をお供えする神社がほかにも何社かある。

 熱田神宮では大祭、中祭に熟饌が供進され、白木の柳箸が添えられる。海部郡甚目町の萱津神社から奉納された長さ2尺の柳の枝を祭典の前日、神饌調理のときに皮をはいで箸にする。

 春日大社では、御日供(おにっく)以外に熟饌がお供えされ、白木の柳箸が添えられる。

 出雲大社では、逆に御日供に特別の箸饗膳に載せた長さ40センチの柳箸を御箸案にお供えする。御箸を供進するのは宮司と決まっている。

 金刀比羅宮では御日供だけに熟饌が供進され、檜箸が用いられる。

 上賀茂神社では山から採ってきた漆の枝の皮をはいで箸とし、御日供祭にお供えする。


▢大嘗祭の竹折箸─新帝が神々と新穀を共食

▽須佐之男命の「箸流れ」伝説

 古代日本にはこうした二本箸とは形態の異なる箸があったと考えられている。

 折箸である。

 箸が文献にはじめて登場するのは、ご存じ、「八俣(やまた)の大蛇(おろち)」伝説である。

 高天原を追放された須佐之男命が出雲国・肥の川(現在の斐伊川)に降りてみると、折しも川上から箸が流れてきた──。これが「箸流れ」伝説の冒頭である。

 この箸はピンセット型の竹折箸であろうと考えられている。もし二本箸なら木の枝と間違えるのが関の山だろうという推理からである。


▽由貴殿内陣の至高の秘儀

 竹折箸は、いまでも宮中の大嘗祭および新嘗祭の由貴大御饌(ゆきのおおみけ)に使われる。

 大嘗祭のハイライトは、11月卯の日の夜半から翌朝にかけて行われる「宵の御饌」「暁の御饌」の供進である。新帝が天神地祇に新穀を捧げる至高の秘儀で、神々との共食によって、いわば神々と命を共有されるのである。

 午後9時、まず「悠紀殿供饌の儀」が悠紀殿内陣で執り行われる。純白の生絹(すずし)の祭服をまとった天皇は、お手水をつかわれたのち、みずから古来の作法に従って神饌と神酒を供進される。

 神饌は米と粟の強飯および粥(炊いたご飯)、新穀で醸した白酒(しろき)、黒酒(くろき)、生魚(なまもの)4種、干魚(からもの)4種、菓子(くだもの)4種、汁漬(しるつけ)、羹(あつもの)。

 神饌供進を介添するのは采女(陪膳(はいぜん)女官、後取(しんどり)女官)2人のみである。

 内陣の火の気はない。黒木、白木の燈籠の微かな明かり。遠くから神楽の歌が聞こえてくる。

 新帝は御拝礼、御告文(おつげぶみ)上奏ののち、新穀と御酒を神々と共食される。「御直会の議」である。

 窪手(くぼて)から葉盤(ひらで)に盛られた米御飯、粟御飯を各3箸嘗め、次に白酒、黒酒を各4度飲まれる。


▽五具は供饌用、一具は直会用

 供饌と直会に用いられるのが竹折箸である。葛製の御箸筥に六具用意される。五具は供饌用で、一具は直会用だ。

 むろん手作りで、新竹を一節つけて切り、U字型に曲げ、木綿(ゆう)で止める。長さは8寸。中程を二本箸と同じように持つ。口元で箸の先端が跳ねてしまって食べづらいようにみえるが、意外に使いやすい。

 新嘗祭の起源は弥生末期の3世紀頃といわれる。他方、伊勢神宮の常典御饌が始まるのは5世紀とされるが、神宮の祭祀に使われる御箸も元来は竹折箸ではなかったかと指摘する人もいる。ただそれを証拠づける史料はない。

 一般には8世紀末には使われなくなり、10世紀には完全に姿を消す。


▢「手食」から「箸食」へ─聖徳太子が導入!?

 日本人が箸を使って食事をするようになったのは、いつの時代からであろうか?

『魏志倭人伝』『隋書倭国伝』によると、7世紀初頭まで日本人は一般に手食だったらしい。古代の手食文化を伝える神事も伝わっている。

 京都の賀茂別雷(かもわけいかずち)神社では、葵祭に先立って5月12日の深夜、漆黒の暗闇のなかで、秘祭「御阿礼(みあれ)神事」が行われる。神代の昔に賀茂の神が降臨したとされる神山(こうやま)に神職が赴き、御神霊をお迎えするのである。

 このとき神職は折櫃に盛った「掴みの御料」と呼ぶ神饌の混ぜ御飯を半紙でつかんで食べる。箸は用いない。

 石川県七尾市の大地主(おおとこぬし)神社では、5月14日、「青柏祭(せいはくさい)」本祭の直会で氏子代表3人が衆人環視のなかで神饌の白飯(御福(みふく))を手づかみで平らげる。飛鳥時代から継承されているもので、七尾市近郊の神社では一般的な行事らしい。

 箸の文化に詳しい民俗学者本田總一郎氏によると、日本人の食事作法が手食から箸食に変わったのは、奈良時代であり。箸食作法を導入した「仕掛け人」は、なんと聖徳太子だという。

 それならどのように箸食へと変わっていったのか、それはつぎの機会にゆずることにする。

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