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ムハンマド風刺漫画暴動 ──宗教的理由だけでは説明できない [イスラム]

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ムハンマド風刺漫画暴動
──宗教的理由だけでは説明できない
(「神社新報」平成18年4月3日)
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▽ イスラムを冒涜


 北欧デンマークの有力紙がイスラム教の預言者ムハンマド(マホメット)を風刺する漫画を掲載したことに対するイスラム教徒の抗議行動が世界的に拡大し、激しさを増してゐる。
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 海外からの報道によると、発端は、昨年(平成17年)九月末に同国ユランズ・ポステン紙が「表現の自由」に関する記事とともに、十二枚の漫画を掲載したことだった。たとへばその一枚は、ヒゲをたくはへたムハンマドが導火線に火のついた爆弾型のターバンを頭に巻き、そのターバンにはイスラムの信仰告白がアラビア語で書き入れられてゐた。

 イスラム教徒による自爆テロを連想させるのに十分な衝撃的な絵を、同国在住のイスラム教指導者は「尾ひれ」をつけて世界中のイスラム教徒に知らせ、

「デンマーク人は我々を憎んでゐる」

 と訴へたことから、イスラムの怒りが爆発した。

 事件には伏線がある。ある作家がイスラムの歴史をデンマークの子供たち向けに一冊の本にまとめようと考へ、ムハンマドの挿絵を募ったところ、イスラム教徒が抗議した。

「描いたら殺すぞ」

 と脅迫された挿絵作家もゐたといふ。これに対してポステン紙は「表現の自由」の保障を証明しようとムハンマドのイラストを募集し、応募作十二枚を掲載、これにイスラム教徒は

「冒涜」

 と反撥したのである。

 在留邦人からの情報では、事件はしばらくして収束に向かひ、年末には一件落着したかに見られてゐた。ところが、今年(平成18年)一月末になって仏国や独など欧州の他国の新聞が漫画を転載したことでぶり返され、デンマーク製品の不買運動が広がったばかりでなく、「表現の自由」擁護の議論が高まるのに比例してイスラムの反撥は強まり、中東地域のデンマーク大使館放火へと発展し、さらに混乱は世界に広がった。


▽ 偶像禁止の徹底


 イスラム教徒の怒りはなぜかくも激しいのか。複数のイスラム教徒に取材した。

 話を総合すると、第一にイスラム教はユダヤ教やキリスト教と同様、唯一神を信仰し、偶像崇拝を禁止する。偶像禁止は

「万物を創造した絶対唯一で無二の超越者」

 への信仰から導かれ、時空の創造者であり、時空に拘束されないアッラーを具象化することは不可能であり、具象化は信仰に反するとされてゐる。

 ユダヤ教やキリスト教と異なるのは、偶像崇拝の禁止がより徹底してゐて、具象的な宗教的絵画や彫刻までが禁止されてゐることだ。キリスト教世界ではイエス・キリストを題材に絵画や彫刻、映画などが作られるが、イスラムではムハンマドを具象化することは認められない。三十年前に中東で製作された『ザ・メッセージ──砂漠の旋風』はムハンマドを主人公にした唯一の映画といはれるが、ムハンマド役の俳優は登場しない。

 日本でも十年ほど前、大手出版社がムハンマドを漫画にし、そして事件が起きた。当時の報道によれば、小学生向けの学習漫画『世界の歴史』シリーズの第七巻「イスラム帝国と預言者マホメット」に、ターバン姿のムハンマドが描かれてゐた。イスラム団体が

「信仰を傷つける」

 と抗議、同社は謝罪の上、出荷を取りやめ、流通してゐた約千部を回収した。七巻は「西ヨーロッパの成立とカール大帝」に差し替へられた。

 イスラム教はイスラム教徒の教へであって、異教徒にまで遵守を求めるべきではない。実際、イスラム教徒が異教徒に禁酒の戒律を要求したりはしないが、「ムハンマドは別」らしい。コーランに登場する二十四人の預言者の中でもっとも偉大な最終預言者と信じられてゐるからだ。信仰告白の

「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはその使徒である」

 が端的に示してゐるやうに、ムハンマドを最後の預言者と信じることはイスラムの信仰の神髄である。ムハンマドへの信仰が「表現の自由」といふいはばキリスト教文化圏の思想によって侵されることに、イスラム教徒は耐へられないのである。


▽ 教へに合はない


 ましてやムハンマドが中傷されることはとうてい許されない。

 約二十年前、英国の作家サルマン・ラシディがムハンマドの生涯を題材にした小説『悪魔の詩』を書いた。イスラムへの揶揄がちりばめられてゐたため、イランのイスラム指導者ホメイニは

「ムハンマドとイスラム教を冒涜した」

 として「死刑宣告」した。イタリアでは翻訳者らが襲撃され、日本でも翻訳した大学教授が何者かに殺害されるといふ事件が起きた。

 先述した日本の出版社の事件では、版元が折れて、事態は理性的に収拾されたが、ラシディはいまなほ警察の保護下にあるともいはれ、今回の風刺漫画事件では暴力と破壊が拡大の一途をたどってゐる。なぜなのか。

 イスラム教徒による破壊といへば、アフガニスタン・バーミアンの仏教遺跡爆破が思ひ起こされる。世界最大の石仏はイスラム原理主義政権タリバンによって五年前、完全に破壊された。

 しかしイスラム教が偶像を禁止するものの、破壊を教へてゐるわけではないことはエジプトのスフィンクスがイスラム時代にも守られたことから理解される。

 つまり破壊行為は宗教的理由では説明できない。事実、イスラム国家やイスラム団体の指導者は今回の一連の暴力行為を非難し、

「暴力の煽動は教へに合はない」

 と呼びかけてゐる。

 それなら破壊はなぜ起きたのか。

 中東のレバノンに在住する日本人ジャーナリストの指摘は傾聴に値する。大使館放火事件が起きたシリアやレバノンはイスラム原理主義の勢力が弱い。シリアは集会の自由も制限されてゐる警察国家なのに暴動が起きた。米国のライス国務長官は

「政府が煽動した」

 と批判してゐる。「軍事独裁」と国際的批判を浴びてきたシリアのアサド政権は、風刺漫画事件を利用して、自分たちを倒せば、今度は過激な原理主義者が政権を握ることになると意思表示したのではないかといふのである。

 その隣国のレバノンは昨年(平成17年)、数十万人規模のデモが頻発したとはいへ、暴動には到らなかった。

 今回の焼き討ち事件はシリアの関与が濃厚だといはれる。集会を呼びかけたのは政府公認の穏健なイスラム組織であり、参加者の多くは家族連れだったが、デンマーク大使館に近付くに連れ、武器や石を手にする若者が増え、ついには教会や商店の略奪が始まった。

 イスラム指導者は身を挺して阻止を試みたが、果たせず、

「過激分子が潜入している」

 と批判声明を出した。数百人の逮捕者の半数はシリア人やパレスチナ人だった。

 少なくとも両国に関しては、イスラム教徒を暴力と破壊に駆り立ててゐるのは、表向きの宗教的理由ではなく、むしろ政治的理由であることが見えてくる。

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