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聖徳太子の17条憲法とチベットの16条憲法 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.16
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第16回「聖徳太子の17条憲法とチベットの16条憲法」


▼ペマ・ギャルポさんの祖国

 日本によく似た文化が遠く離れた国にあったりして、あっと驚くと同時に、歴史のロマンをかき立てられることがあります。たとえばチベットです。

 テレビなどでおなじみのペマ・ギャルポさんはこのチベットの生まれです。1959年のチベット動乱のあと、中国による圧政を逃れ、最高指導者のダライ・ラマ14世に従い、インドに亡命しました。来日したのは1965年と聞きます。

 ペマさんの祖国・チベットが建国されたのは紀元前127年、その歴史は第1代ニャティツェンポ王の即位に始まるといわれます。そのころチベットの人々は、日本の神道との共通性が指摘される、ポン教(ボン教)とよばれる自然崇拝と祖先崇拝を基本とする固有の民族宗教を信仰していました。

 仏教が最初に伝わったのは第32代ソンツェンガンポ大王の治世といわれます。大王は7世紀初頭にチベット諸族を統合し、強力な統一王朝を建てました。そのころ中国は唐の時代で、唐の太宗は皇女文成公主を降嫁させました。ネパールのネワール朝からは王女ブリクティが妃として迎えられます。大王はこの2人の妃を通じて仏教を知り、仏教による政治を推進します。都ラサなどに多くの寺院が建てられ、仏教文化が花開きました。チベット文字が作られ、仏典が翻訳されました。


▼内容がそっくり

 ペマさんから以前、うかがったお話で興味深かったのは、聖徳太子の17条憲法によく似た「16条憲法」がチベットにあるということでした。

 ソンツェンガンポ大王は聖徳太子と同時代人で、大王は太子の17条憲法にそっくりの16条憲法を制定しました。両者の類似性を発見したのは、国立国会図書館の東洋文庫長だった岩井大慧氏のようで、岩井氏によると、東洋文庫が所蔵するチベット文献、具体的には大史マニカンブムやダライラマ法王系譜などに問題の16条法が載っているのだそうです。その本文はこうなっています。

 殺生、不与取、姦通、虚栄の四根本を断ずるをその一。
 三宝を信じ、仏語を成就するをその二。
 父母の恩を無量なりと感謝するをその三。
 有徳者、高貴の人、年長者を尊敬するをその四。
 親属、知友に対して、情細やかに善き人となるをその五。……

 これに対して、聖徳太子の17条憲法は、おおむね次のようになっています。

 一にいわく、和をもって貴しとなし、さからうこと無きを宗とせよ。
 二にいわく、篤く三宝を敬え。三宝とは仏・法・僧なり。
 三にいわく、詔をうけたまわりては必ず謹め。君をばすなわち天とす。臣をばすなわち地とす。
 四にいわく、群卿百寮、礼をもって本とせよ。
 五にいわく、みちわいのむさぼりを絶ち、たからのほしみを棄てて、明らかに訴訟をわきまえよ。……


▼儒教と仏教の二本建て

 岩井氏は両者の類似性を指摘し、さらにインド・アショカ王の10条の徳目やマイソールの碑文の6カ条、デリーの銘文の8カ条、などとの近似性をも指摘しています。そのうえで、ソンツェンガンポ大王と聖徳太子の業績が偶然の一致とは考えられないから、ひな形となる思想や文献があったのではないか、と推理しています。

 しかし大きな相違点がある、と指摘するのは宮田俊彦・茨城大教授です。チベットの16条は仏教一色ですが、太子の17条は儒教と仏教の二本建て、儒教の基礎の上に仏教が置かれている、というのです。「和をもって貴しとなし」は「礼記」「論語」にも見られることが指摘されます。

 それならなぜ仏教思想で貫くのではなく、儒教と仏教の融合が図られたのか。それこそが聖徳太子17条憲法の核心でしょう。当時、日本のみならず東アジアは激動の時代でしたが、乱の時代に「和」を自覚した太子が「和」の精神を第一とする日本の多元的、多宗教的文明の原理を宣言した、と見ることはできないでしょうか。


 参考文献=ダライ・ラマ14世『大乗仏教入門』(白帝社、1980年)、岩井大慧「17条憲法は果たして聖徳太子の独創か」(「歴史教育」歴史教育研究会編、昭和29年1月号)、宮田俊彦「聖徳太子とその時代」(「歴史教育」、同4月号)、『論集日本仏教史1 飛鳥時代』(雄山閣出版、平成元年)など



(((((((( 「天皇・皇室の一週間」 )))))))))))

1月20日(日曜日)

□秋篠宮殿下は妃殿下を伴われて、ジャカルタで開かれた日本インドネシア友好年記念式典に出席され、お言葉を述べられました(中日新聞)。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008012001000328.html

1月19日(土曜日)

□秋篠宮・同妃両殿下はインドネシアのカリバタ英雄墓地を訪問され、記念碑に献花・黙祷されました(読売新聞)。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080119ic07.htm

1月18日(金曜日)

□天皇陛下が通常国会の開会式にお出ましになり、お言葉を述べられました(時事ドットコム)。
http://www.jiji.com/jc/p?id=20080118141947-5852488

 お言葉は宮内庁のホームページに掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/okotoba-h20-01.html

1月16日(水曜日)

□皇居・宮殿で新春恒例の歌会始の儀が行われました(時事ドットコム)。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008011600459

 陛下をはじめ皇族方のお歌や詠進歌は宮内庁のホームページに掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/utakai/utakai-h20.html

□皇后さまのご体調について宮内庁が発表しました(時事ドットコム)。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008011600859

 発表の内容は以下の通りです。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/kougouheika-h200116.html

□秋篠宮さまが「日本インドネシア友好年」の名誉総裁に就任された、と宮内庁が発表しました。今年は国交樹立50周年です(日経ネット)。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080116AT1G1603916012008.html

1月13日(日曜日

□皇后陛下が東京・上野の森美術館にお出ましになり、ちぎり絵の展覧会を鑑賞されました(MNS産経ニュース)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/080113/imp0801131441000-n1.htm


((((((((( お知らせ )))))))))

2月3日(日曜日)の午後1時から靖国神社の参集殿を会場に勉強会があり、歴史問題をテーマに講演します。定員は300名。参加は無料ですが、入場券が
必要で す。先着順ですので、お早めにお申し込みください。
http://www.yasukuni.jp/%7Esukei/page079.html
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