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2 五輪招致協力要請、石原都知事のご乱心 [石原慎太郎]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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 2 五輪招致協力要請、石原都知事のご乱心
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 世界の少なからぬ君主制国家のなかで、日本の皇室ほど、謙虚さと清らかさという美徳を体現されているのを、少なくとも私は知りません。

 それと比較するのはもとより愚かなことですが、この人が発する言葉には美しさがありません。皇太子殿下の五輪招致への協力を要請している石原東京都知事のことです。意のままにならぬ宮内官僚を繰り返し口汚くののしっています。ご乱心というほかはありません。

 都知事としては何としてでも2016年夏のオリンピック招致を実現したいのでしょう。それは十分に理解できることですが、第一次選考をトップで通過したとはいえ、招致が本決まりとなっていない現段階で、皇室のお出ましを願うことはあってはならない政治利用であると同時に、政治家や官僚たちの能力不足を補うために皇室を利用することは本末転倒です。

▽1 意思表示しない福田首相

 報道によると、今月初め、都知事は福田首相と会談し、皇太子殿下のご協力を正式に要請したのでした。

 これに対して、首相が何と答えたのか、報道はありません。代わって反応したのは宮内庁の野村東宮大夫で、「難しい。招致運動は政治的要素が強い」「まず政府内で詰めるべき話だと思う」などと、定例会見で述べたと伝えられます。

 東宮大夫の見解は正論ですが、都知事は猛反発しました。それにしても「宮内庁の馬鹿が」という発言は公人として不適切であると同時に、荒ぶる言葉で皇室のお出ましを願うことは矛盾しています。

 都知事の意を受けたのか、河野事務総長が昭和39年の東京オリンピックで昭和天皇が開会宣言をしたことを例に挙げ、皇室の「プレゼンス」を訴えたのも、問題のすり替えかと思います。いまはオリンピック招致が決定されたのではなく、それ以前の段階だからです。

 ただ、「宮内庁ごときが判断すべきことではない」という知事の発言はある意味で正しい表現です。つまり、現段階での協力要請に対して明確に「時期尚早」と意思表示しない福田首相、無見識に要請の場に同席した「森くん」(元首相)こそ責められるべきだからです。

▽2 「帝室は政治社外のものなり」

 なぜ皇室の政治利用が望ましくないのか、当メルマガの読者ならすでにご存じでしょう。哲学者の上山春平先生が指摘しているように、古代律令制の時代から、天皇はみずから政治権力を振るう立場になく、権力は官僚機構の頂点にある太政官に委任されました(『日本文明史』など)。

「帝室は政治社外のものなり」「帝室は万機を統(すぶ)るものなり。万機に当たるものにあらず」(福沢諭吉『帝室論』)として、天皇は非常時はともかくとして、平時においては、政争に介入しない立場にありました。だからこそ、皇統は今日に至るまで継承され、天皇を中心とする国家が一貫して継続してきたのです。

「皇室は国民のためにある。国家のためにある。国事に協力されている。オリンピックも国事じゃないですか」と都知事は発言しているようですが、天皇の文明的価値を深く理解されるなら、現段階での協力要請は慎まれるべきです。

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