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2 今週のもう一本 ──政教分離が新潟中越地震復興のネック? [政教分離問題]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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 2 今週のもう一本
 政教分離が新潟中越地震復興のネック?
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 今月6日、新潟日報にたいへん興味深い記事が載りました。長岡市の蒼柴(あおし)神社の境内にある約80基の灯籠が5年前の新潟中越地震で倒壊したままの惨状をさらしているというのです。

 市民からは「長岡のシンボルを復活させて」という声が上がっているのにもかかわらず、復興できずにいるのは、不況で住民らの寄付が集まらないことのほかに、文化財に指定されていないために県の基金が活用できないからだと記事は伝えています。

 とくに市は「政教分離の観点から神社への助成はできない」と語っているようです。


▽1 文化財に指定されていない

 新潟県・長岡市の東部に標高100メートルほどのなだらかな山があります。平成の大合併で周辺にまで市が拡大するまえは、「市で唯一の山」といわれた悠久山(ゆうきゅうざん)です。長岡藩9代藩主牧野忠精(ただきよ)公がここに蒼柴神社を造営し、悠久山と名付けたといわれます。歴代藩主のほか、戊辰戦争や西南の役で殉じた藩士たちが眠る山は長岡随一の聖地です。

 大正時代に長岡開府300年を記念して公園化が計画され、いまはプールや野球場、動物園、郷土資料館などが整備されています。サクラやツツジなど緑いっぱいの公園は誰もが認める市民の憩いの場であり、全国に知られるサクラの名所です。

 悲しいかな、山は中越地震で市街地以上の被害を受けました。蒼柴神社では鳥居が崩れ、国の文化財に指定されている本殿が土台からずれたと伝えられます。神社は県の復興基金を活用して昨年から復旧工事を本格化させましたが、制度を活用できるのは文化財に指定されている社殿に限られます。

 悠久山は大正時代に神社が無償で土地を提供したことから市の公園となりましたが、現代の行政機関は神社の窮状を救えずにいます。記事が伝えているように、灯籠は文化財に指定されていないからです。


▽2 焼失教会の復興を支援する新上五島町

 しかし文化財に指定されていない宗教施設が公金によって復興されるようになった事例がないわけではありません。

 たとえば、長崎・新上五島町の江袋(えぶくろ)カトリック教会です。明治に建てられた長崎県内最古の木造教会でしたが、惜しくも一昨年2月に消失し、わずかに一部の柱や壁が残るだけとなりました。

 文化財にも指定されていなかったことから復興が危ぶまれましたが、2カ月後に町は全焼した教会を文化財に指定し、信徒の信仰のよりどころである教会再建に弾みがつきました。教会を所有する長崎教区の大司教は、政教分離の厳格主義者として知られますが、行政機関は復興に協力しています。

 政府の政教分離政策はまるでダブル・スタンダードです。東京都慰霊堂では年2回の慰霊法要が仏式で営まれ、長崎では県をあげて教会群の世界遺産登録運動が展開され、首相官邸ではイスラム行事「イフタール」が行われているのに、神社のこととなると完全分離主義が頭をもたげてきます。

 そんな中で注目されるのは、北海道砂川市の市有地内にある小さな神社が違憲かどうかが争われ、先月、最高裁大法廷に回付された住民訴訟の行方です。憲法は宗教の存在を認めていることは間違いありませんが、大法廷はどんな判決を下すのでしょうか。「公有地にはいっさい宗教施設があってはならない」というような絶対分離主義的判決を示すとすれば、その影響は神社だけにとどまりません。

タグ:政教分離
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