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天皇学への課題 その5 by 斎藤吉久───神社に宗教性が希薄? おかしな上告理由 [空知太神社訴訟]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 神社の境内地に市の土地を無償提供するのは政教分離違反である、とした空知太神社訴訟最高裁判決に対する批判の続きです。

 先週は、政教分離問題はキリスト教問題なのだということをお話ししました。空知太神社訴訟の原告が、一神教的発想を持つ人物であるらしいことはきわめて象徴的だと思います。「あなたには私のほかに神があってはならない」という唯一神の教えに従い、異教世界の侵略、異教徒の殺戮、異教文明の破壊が正当化された愚かな歴史が、憲法の規定を盾に、裁判闘争というかたちで繰り返されています。

 日本では古来、多神教的、多宗教的文明が築かれ、一神教世界とは異なる宗教的共存が実現されてきたのです。全国各地の神社こそ、そのシンボルですが、最高裁判決に見るように、「神社」と称する、「仏教」や「キリスト教」と対立する1つの信仰体系があるかのように誤解されています。

 それは最高裁の判事たちだけではありません。被告とされた市側も同様です。


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 天皇学への課題 その5 by 斎藤吉久
 ───神社に宗教性が希薄? おかしな上告理由
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▽1 誰にとっての宗教性か

 砂川市側は、札幌高裁が19年5月に「市が町内会に祠などの撤去を請求しないのは違憲」との判決を下したのを不服として、上告しました。その主な理由は、最高裁判決によると、(1)神社物件の宗教性は希薄である、(2)砂川市(砂川町)が神社の境内地を取得したのは宗教的目的に基づくものではない、の2点とされています。

 (2)はいわずもがなです。以前の境内地が小学校建設用地に使用されることになったあと、新たな移設用地として私有地を提供した篤志家から、その後、境内地の寄付を市が受けたのには宗教的目的があるはずもありません。篤志家の方は固定資産税などの負担の解消が寄贈の目的でした。

 しかし(1)神社物件の宗教性は希薄だとする上告理由は理解できません。

 宗教性というのは物件それ自体に備わっているわけではありません。人間の存在を前提とし、人間との関係において宗教性の有無は生じます。市にとって宗教性が希薄だ、というのなら分かりますが、一般的にいって、というのなら肯定できません。

 たとえば、最近では年末になると、公的施設にクリスマスツリーやイルミネーションが飾られているのをごく普通に見るようになりました。キリスト者にとってこれらは宗教性が濃厚のはずですが、ツリーを飾っている公的機関や非キリスト者にとってはそのかぎりではありません。

 私が住むさいたま市の市役所には、カリオンのモニュメントが堂々と置かれています。もともと時刻を知らせるキリスト教会の鐘が起源ですから、信仰者によっては宗教性は否定できないでしょう。

 同様に、空知太神社の物件それ自体が、宗教性が希薄である、ということはありません。誰にとっての宗教性なのか、主語によってまったく変わり得ます。


▽2 津地鎮祭訴訟判決の方が優っている

 30年以上前、津地鎮祭訴訟というのがありましたが、砂川市側の法理論はそのころから進歩が感じられず、逃げの姿勢のように私には見えます。

 津地鎮祭訴訟では、津市が主催し、神式で行われた市体育館の起工式(地鎮祭)が政教分離原則に反するか否かが争われ、最高裁は、宗教との関わり合いが否定できないものの、目的は世俗的であり、その効果は神道を援助・助長・促進し、他の宗教に圧迫・干渉を加えるものではないから、憲法が禁止する「宗教的活動」には当たらない、という合憲判断(多数意見)が示されました。

 つまり、「地鎮祭は宗教的な起源をもつ儀式であつたが、時代の推移とともに、その宗教的な意義が次第に稀薄化してきている。今日、一般人の意識においては、さしたる宗教的意義を認めず、慣習化した社会的儀礼として、世俗的な行事と評価しているものと考えられる。本件起工式は、神社神道固有の祭祀儀礼に則つて行われたものであるが、一般人及び津市市長以下の関係者の意識においては、これを世俗的行事と評価し、宗教的意義を認めなかつたものと考えられる」(判決文から抜粋)というのです。

 この判決では、一般人や市長ら行政関係者にとって、市が主催する地鎮祭には宗教性がない、と判断しています。誰にとってなのか、を考えている点において、空知太神社訴訟の上告理由より理論的に優っていますが、これもヘンです。一般人にとって地鎮祭の宗教的意義が認められない、などと断言はできないと思うからです。

 熱烈な神道信仰者にとっては地鎮祭などの神道儀礼が非宗教的であろうはずはありません。同様に、もしたとえば砂川市長個人が熱心な信仰者なら、鳥居や祠などに宗教性が希薄であるわけがありません。

 けれども、公機関にとって、あるいは公人たる市長にとってなら、話は変わります。行政にとっては、神道儀礼はあくまで儀礼にすぎず、神社施設は地域の文化施設だと考えられます。その意味で、「宗教性が希薄である」というのなら、理解できます。


▽3 玉串拝礼した白柳枢機卿

 憲法の政教分離原則は国家と教会(宗教団体)との分離それ自体に目的があるのではありません。国民の信教の自由を制度的に確保すること、つまり宗教的共存を実現することに目的があります。

 空知太神社訴訟の原告のように、日本の一部のキリスト者たちは異教を排撃することにことのほか熱心ですが、拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』(並木書房)に書いたように、キリスト教信仰の総本山であるバチカンの場合はもう何百年も前から、宗教的共存の道を模索しています。

 布教聖省は1659年、中国で布教する宣教団に対して、「各国民の儀礼や慣習などが信仰心や道徳に明らかに反しないかぎり、それらを変えるよう国民に働きかけたり、勧めたりしてはならない」(『歴史から何を学ぶか』カトリック中央協議会)という指針を示しています。

 ザビエルに始まるアジアでの福音宣教は、画期的な「適応」政策によって進められ、イエズス会の宣教師たちは現地語を学び、現地の習俗、習慣を取り入れ、中国皇帝による国家儀礼や孔子崇拝、祖先崇拝の儀礼に、むしろ積極的に参加しました。

 今日でも、たとえば昨年末に亡くなった白柳誠一枢機卿は、世界宗教者平和会議(WCRP)の日本委員会理事長をつとめるなど、宗教対話や諸宗教協力の活動にとりわけ熱心で、神社施設で会合があるときには、会議の前に代表者として表敬参拝し、神前に玉串をささげていました。

 むろん白柳師にとって、神社参拝はキリスト教信仰に反する異教崇拝には当たりません。あくまで表敬であり、儀礼上の行為に過ぎないからです。

 同様にして、砂川市にとって、市有地を空知太神社の境内地として無償提供してきたのは、市発祥の地に鎮まる神社の歴史的、文化的価値を重んじるからでしょう。市側はバチカンのすぐれた知恵と理論を学び、裁判で訴えるべきでした。

 宗教性が乏しいから政教分離原則に違反しない、というような上告理由は、同社に参拝し、成功を祈願したあと、地域の開拓に全力を尽くした祖先たちの信仰を軽んじる「逃げの理論」と映ります。


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