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憲法は政府に宗教的無色性を要求していない──小嶋和司教授の政教分離論を読む [政教分離]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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 憲法は政府に宗教的無色性を要求していない
 ──小嶋和司教授の政教分離論を読む
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 私が注目する憲法学者に小嶋和司・東北大学教授がいます。大正13(1924)年に山口県に生まれ、昭和22(1947)年に東大法学部を卒業し、東京都立大学教授を経て、東北大学教授となり、30数冊の著書・共著を残し、62年にこの世を去りました。

 亡くなった翌年から『小嶋和司憲法論集』全3巻が出版されました。3巻目は『憲法解釈の諸問題』で、「いわゆる『政教分離』について──靖国公式参拝問題にふれて」(初出は「ジュリスト」昭和60年11月。小嶋先生が最後に書いた雑誌記事らしい)というエッセイが収録されています。けっして読みやすい文章ではありません。今日はその内容を一部だけ、私なりにかみ砕いてご紹介します。

 先月から数回にわたり、当メルマガは平成の御代替わりを、公的記録に基づいて検証しました。その結果、徹頭徹尾、政教分離がテーマだったことがお分かりいただけたと思います。であればこそ、小嶋先生の文章を読んでみたいと考えます。

 というのも、このエッセイのテーマがずばり、「日本の憲法学では、憲法の『政教分離』は政府活動の宗教的『無色中立』を要求すると説かれることが多い。が、そこに根拠があるのか」という真正面からの問いかけだからです。

 結論的にいえば、憲法は政府の無色中立性を要求していない、と先生は指摘しています。


▽1 憲法は「宗教性」を排除していない

 日本国憲法に関して、「政教分離」が語られるとき、2つの用法がある、と小嶋先生は説明します。1つは憲法20条、89条に記される規定の「総称」として、もう1つは憲法の規定の前提たる法源として、用いられているというのです。

「総称」としての「政教分離」には、政府活動の宗教的「無色」性は見いだせません。

 政府活動に関する規定には次の2つがあります。

「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」(20条3項)

「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」(89条)

 しかし現実には、国立大学で宗教研究・教育が禁止されておらず、(旧)教育基本法(昭和22年)の第9条第1項には「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない」と定められています。

 つまり、「いかなる宗教的活動もしてはならない」との規定は、「特定の宗教のための宗教的活動をしてはならない」という意味だと解釈すべきだということになります。

 また、89条についても、「いっさい禁止」の意味ではありません。実際、文化財保護法によって、特定の神社・仏閣を国費で修復することは許されています。

 ここで先生のエッセイを離れて、平成の御代替わりを振り返ると、すでにご紹介したように、たとえば昭和天皇の御大喪では、皇室行事の斂葬の儀と国の行事としての大喪の礼が二分されて実施され、大喪の礼では鳥居や大真榊が撤去されました。

 石原信雄内閣官房副長官の著書によれば、分離方式が取られたのは、葬場殿の儀に「宗教色がある」からで、鳥居や大真榊の撤去は、「当時の味村治法制局長官以下、法制局が、『どう考えても鳥居は宗教のシンボルだから、鳥居を置いたまま国事行為を行うわけにはいかない、絶対ダメだ』と主張していたことが原因」でした。

 しかし「政教分離」を「宗教性」の排除の意味とする考え方は、小嶋先生が述べているように、現行憲法の規定からは見いだせません。宮中祭祀が特定の宗教であるはずもありません。当時の政府関係者は別の用法から「政教分離」をとらえていたことになります。


▽2 「政教分離」は憲法の法源ではない

 小嶋先生は、憲法論上、用いられる「政教分離」にはもうひとつの使い方があると指摘します。つまり、現行憲法の規定の前提としての「政教分離」です。現行憲法の規定はその結果に過ぎないと見るのです。

 この立場こそ、憲法は政府活動の宗教的「無色」性をも要求していると見方にほかならず、政教「分離」は絶対的であり、政府活動は「無色中立」であるべきだと説くのです。

 平成の御代替わりにおいて、とくに内閣法制局が凝り固まっていたのがこの立場だと理解されます。

 けれども、と小嶋先生は論を進めます。

 日本国憲法の規定の前提と説明される「政教分離」原則が、じつのところ、憲法の規定を理解する便宜のために、憲法学者たちがあとから登場させたに過ぎないと先生は指摘します。

 最初に主張したのは田上穣治の『憲法学概論』(昭和22年)であり、戦後の憲法学にもっとも大きな影響を与えたとされる宮沢俊義の『憲法』にその論が登場したのは昭和27年版以降である。本来は学問上の概念であって、日本国憲法の法源ではない、と先生は述べています。

 しかも宮沢教授の論理自体、首尾一貫性がないと小嶋先生は指摘します。


▽3 占領政策と同一視すべき理由はない

 小嶋先生は、「政教分離」を「無色中立」的分離の要求と見るための根拠を示す、3つの憲法論があると指摘し、それぞれについて検証しています。

 1つは、憲法の「政教分離」規定を、昭和20年暮れのいわゆる神道指令の「国家と宗教の分離」と同じ意味だとする見方です。制憲議会の政府説明はこの立場でした。

 神道指令は東京駅の門松、注連縄をも撤去させるほど、厳格だったことから、この立場では、政府の宗教的「無色」性を要求します。

 しかし、この解釈は適当でない、と小嶋先生は批判します。

 理由の1つは、神道指令は神社神道からの「分離」の要求であり、他方、憲法はすべての宗教団体に対する「分離」を要求しているからです。

 もうひとつは、憲法解釈を占領政策と同一視しなければならない理由はないし、占領後期になると、占領軍の政策自体が緩和され、貞明皇后の御大喪や参議院議長の公葬が神道形式で行われているからです。


▽4 無信仰、無神論を優遇する宮沢俊義説

 宗教的「無色」性の要求と考える第2の根拠は、宮沢俊義教授の憲法論です。宮沢教授は『日本国憲法』(芦部補訂版)に次のように書いています。

「国家がある特定の宗教をとくに優遇することは、それ以外の宗教を抑える結果になるが、国家がすべての宗教を等しく優遇することも、国家がそれによって無宗教の自由を抑える結果になる点で、やはり宗教の自由に反すると考えられる」

 これに対して小嶋先生は、優遇がたとえ不平等であったとしても、他の自由を抑えることになるのか、と疑問を投げかけます。宮沢説は「宗教を信じない人々を、信じる人々の上に prefer するもの」であり、「信教の自由」を保障する憲法解釈に持ち込むべき立場ではないというのです。

 この宮沢説こそ、平成の御代替わりに大きく影響を与え、国の行事から宗教性を取り除くという言説を振りまくことによって、無宗教・非宗教主義を援助、助長、促進し、宗教を圧迫し、干渉したのではないでしょうか。

 無神論者を自認する富田朝彦長官の時代に、職員の宮中祭祀離れが起きたことがあらためて想起されます。


▽5 徹底した政教分離は国民生活を脅かす

 第3の根拠は、「中立」性のみの要求よりも、「無色中立」の要求とする方が抜本的な解決になる、という立場です。

 しかし、小嶋先生は、虫歯の治療・予防に抜歯するようなもの、と批判します。実生活に不当を強いることになるというのです。

 責任をもって法律を解釈するためには教条を排し、具体的に考える必要がある、と先生は説き、刑法などの条文を例示します。

 すなわち、刑法は、神社・仏閣、墓所などに不敬を働いたものに対して、懲役刑を科すことを定め、国税徴収法・強制執行法は仏像や位牌などの差し押さえを禁止しています。

 憲法は「信教の自由」を保障し、宗教を悪とはしていない、と述べて、先生は、殉職した警察官の慰霊は「宗教だから」と行うべきではないのか、地方公共団体が火葬場や霊園を運営するのは違憲なのか、地蔵や庚申塚が公有地の片隅に置かれるのを容認しないほど憲法は宗教に不寛容なのか、それならキリシタン顕彰碑の設置も違憲ではないか、神社仏閣の祭礼のために交通規制することも問題ではないのか、と畳みかけます。

 そして先生は、純粋で徹底的な「政教分離」要求が国民の適切な社会生活を確保するとは考えがたいと強調します。

 平成の御代替わりで最大の論点となったのは大嘗祭で、政府の準備委員会は、「趣旨・形式などからして、宗教上の儀式としての性格を有すると見られることは否定することができず、また、その態様においても、国がその内容に立ち入ることは馴染まない性格の儀式であるから、大嘗祭を国事行為として行うことは困難である」として、皇室の行事として位置づけたのでした。

 けれども、大嘗祭を国の行事として行ったからといって、実際問題として、他の宗教を具体的に圧迫・干渉することにはならないでしょう。宮中祭祀は国民的共存、国民統合の儀礼であり、むしろ政府の宗教性忌避策は、信教の自由を認める憲法に完全に反して、国家の無宗教化、非宗教化を進めることになったのではないかと恐れます。

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