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絶対に消えない「女性宮家」創設論の火種──今年も変わらない叙勲関連のご日程 [女性宮家]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2012年11月18日)からの転載です


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絶対に消えない「女性宮家」創設論の火種
──今年も変わらない叙勲関連のご日程
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 すっかり選挙モードです。おかげで、月末に出る月刊誌に載るはずだった拙文の原稿は色あせてしまいました。よほど忙しいのか、編集者からの連絡もありません。

 私のテーマはいうまでもなく、いわゆる「女性宮家」創設問題ですが、今度の衆院選で民主党が下野したとき、その行方はどうなるのでしょうか?

 すでに10月上旬に「論点整理」が出された段階で、あるメディアは「政府は皇室典範改正を断念」と伝えていました。「有識者ヒアリングで異論が相次ぎ、与野党ともに慎重論が根強い」というのが理由ですが、だとすると、「女性宮家」問題は終止符が打たれることになるのか、といえば、私は違うと思います。

 もともと「女性宮家」創設論は、政治主導ではなく、官僚主導で進められてきました。したがって、政権交代の有無で影響を受けることはないと思われます。一時的に水面下に潜行することはあっても、絶対に火種が消えることはないでしょう。


▽1 悠仁親王殿下ご誕生でも途切れなかった

「女性宮家」創設論は、女帝容認・女系継承を容認する皇室典範改正と一体のかたちで、10年以上も前から、最初は政府官僚の間で非公式に議論され、16年暮れに皇室典範有識者会議が発足したことで公的検討に移りました。

 翌年11月にまとめられた女性天皇・女系継承容認の報告書には、「女性宮家」の表現はありませんが、女性皇族が婚姻後も皇室にとどまるという中味は文章化されています。

 18年1月に寛仁親王殿下が「文藝春秋」2月号のインタビューで、「女系天皇容認という方向は、日本という国の終わりの始まりではないかと、私は深く心配するのです」と男系継承の維持を希望されたのに対して、羽毛田信吾宮内庁長官は「皇室の方々は発言を控えていただくのが妥当」と口封じに及んだほど、官僚たちの執念は強固なものでした。

 翌2月、紀子妃殿下のご懐妊兆候が発表され、政府は皇室典範改正案提出を断念しましたが、9月に悠仁親王殿下が御誕生になったとき、またもや羽毛田長官は「皇位継承の安定は図れない」と水を差しました。

 そして、「女性宮家」創設論は御在位20年を機に、はっきりと蘇りました。

 翌日に政府主催の天皇陛下御在位20年記念式典を控えた21年11月11日、「日本経済新聞」連載「平成の天皇 即位20年の姿(5)」に、「女性宮家」創設検討を促す渡邉允前侍従長のコメントが載りました。

「宮内庁には『このままでは宮家がゼロになる』との危機感から女性皇族を残すため女性宮家設立を望む声が強い。しかし、『女系天皇への道筋』として反発を招くとの意見もある。渡邉允前侍従長は『皇統論議は将来の世代に委ね、今は論議しないという前提で女性宮家設立に合意できないものか。女系ありきではなく、様々な可能性が残る』と話す」

 渡邉前侍従長のコメントこそ、私が知るところでは、マスメディアが伝える、政府関係者の「女性宮家」創設提案の最初かと思います。

 つまり、女性天皇・女系継承容認論と一体の「女性宮家」創設論は、悠仁親王殿下ご誕生でもけっして途切れることはなかったのです。これからも絶対に立ち消えになることはないでしょう。


▽2 改善されない叙勲の拝謁

 さて、「女性宮家」創設の目的とされたのは、天皇陛下の御公務御負担軽減であり、「皇室の御活動」の維持でした。とくに「拝謁」が多いことが指摘され、そのなかでも叙勲に伴う「拝謁」が多いことが宮内庁の悩みでした。

 21年1月に始まる御負担軽減策では、次のように説明されていました。

「中でも,春・秋の叙勲に伴っては,合わせて50回以上の勲章等受章者の拝謁が,春・秋,それぞれ7日間あるいは8日間にわたって連日行われます。拝謁等については,年間の拝謁の3分の2を占める春・秋の叙勲に伴う拝謁を中心に,拝謁手順の見直し等を通じて拝謁の回数・日程を縮減するなどして,陛下の御負担の軽減を図ってまいりたいと考えております」

 けれども、改善されていません。

 軽減策が採られる前の19年は、春の叙勲では、5月8日火曜日から土日をはさんで翌週の16日水曜まで、延べ7日間、「拝謁」が続きました。秋は、11月6日火曜日から始まり、間に10日土曜から13日火曜までの滋賀県行幸をはさんで、14日水曜に再開され、16日金曜まで、つまり春と同様、7日間、行われました。

 御負担軽減策実施後はどう変わったかというと、22年春の場合は、1日だけ減りました。6回行われていた「勲章受章者の拝謁」のうち、6回目に褒賞受賞者を参加させたからです。秋もほとんど同様でした。

 今年はどうだったでしょうか? まず春の叙勲です。ほかの御公務、地方行幸、イギリス公式ご訪問までをはさんで、延べ6日間にわたって行われました。つまり、何も変わっていません。

5月8日(火)
天皇陛下 平成24年春の勲章親授式・拝謁・お礼言上(宮殿)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者)(宮殿)
5月30日(水)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者及び褒賞受章者)(宮殿)
5月31日(木)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者)(宮殿)
6月1日(金)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者)(宮殿)
6月5日(火)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者)(宮殿)
6月6日(水)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年春の勲章受章者及び褒章受章者)(宮殿)


▽3 創設論の目的はほかにある

 秋も同様です。先週木曜日、15日まで発表された「ご日程」から拾い上げると、次のようになります。

11月7日(水)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者)(宮殿)
11月8日(木)
天皇陛下 平成24年秋の勲章親授式・拝謁・お礼言上(宮殿)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者)(宮殿)
11月9日(金)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者)(宮殿)
11月12日(月)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者)(宮殿)
11月13日(火)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者及び褒章受章者)(宮殿)
11月15日(木)
天皇陛下 拝謁・お礼言上(平成24年秋の勲章受章者)(宮殿)

 昨年の秋は、皇太子殿下がご不例・ご入院の天皇陛下に代わって勲章親授式を代行され、皇太子殿下と秋篠宮殿下が陛下に代わって勲章・褒賞受章者をご接見になりました。同様のご日程が組まれるなら、陛下の御負担は格段に軽減することが可能です。皇室典範改正、皇室制度改革の必要はありません。

「御負担軽減」を目的に謳いながら、すぐにでも実現可能な御負担軽減に取り組まず、皇位継承論の「切り離し」を掲げつつ、皇位継承を定める皇室典範を改正しようとするのは、目的が別にあるということに他なりません。

 自民党総裁選に立候補した小泉純一郎議員(のちの首相)が、公開討論で、「女性が天皇になるのは悪くない。皇室典範はいつ改正してもいい。必ずしも男子直系にはこだわらない」と発言したのは7年9月です。

 その翌年、鎌倉節宮内庁長官の指示で、宮内庁内で皇位継承に関する基礎資料の整理・作成が開始されました。

 民主党が参議院選のマニフェストに女性天皇容認の方針を掲載したのは16年7月で、前後して、内閣官房と宮内庁が皇室典範改正の公式検討に向けた準備を開始しています。

 政治情勢を見定めながら、官僚たちの暴走はまだまだ続くでしょう。

 それにしても、なぜエリート官僚たちは、男系男子が絶えないような皇室制度を模索しようとせず、女性天皇のみならず、歴史にない女系継承を認める皇室制度改革に突き走ろうとするのか?

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