ワシントン・カテドラルで営まれたイノウエ議員の葬儀──「厳格な政教分離主義」アメリカの宗教儀礼 [政教分離問題]
以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2012年12月23日)からの転載です
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ワシントン・カテドラルで営まれたイノウエ議員の葬儀
──「厳格な政教分離主義」アメリカの宗教儀礼
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日系二世のダニエル・イノウエ上院議員(民主党)の葬儀(memorial service)が21日、ワシントン・ナショナル・カテドラルで営まれました。
同カテドラルはイギリス国教会の大聖堂で、「全国民のための教会」と位置づけられ、大統領就任のミサや国家指導者の追悼ミサなど、国家的儀礼がしばしば行われています。
「政教分離」原則の本家本元とされ、国家と教会の厳格な分離政策が貫かれているように一般には考えられているアメリカですが、じつはきわめて宗教的に国家的な行事が行われています。
イノウエ議員の葬儀も、カテドラルの公表資料によれば、完全なキリスト教形式で行われ、聖歌が歌われ、牧師の説教が行われました。オバマ大統領やクリントン元大統領など政府関係者が出席し、時間は2時間以上におよびました。
http://www.nationalcathedral.org/exec/cathedral/mediaPlayer?MediaID=MED-602DI-V5001H&EventID=CAL-5VVQC-V6001N
▽1 同時テロ3日後の追悼ミサ
こうした宗教色豊かな国家的儀礼がアメリカ憲法に違反しないのか、といえば、否です。
たとえば、2001年の9・11同時多発テロから3日後、同カテドラルで追悼ミサが行われたとき、カテドラルに取材を試みたことがあります。
このときのミサは、歴代大統領や政府高官、諸宗教の代表者が参列し、キリスト教形式を基本としつつ、ともに讃美歌を歌い、それぞれの祈りが捧げられる、宗教協力の成果といえるものでした。
カテドラルによると、ホワイトハウスの依頼にもとづいて行われ、費用はアメリカ政府が実費を負担したとのことでした。
けれども、「憲法に違反することはない」というのです。
「国家と教会の分離に抵触するものではない。憲法修正第1条は祈りを禁じているわけではない。禁じられているのは国家が国民に祈りを強制することだ」
▽2 宗教政策の二重基準
ひるがえって日本では、東京都慰霊堂で仏教形式による慰霊法要が行われ、長崎では県をあげて教会群の世界遺産登録運動が展開され、小泉内閣以降、首相官邸でイスラム行事「イフタール」が行われるというように、緩やかな分離主義が採られる一方、宮中祭祀や神社のこととなると厳格主義が頭をもたげてきます。
愛媛県知事が、戦没者の遺族の援護行政のため、靖国神社などに対して玉串料を支出したことについては訴訟が起こされ、最高裁は違憲判決を下しましたが、岩手県奥州市(旧水沢市)の市有地にある、キリシタン領主・後藤寿庵の廟堂で、地元カトリック教会が主催して行われる大祈願祭に市長が参列し、御祝儀が出されることについては不問でした。
ブッシュ大統領が来日し、小泉首相とともに明治神宮を表敬することについて、反神道派のキリスト教指導者たちは「違憲」と猛抗議しましたが、金閣寺を参詣することには沈黙しました。
要するに、宗教政策のダブル・スタンダードです。行政も反対派も同様です。
その結果、昭和天皇の御大喪は、国の行事として行われた斂葬の儀(葬場殿の儀)では鳥居や大真榊が宗教色があるとして撤去され、今上天皇の大嘗祭は国の行事ではなく、皇室行事として行われました。
鳥居が特定宗教のシンボルではないのに、宗教性のない葬礼などあるはずもないのに、神代にまで連なると信じられてきた皇室に宗教性は不可分なのに、憲法は宗教の価値を認めているはずなのに、政府は宗教性の排除に強く執着したのです。
▽3 強硬な大新聞と有識者
ジャーナリズムと有識者の反対も強硬でした。
たとえば朝日新聞は、昭和天皇崩御から3日後の1月10日、社説で「憲法にそったご大葬を」と訴えています。政府は「大喪の礼」を国の儀式として行うことを決めたが、国の儀式については政教分離原則に反しない内容にするよう、政府に厳しいけじめを求めたい、と主張したのです。
1月25日の紙面には、「政教分離に疑問残す、大喪の礼」という記事が載っています。当初の予定になかった皇室行事の葬場殿の儀に鳥居が建てられることになった。国の儀式の大喪の礼では鳥居は撤去されるが、憲法上疑問が残る。伝統尊重派の政治家らの要求に政府が押し切られたのは、来秋に予定される即位儀礼の大嘗祭への関わりに不安を残す、と伝えています。
記事に関連して、「識者」の見方も掲載されています。「鳥居を宮廷費で建てるのは政教分離の原則に反する」(横田耕一・九大教授)、「鳥居と大真榊が建てられると神道色がきわめて強まる」(村上重良・慶應義塾大学講師)というのです。
2月24日、御大葬当日の夕刊には、この日1日のドキュメントに添えて、加藤洋一記者の「疑念残した儀式一体化。政教分離あいまいなまま実施」という記事が載っています。加藤記者は、「大喪の礼」は、間にはさんだ「葬場殿の儀」との区分があいまいなままに実施されたため、政教分離の原則に反しているのではないか、との懸念を深く残した、と解説しています。
▽4 宗教儀礼を伝えない新聞記事
ところが、です。
じつに興味深いことに、日本でまさに昭和天皇の御大喪のあり方をめぐる議論が沸騰していたとき、海の向こうのアメリカでは、ブッシュ大統領の就任式がきわめて宗教的に行われていました。
新大統領は就任式の朝、家族とともに「大統領の教会」と呼ばれる聖ヨハネ教会の礼拝に参列します。参列は就任最初の公式行事とされ、政府高官も出席します。
連邦議会議事堂前に設営される特設会場での就任式では、牧師が祈り、大統領は聖書に左手をおき、右手を挙げて宣誓します。式のあと議事堂内で開かれる恒例の昼食会は、上下両院専属の牧師による祈りに始まり、祈りで終わります。
翌日はワシントン・ナショナル・カテドラルで就任のミサが行われ、政府関係者が参列し、牧師が祈ります。
しかしこのとき新大統領就任を伝える朝日新聞の記事に、宗教性はまったくうかがえません。就任式に宗教性がないのではなく、報道する側に宗教的視点がないのでしょう。
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ワシントン・カテドラルで営まれたイノウエ議員の葬儀
──「厳格な政教分離主義」アメリカの宗教儀礼
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日系二世のダニエル・イノウエ上院議員(民主党)の葬儀(memorial service)が21日、ワシントン・ナショナル・カテドラルで営まれました。
同カテドラルはイギリス国教会の大聖堂で、「全国民のための教会」と位置づけられ、大統領就任のミサや国家指導者の追悼ミサなど、国家的儀礼がしばしば行われています。
「政教分離」原則の本家本元とされ、国家と教会の厳格な分離政策が貫かれているように一般には考えられているアメリカですが、じつはきわめて宗教的に国家的な行事が行われています。
イノウエ議員の葬儀も、カテドラルの公表資料によれば、完全なキリスト教形式で行われ、聖歌が歌われ、牧師の説教が行われました。オバマ大統領やクリントン元大統領など政府関係者が出席し、時間は2時間以上におよびました。
http://www.nationalcathedral.org/exec/cathedral/mediaPlayer?MediaID=MED-602DI-V5001H&EventID=CAL-5VVQC-V6001N
▽1 同時テロ3日後の追悼ミサ
こうした宗教色豊かな国家的儀礼がアメリカ憲法に違反しないのか、といえば、否です。
たとえば、2001年の9・11同時多発テロから3日後、同カテドラルで追悼ミサが行われたとき、カテドラルに取材を試みたことがあります。
このときのミサは、歴代大統領や政府高官、諸宗教の代表者が参列し、キリスト教形式を基本としつつ、ともに讃美歌を歌い、それぞれの祈りが捧げられる、宗教協力の成果といえるものでした。
カテドラルによると、ホワイトハウスの依頼にもとづいて行われ、費用はアメリカ政府が実費を負担したとのことでした。
けれども、「憲法に違反することはない」というのです。
「国家と教会の分離に抵触するものではない。憲法修正第1条は祈りを禁じているわけではない。禁じられているのは国家が国民に祈りを強制することだ」
▽2 宗教政策の二重基準
ひるがえって日本では、東京都慰霊堂で仏教形式による慰霊法要が行われ、長崎では県をあげて教会群の世界遺産登録運動が展開され、小泉内閣以降、首相官邸でイスラム行事「イフタール」が行われるというように、緩やかな分離主義が採られる一方、宮中祭祀や神社のこととなると厳格主義が頭をもたげてきます。
愛媛県知事が、戦没者の遺族の援護行政のため、靖国神社などに対して玉串料を支出したことについては訴訟が起こされ、最高裁は違憲判決を下しましたが、岩手県奥州市(旧水沢市)の市有地にある、キリシタン領主・後藤寿庵の廟堂で、地元カトリック教会が主催して行われる大祈願祭に市長が参列し、御祝儀が出されることについては不問でした。
ブッシュ大統領が来日し、小泉首相とともに明治神宮を表敬することについて、反神道派のキリスト教指導者たちは「違憲」と猛抗議しましたが、金閣寺を参詣することには沈黙しました。
要するに、宗教政策のダブル・スタンダードです。行政も反対派も同様です。
その結果、昭和天皇の御大喪は、国の行事として行われた斂葬の儀(葬場殿の儀)では鳥居や大真榊が宗教色があるとして撤去され、今上天皇の大嘗祭は国の行事ではなく、皇室行事として行われました。
鳥居が特定宗教のシンボルではないのに、宗教性のない葬礼などあるはずもないのに、神代にまで連なると信じられてきた皇室に宗教性は不可分なのに、憲法は宗教の価値を認めているはずなのに、政府は宗教性の排除に強く執着したのです。
▽3 強硬な大新聞と有識者
ジャーナリズムと有識者の反対も強硬でした。
たとえば朝日新聞は、昭和天皇崩御から3日後の1月10日、社説で「憲法にそったご大葬を」と訴えています。政府は「大喪の礼」を国の儀式として行うことを決めたが、国の儀式については政教分離原則に反しない内容にするよう、政府に厳しいけじめを求めたい、と主張したのです。
1月25日の紙面には、「政教分離に疑問残す、大喪の礼」という記事が載っています。当初の予定になかった皇室行事の葬場殿の儀に鳥居が建てられることになった。国の儀式の大喪の礼では鳥居は撤去されるが、憲法上疑問が残る。伝統尊重派の政治家らの要求に政府が押し切られたのは、来秋に予定される即位儀礼の大嘗祭への関わりに不安を残す、と伝えています。
記事に関連して、「識者」の見方も掲載されています。「鳥居を宮廷費で建てるのは政教分離の原則に反する」(横田耕一・九大教授)、「鳥居と大真榊が建てられると神道色がきわめて強まる」(村上重良・慶應義塾大学講師)というのです。
2月24日、御大葬当日の夕刊には、この日1日のドキュメントに添えて、加藤洋一記者の「疑念残した儀式一体化。政教分離あいまいなまま実施」という記事が載っています。加藤記者は、「大喪の礼」は、間にはさんだ「葬場殿の儀」との区分があいまいなままに実施されたため、政教分離の原則に反しているのではないか、との懸念を深く残した、と解説しています。
▽4 宗教儀礼を伝えない新聞記事
ところが、です。
じつに興味深いことに、日本でまさに昭和天皇の御大喪のあり方をめぐる議論が沸騰していたとき、海の向こうのアメリカでは、ブッシュ大統領の就任式がきわめて宗教的に行われていました。
新大統領は就任式の朝、家族とともに「大統領の教会」と呼ばれる聖ヨハネ教会の礼拝に参列します。参列は就任最初の公式行事とされ、政府高官も出席します。
連邦議会議事堂前に設営される特設会場での就任式では、牧師が祈り、大統領は聖書に左手をおき、右手を挙げて宣誓します。式のあと議事堂内で開かれる恒例の昼食会は、上下両院専属の牧師による祈りに始まり、祈りで終わります。
翌日はワシントン・ナショナル・カテドラルで就任のミサが行われ、政府関係者が参列し、牧師が祈ります。
しかしこのとき新大統領就任を伝える朝日新聞の記事に、宗教性はまったくうかがえません。就任式に宗教性がないのではなく、報道する側に宗教的視点がないのでしょう。
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