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靖国を知らずに靖国を論じる愚昧──中国・韓国の靖国参拝批判に反論する その1 [靖国問題]

以下は斎藤吉久メールマガジン(2013年4月23日)からの転載です


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 靖国を知らずに靖国を論じる愚昧
 ──中国・韓国の靖国参拝批判に反論する その1
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 案の定です。

 安倍内閣の閣僚が靖国神社に参拝したことに韓国と中国が反発しています。韓国は外相の訪日を中止し、中国は外務省報道官が「厳正に抗議した」と会見で述べました。

 ということで、平成14年5、6月に宗教専門紙に書いた連載記事を転載します。

 当時は小泉首相の靖国神社参拝に、中国・韓国が猛反発しました。拙文はそれをきっかけに設置された追悼・平和懇での議論を批判したものですが、現在の状況が10年以上も前とほとんど変わっていないことに愕然とするのは、私だけでしょうか?

 なお一部に加筆修正があります。新聞の編集方針に基づき、歴史的仮名遣いで書かれています。



 昨年八月、小泉首相の靖國神社参拝をめぐり、激しい批判が近隣諸国からわき上がった。

 首相は「わだかまりなく追悼の誠を捧げるために議論する必要がある」との談話を発表。十二月には、内閣官房長官の諮問会議「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会(追悼・平和懇)」が設置された。

 以来、懇談会は五月上旬までに五回の会合を開き、新施設建設構想の是非をテーマに議論してきた。

 しかし首相官邸のホームページ上に公開された第四回会合までの「議事要旨(速報版)」を見るかぎり、議論はむしろ一貫して靖國神社問題で、しかも目を覆ふばかりの無理解と情報不足。それでゐて、すでに「国の新施設が必要」とする結論でまとまりつつあるともいはれる。

 果たしてこれで国民的合意は得られるのか。いま何が問はれてゐるのか──。今号から四回連続で考へてみたい。


 十二月の初会合は、福田官房長官の指名で今井敬経団連会長が座長に、山崎正和東亜大学長が座長代理に選任され、十人の有識者たちの自己紹介で始まる。

 そのあとトップバッター(議事録上の発言者はすべて匿名)は靖國神社を「一宗教法人」「民間施設」と決めつける。戦後の靖國神社しか見てゐないのだ。この認識は随所に、複数の委員の発言のなかに現れる。懇談会設置の目的が新施設必要論の意図的なお膳立てなのではないかといふ疑念さへ浮かぶ。


◇靖國神社創建史を軽視し、「国の施設がない」と結論

 明治の初年に明治天皇の思し召しで明治政府によって同社が創建されたこと、戦後の神道指令で、国家との関係が絶たれ、一宗教法人となったが、それは神道圧迫の占領下でのぎりぎりの選択であり、宗教法人にならなければ解散を迫られてゐたといふ理解は共有されてゐない。

 まして、近年、同社宮司が「いづれは国にお返ししたい」と表明してゐることなどは、議論の俎上にさへ上らない。それどころか「靖國は靖國、国は国でどうぞ、といふやうなことを神社の方からいってもらへればいい」といふ発言すら飛び出してゐる。

 同社の戦後史を表層的に理解し、単純素朴に「国の追悼施設がない」と合理化するのは、創建の歴史と祭祀の伝統を軽視するものではないか。

「靖國神社は神道」といふ発言も見られるが、祀られる英霊、慰霊する参拝者らが個人として信ずる宗教宗派を超えて、しかも固有の伝統にしたがって国家の慰霊・追悼が可能となるやう、近代の日本人が苦心したことへのまなざしは議事録からは感じられない。


◇官民一体で推進された合祀作業には言及せず

 第二回の会合では、はじめに内閣官房が靖國神社に関する資料を提示してゐるが、同社の一般向け資料を参照してゐるだけで、『靖國神社誌』『靖國神社百年史』など、本格的資料がひもとかれた形跡はない。

 内閣官房はまた、昭和五十三年のいはゆるA級戦犯合祀の経緯を説明してゐる。A級戦犯問題は中国などの抗議の核心部分だが、事務局の説明は同社宮司や崇敬者総代会の動きを数行程度ふれてゐるにすぎない。

 講和条約の恩恵を受けられずに、内外の収容所で服役してゐた千二百人以上の「戦犯」を釈放しようといふ一大国民運動が国会・政府を動かし、「戦犯」赦免が国会決議されたこと、右派社会党などの働きかけで「援護法」「恩給法」が改正され、官民一体で合祀作業が進められたことなどへの説明はない。

 第三回の会合は冒頭で「論点整理のためのたたき台」が提示される。山崎座長代理が提出したといはれる「山崎メモ」で、「戦歿者」といふ用語、追悼する対象、理念について問ひかけ、新構想を提案してゐる。昭和二十年を境に戦争概念が一変したといふ認識を前提に、新施設では「PKO活動中に亡くなった警察官、日本との戦争で犠牲になった外国人も慰霊したい」といふのだ。

 二十年八月をもって世界がどう変はったかは精査が必要だらうが、それはともかく、たたき台の背後に見え隠れする、靖國神社は「将兵ばかり、しかも自国の味方ばかり祀る」「戦災者は祀らない偏狭な慰霊施設」といふ認識は公正なのか。

 靖國神社に対する同様の批判は戦前にも根強くあったやうで、昭和七年、賀茂百樹宮司はラヂオ講演で反論してゐる。同社には当初から戦歿兵士のほかに農民や僧侶などが祀られてゐる。生前の職業、位階勲等、宗教、性別の別なく、国事に殉じた英霊を一座の神座に祀るのが同社の伝統だ。


◇英霊に対して重ねられた非礼を清算できるのか

「たたき台」は追悼の対象を「カテゴリーの明示にとどめ、靖國神社のやうに個人の特定はしない」ことを提案する。戦犯批判への配慮であらうことは、「戦犯のカテゴリーは設けない」といふ意見からもうかがへるが、同社が英霊の個人名を霊璽簿に明記してきた理由についての検討はない。

 第四回の会合では、「靖國神社関係者の話を聞く」ことが提案されてゐるが、働きかけはない。

 四月下旬、小泉首相は春の例大祭に合はせて靖國神社に参拝し、「すがすがしい気持ち」と感想を述べたが、中国・韓国はまたしても反撥し、新施設建設にいっそう拍車がかかる情勢だ。

 しかし結論は勿論、正確な知識に基づく精緻な議論が尽くされなければ、武運つたなく国家に一命をささげた二百四十六万余柱の英霊はうかばれまい。懇談会の議論は本年末まで続けられる予定だが、政府が英霊に対して重ねてきた非礼の歴史を清算するために残された時間は多くない。
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