社会的に活動なさるのが天皇ではない ──『検証「女性宮家」論議』の「まえがきにかえて」 4 [女性宮家]
以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2017年4月27日)からの転載です
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社会的に活動なさるのが天皇ではない
──『検証「女性宮家」論議』の「まえがきにかえて」 4
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以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。
まえがきにかえて
宮中祭祀にも「女性宮家」にも言及しない前侍従長インタビュー
▽4 社会的に活動なさるのが天皇ではない
渡邉前侍従長(いまは元職)はインタビュー記事のなかで、「無私の心」の現れとして、陛下のご活動に言及しています。
若いころに親族と離ればなれになったハンセン病患者の療養所を訪ねられ、老後を心配され、1人1人に親しく声をかけられ、そのお姿に看護師たちがもらい泣きするというエピソードは、じつに感動的です。
宮崎県の西都原(さいとばる)古墳群では、あるとき住民が通りかかったところ、突然、地面が陥没し、新たな古墳が発見された、という県知事の説明を受けられた陛下は、
「通りかかった方に、ケガはありませんでしたか?」
と質問なさいました。ふつうの人なら古墳についてもっと知ろうとするだろうけれども、陛下は違っていたというわけです。前侍従長は、
「とても小さいことだけど、だからこそ、普段からそういう発想をしていなければ出てこない言葉だと思う」
と解説し、
「この方はこういうものの考え方なんだな」
と納得しています。
けれども、これはまったく間違っています。感動的な話だけに、逆に困るのです。
第一に、古来、社会的に活動なさることが、天皇の天皇たるゆえんではないからです。第二に、国民に心を寄せられるのを、今上陛下個人の人間性と見るべきでもありません。
天皇が各地に行幸され、国民と親しく交わられるようになったのは近代以後のきわめて新しい現象ですが、陛下が国民1人1人に寄り添おうとなさるのは、祭祀王としてのご自覚がおありだからでしょう。
古くから、天皇統治とは「しらす」政治、すなわち「知る」政治といわれ、歴代の天皇は、多様なる民の多様なる声に耳を傾け、多様な心を知り、喜びや栄光のみならず、悲しみや憂いを分かち合おうされます。その王者の伝統は、神々に食を捧げ、みずから召し上がり、神々と民と命を共有する祭祀を厳修なさることと軌を一にしています。
中川記者によると、前侍従長は退任後、「畏れ多いことながら」としつつ、両陛下の普段の姿を広く知ってもらうために、講演活動を重ねているとのことですが、祭祀の伝統を語らず、かえって
「宮中祭祀は、現行憲法の政教分離の原則に照らせば、陛下の『私的な活動』ということにならざるを得ません」(前掲「諸君」平成20年7月号インタビュー)
と明言してはばからないのは、皇室を敬愛する国民をむしろ混乱させるものです。
天皇は祭祀王だと位置づけられるなら、拝謁やお茶でご多忙になることはありません。側近は陛下の祈りのお姿を国民に知らせればいいのです。そうではなくて、社会的活動家だとすれば、陛下はますますご多忙を極めることになります。陛下をご多忙にしているのは側近たちであって、皇室制度ではありません。
陛下が祭り主ではなくて、社会活動家であり、護憲派であるかのような現行憲法を起点とする「1.5代」象徴天皇論を宣伝する、元側近の情報発信は、国民のあいだに誤解を拡大させることにならないか、と心から心配します。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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社会的に活動なさるのが天皇ではない
──『検証「女性宮家」論議』の「まえがきにかえて」 4
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以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。
まえがきにかえて
宮中祭祀にも「女性宮家」にも言及しない前侍従長インタビュー
▽4 社会的に活動なさるのが天皇ではない
渡邉前侍従長(いまは元職)はインタビュー記事のなかで、「無私の心」の現れとして、陛下のご活動に言及しています。
若いころに親族と離ればなれになったハンセン病患者の療養所を訪ねられ、老後を心配され、1人1人に親しく声をかけられ、そのお姿に看護師たちがもらい泣きするというエピソードは、じつに感動的です。
宮崎県の西都原(さいとばる)古墳群では、あるとき住民が通りかかったところ、突然、地面が陥没し、新たな古墳が発見された、という県知事の説明を受けられた陛下は、
「通りかかった方に、ケガはありませんでしたか?」
と質問なさいました。ふつうの人なら古墳についてもっと知ろうとするだろうけれども、陛下は違っていたというわけです。前侍従長は、
「とても小さいことだけど、だからこそ、普段からそういう発想をしていなければ出てこない言葉だと思う」
と解説し、
「この方はこういうものの考え方なんだな」
と納得しています。
けれども、これはまったく間違っています。感動的な話だけに、逆に困るのです。
第一に、古来、社会的に活動なさることが、天皇の天皇たるゆえんではないからです。第二に、国民に心を寄せられるのを、今上陛下個人の人間性と見るべきでもありません。
天皇が各地に行幸され、国民と親しく交わられるようになったのは近代以後のきわめて新しい現象ですが、陛下が国民1人1人に寄り添おうとなさるのは、祭祀王としてのご自覚がおありだからでしょう。
古くから、天皇統治とは「しらす」政治、すなわち「知る」政治といわれ、歴代の天皇は、多様なる民の多様なる声に耳を傾け、多様な心を知り、喜びや栄光のみならず、悲しみや憂いを分かち合おうされます。その王者の伝統は、神々に食を捧げ、みずから召し上がり、神々と民と命を共有する祭祀を厳修なさることと軌を一にしています。
中川記者によると、前侍従長は退任後、「畏れ多いことながら」としつつ、両陛下の普段の姿を広く知ってもらうために、講演活動を重ねているとのことですが、祭祀の伝統を語らず、かえって
「宮中祭祀は、現行憲法の政教分離の原則に照らせば、陛下の『私的な活動』ということにならざるを得ません」(前掲「諸君」平成20年7月号インタビュー)
と明言してはばからないのは、皇室を敬愛する国民をむしろ混乱させるものです。
天皇は祭祀王だと位置づけられるなら、拝謁やお茶でご多忙になることはありません。側近は陛下の祈りのお姿を国民に知らせればいいのです。そうではなくて、社会的活動家だとすれば、陛下はますますご多忙を極めることになります。陛下をご多忙にしているのは側近たちであって、皇室制度ではありません。
陛下が祭り主ではなくて、社会活動家であり、護憲派であるかのような現行憲法を起点とする「1.5代」象徴天皇論を宣伝する、元側近の情報発信は、国民のあいだに誤解を拡大させることにならないか、と心から心配します。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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