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歴史からはずれた前侍従長提案の「女性宮家」 ──ねじ曲げられた渡邉允前侍従長の「私見」 7 [女性宮家]

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歴史からはずれた前侍従長提案の「女性宮家」
──ねじ曲げられた渡邉允前侍従長の「私見」 7
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論


▽7 歴史からはずれた前侍従長提案の「女性宮家」
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 あらためて渡邉前侍従長が提案する「女性宮家」創設について考えてみます。

 平成22年12月の「週刊朝日」のインタビュー記事で、前侍従長が述べているのは、次の4点です。

(1)皇室のご活動が十分に確保されるように、皇族女子が婚姻後も皇族にとどまり、

(2)悠仁親王の時代を支えること、

(3)皇位継承問題とは別の当面の措置であること、

(4)陛下がおっしゃる将来の問題とは皇室のご活動に関する問題と理解されること、

 ここでは「女性宮家」創設という表現はありません。

 前侍従長が「女性宮家」と明確に表現したのは、平成23年暮れに出版された『天皇家の執事』文庫版の「文庫版のための後書き」で、ポイントは次の4点です。

(1)現行の制度のままでは皇族の数が激減する。

(2)皇室のご活動が不十分になり、

(3)皇室が国民からかけ離れたものとなる恐れがあるから、

(4)女性皇族が結婚されても、皇室に残れるようにする必要がある。

 前侍従長の提案では、皇室の御活動を維持するために、「女性宮家」創設が必要だという考えです。

 忘れないうちに1点だけ指摘しておきますが、「皇室の御活動」を確保するという目的なら、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる必要も、新宮家を創設する必要もありません。実際に、皇籍離脱(臣籍降下)された元皇族に連なる方が社会的活動をなさっている例は少なくないし、寛仁親王殿下は三笠宮家の一員のまま御公務をお務めでした。

 けれども、ちょうどこの後書きが書かれていたころ、羽毛田長官から野田首相に要請があったとされ、そのことを「スクープ」した読売新聞の報道が発端となり、「女性宮家」創設案は独り歩きしていきます。

 そもそも「宮家」とはいかなるものなのでしょうか?

 宮内庁書陵部が編纂した『皇室制度史料 皇族4』(昭和61年)によれば、「宮家」の制度は鎌倉時代以降に生まれます。

 古来、特定個人に対して「○○宮」と呼ぶことは行われていましたが、

「鎌倉時代以降、殿邸・所領の伝領とともに、家号としての宮号が生まれ、やがて代々、親王宣下(せんげ)を蒙って宮家を世襲する、いわゆる世襲親王家が成立した」

 と説明されています。

 そして、「室町時代に成立を見た伏見宮をはじめ、戦国時代末から江戸時代に創設された桂宮・有栖川(ありすがわ)宮・閑院宮の4宮家は四親王家と称さ」れ、この四親王家はいずれも皇統の備えとしての役割を担い」ました。

 実際、伏見宮家から後花園天皇が、高松宮家(有栖川宮)から後西(ごさい)天皇が、閑院宮家から光格天皇が即位された例があります。光格天皇は、今上陛下の直接のご祖先であることはいうまでもありません。

 歴史的に考えるなら、宮家を立て、あるいは宮家を継承するのは、皇族男子に限られます。前侍従長の提案する「女性宮家」創設は、内親王もしくは女王が、婚姻後も臣籍降嫁せずに皇族身分(皇族待遇)を保ち、「皇統の備え」とは別の次元で行われるとすれば、それは「宮家」とはいえません。

「皇統の備え」なればこそ、皇位継承権を有するからこそ、「宮家」なのであり、「宮家」と称するなら、皇位継承問題との「切り離し」はあり得ないのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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