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大学のテストなら65点のトンデモ天皇論!?──宮中祭祀は年間18回? 法的な裏付けはない? [宮中祭祀]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です

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大学のテストなら65点のトンデモ天皇論!?
──宮中祭祀は年間18回? 法的な裏付けはない?
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 プレジデント・オンラインに先日、「天皇さえ実物を見られない『三種の神器』」という記事が載りました。

 経済誌の「プレジデント」が分野の違う宮中祭祀について取り上げていることに、編集者の意欲を感じ、心からの敬意をもって読み進み、その結果、私は逆に腰を抜かしそうになりました。デタラメと言えば言い過ぎでしょうが、内容がかなり不正確だったからです。

 筆者は、何度かお会いしたこともある島田裕巳先生でした。先生は宗教学者でしょうから、神道の歴史や皇室(先生の用語では天皇家)の祭祀について詳しくはないのかも知れませんが、それにしてもひどすぎませんか。

 お書きになるのは自由ですが、テーマは私たちの文明の根幹に関わる、奥深い世界なのですから、入念に調べたうえで取りかかるべきではないでしょうか。そのことは編集者にもいえます。結果として筆者に恥をかかせるような企画は進めるべきではないでしょう。


▽1 皇室に流れる仏教信仰
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 島田先生の記事は『天皇は今でも仏教徒である』(サンガ新書)という著書の「第1章 近代が大きく変えた天皇の信仰」からの抜粋だそうです。仏教系書店のシリーズだそうですから、いかにもそれらしい結論、それらしいタイトルになっています。

 しかし、皇室に仏教的信仰がいまも流れているとしても、島田先生が仰せの根拠とは違うように私は思います。

 たとえば、明治になって門跡制度が廃止されてもなお、伏見宮邦家親王の三姉妹は復飾を拒否し、なかでも誓圓尼は廃仏毀釈の嵐から善光寺を守り抜いた中興の祖とされています。昭憲皇太后は明治天皇崩御ののち、自我偈を写経され、納経されたそうです。

 いわゆる国家神道の時代とされる戦中期でさえ、真言宗総本山の東寺(京都)では国家的な仏事であり、最高の秘儀とされる後七日御修法が行われていました。

 戦後、昭和27年は日蓮宗開宗700年でした。最澄寺と久遠寺で特別の法要が行われるのに際して、昭和天皇は金一封を賜り、勅使を差遣されました。

 41年に御寺(泉涌寺)を護る会が設立されたとき、総裁となったのは三笠宮親王(いまは秋篠宮親王)でした。貞明皇后、秩父宮親王の柩には南無妙法蓮華経の半紙が納められたと聞き及びます。

 昭和天皇には仏教を詠み込まれた最晩年の御製が残されています。

夏たけて堀のはちすの花みつつ 仏のをしへおもふ朝かな

 こうしてみると、皇室には古代から現代まで仏教の信仰が脈々と続いていることは、誰の目にも明らかです。しかしその信仰は島田先生のいう「信仰」とはけっして同じではないように思われます。


▽2 天皇第一のお務めは神事

 先生が記事に書かれている「信仰」「祭祀」「宗教」という概念は学問的に未整理なだけでなく、皇室の信仰、あるいは天皇と民による日本ならではの宗教的空間を解説するには不十分であるように思われます。

 先生は、一般に、と前置きしつつ、天皇あるいは皇室の「信仰」が「神道」であると考えられているとし、この通説を否定することで天皇=「仏教」徒説を説明しようと意図し、「祭祀」の解説を試みているわけです。

 先生の宗教学では、「神道」「仏教」はそれぞれに独立した「宗教」であり、「信仰」上、両立することはないとお考えなのでしょうが、皇室ではけっしてそうではないのです。なぜそうなのか、をこそ、先生には宗教学者として探求していただけないものでしょうか。

 日本書紀を見れば、日本の天皇は、仏教公伝以前から皇祖神のみならず天地社稷を祀ってこられたことが分かります。皇室が神道という宗教を信じたというより、天皇は信仰を異にする各氏族による多神教的、多宗教的な宗教的共存を図るため、諸神を祀る祭り主として機能していたということでしょう。

 推古天皇の時代に仏教が国家的に受容されるようになったのちも、それは変わりませんでした。聖武天皇以来、歴代天皇が仏教に帰依されるようになったのちも、同様です。王朝ごとに国家の宗教が何度も移り変わる古代中国や朝鮮とは違うのです。むろん絶対神信仰に基づくキリスト教社会とも異なります。

 養老律令には「およそ天皇、即位したまはむときは、すべて天神地祇祭れ」と記され、宇多天皇のときに四方拝は定着し、毎朝御拝が始まったとされます。宗教的共存の中心に天皇の祭祀が位置しています。

 順徳天皇は「禁秘抄」に「およそ禁中の作法は神事を先にし」と記し、天皇第一のお務めは敬神、崇祖、神祭りであると明言され、歴代天皇はこれを守ってこられました。

 天皇の「信仰」は神道か、それとも仏教か、どちらかでなければならないという考えが皇室においては無意味なのではありませんか。島田先生はどうお考えですか?

 天皇の祭祀は、四方拝のように道教的要素を含むものもありますから、神道だと言い切るには無理があるでしょう。神道的ではあるにしても、神道という1つの信仰体系のみとはいえないでしょう。自然発生的な神道を1つの信仰体系と捉えるのも、少なからず無理があります。

 皇室では幕末の頃には神仏混淆どころか、陰陽道なども複雑に入り交じった祭儀が行われていたといわれるほどです。なぜそうなるのか、が先生の宗教学の本来的なテーマではないでしょうか。


▽3 日々の祈りが抜けている

 さて、最後に、宮中祭祀について、いくつかの基本的な誤りを指摘させていただきます。

ア、宮中三殿 賢所、皇霊殿、神殿の3つの建物から成立しているという説明は間違いありませんが、新嘗祭が行われる神嘉殿の説明が抜けています。
 皇室第一の重儀とされる祭儀がなぜ三殿では行われないのか、そこが学問的テーマとなるでしょう。

イ、法的裏付け 先生は、戦前は皇室祭祀令によって規定されていたが、戦後、皇室令が廃止され、現在は法的裏付けを失っていると書いておられますが、完全な間違いです。
 日本国憲法施行とともに皇室令が全廃されたのは事実ですが、当メルマガの読者なら周知の通り、このとき宮内府長官官房文書課長による依命通牒が発せられ、「従前の条規が廃止となり、新しい規定ができないものは、従前の例に準じて事務を処理すること」とされ、これが法的根拠となり、戦後70年、いまに至るまで祭祀は存続しているのです。
 日本は古代から続く法治国家です。法的裏付けのないことが、世界に冠たる官僚機構の中で継続し得ると先生は本気でお考えなのですか。担当した編集者も、そんなことがあり得るのか、よくよく考えていただきたいものです。

ウ、年間の宮中祭祀 先生は元日の四方拝から大晦日の節折、大祓まで「全体で18回」、旬祭を含めると「年間で30以上」と説明していますが、不正確です。
 2月11日、11月3日の臨時御拝が抜けているのはまだしも、平安期に始まる石灰壇御拝に連なる、明治以来の、側近を三殿に遣わし、拝礼させる毎朝御代拝が説明されていません。天皇は昔も今も毎日、国と民のため祈られるのです。
 この日々の祈りを抜きにして、皇室の信仰を先生は考察しようとされたのですか。
 このほか、先帝祭は小祭ではなく、大祭ですし、新嘗祭は夕刻から深夜にまで及びます。「2時間」では到底終わりません。

エ、三種の神器 先生は、陛下も見たことがないと書いていますが、実物を見なければならない理由があるのですか? 冗長とした説明も不要でしょう。
 先生は、天皇の信仰が神道だとする1つの根拠は宮中三殿の存在にある、と説きますが、その説明の仕方がまどろっこしい解説の原因ではありませんか。
 祭り主である天皇がいかなる祭祀をなさるのか、古来、皇祖神のみならず天神地祇をみずから祀り、祈られることの意味と意義を、ご専門の宗教学的に深く探求すべきではないでしょうか。


▽4 なぜ天皇=現御神とされたのか

オ、神武天皇 先生は架空の神話的な人物だといいますが、125代続いているのなら初代が存在するのは至極当然で、それを神武天皇とお呼びしたとしても、何ら不思議ではないでしょう。
 近代科学で証明できないものは存在しないという論理は成立しません。それとも、たとえば先生の家系が何代まで遡れるか知りませんが、架空の先祖から始まったとでもお考えでしょうか。

カ、現人神信仰 先生は勘違いをなさっておられませんか。天皇=現人神とする考え方ははたして正統的でしょうか。
 戦後、昭和天皇はいわゆる人間宣言によって、ご自身の神性を否定されたという教科書的な解釈が流布していますが、詔書作成に関わった木下道雄はこれを否定し、「予はむしろ進んで天皇を現御神とすることを架空なることに改めようと思った。陛下もこの点はご賛成である」と記録しています。
 昭和12年に文部省が編纂した「国体の本義」には「天皇は現御神である」と明記されていますが、昭和天皇はこの神格化を嫌っておられたのです。
 古代の天皇の宣命には「現御神と大八嶋国しろしめす天皇」などとありますが、「現御神と」は「現御神のお立場で」の意味と解釈すべきだともいわれます。天皇=現人神ではないということです。
 東條内閣時代に文部官僚らが天照大神信仰に統一する官製の神道論を広めようとしていたとき、真っ向から戦いを挑んだのは在野の神道人たちであり、著書の神道本が発禁処分を受けることさえありました。
 他方、キリスト教世界の文化的影響を強く受けた知識人たちは一様に天皇=現御神と解釈するようになったのです。
 皇室の伝統においては、天皇は祀られる神ではなくて、神々を祀る祭り主なのです。それがなぜ天皇=現人神と解されるようになったのか、むしろそこを学問的に解明していただけないでしょうか。

 宗教学者が畑違いの分野に挑戦されたチャレンジ精神は高く評価されなければなりませんが、今回の記事は大学の学年末試験ならとても「優」は差し上げられないでしょう。積極性を最大限に評価して、さしずめ65点というところでしょうか。

 相撲好きで知られる昭和天皇は、贔屓の力士の名をけっして口外なさいませんでした。その昭和天皇に「信仰される宗教は仏教ですか、神道ですか」とうかがっても、お答えにはならないでしょう。それが天皇というお立場です。違うでしょうか。



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さいちゃん

島田先生は、天皇の祭祀には法的な裏付けがないと仰せですが、記事に書いたように、これは間違いです。
ただ、かつての皇室祭祀令のような明確な法的根拠を持つように、戦後の日本政府が皇室関係法の整備を怠ってきたことは事実です。
皇室を取り巻く今日の混乱の最大の原因はここにあると思われます。
by さいちゃん (2017-12-19 11:11) 

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