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「大嘗祭は第一級の無形文化財」と訴えた上山春平 ──第2回式典準備委員会資料を読む 13 [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2018年7月16日)からの転載です

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「大嘗祭は第一級の無形文化財」と訴えた上山春平
──第2回式典準備委員会資料を読む 13
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 政府は、大嘗祭について、「稲作農業を中心とした我が国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたもの」であり、「皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式」だと理解しています。

 この解釈には、何度も申し上げたように、2つの問題点があります。(1)大嘗祭を「稲作の儀礼」と解釈すること、(2)稲作儀礼と皇位継承儀礼とを直結して理解すること、の2点です。

 誤った理解の原因はいうまでもなく、稲と粟の新穀を捧げる儀礼を稲の祭りと見るところにあります。

 なぜそう理解するのか、30年前の議論を、これからしばらく振り返ってみることにします。

 ヒントになるのは、岩井利夫元毎日新聞記者の『大嘗祭の今日的意義』(昭和62年)です。「近来における大嘗祭論議」と題する一章に、何人かの大嘗祭論を紹介しています。

 最初に取り上げられているのは、30年前、政府のヒアリングにも招かれた上山春平元京大教授(同名誉教授。哲学)です。


▽1 なぜ収穫儀礼が皇位継承儀礼となるのか

 岩井氏の本では、上山氏が昭和59年11月に朝日新聞に「皇位継承儀礼は京都で出来るか」を書き、これを受けて週刊新潮が翌月に「Xデー」特集を組んだことを取り上げ、以下のような主張を紹介しています。

(1)大嘗祭は収穫儀礼から皇位継承儀礼となった世界にも例のない貴重なものである
(2)今日、旧典範や登極令の法的根拠がなく、現憲法下では「内廷の祭祀」として行うのがよい
(3)費用は国民の募金で補ってもよい
(4)もしやれるなら京都御所の旧地が相応しい

 上山氏といえば、西洋哲学から日本文化論へと関心を広め、『神々の体系』(正続)、『天皇制の深層』などの著書を残しています。大嘗祭をテーマとした何本かのエッセイは著作集の第5巻に収められています。ここではそのエッセイを読んでみることにします。

「大嘗祭のこと」はまさに昭和59年11月、朝日新聞に掲載されたエッセイです。中身はすでに触れましたが、問題は論拠です。

 上山氏が大嘗祭を収穫儀礼と考えるのは、「この祭祀が、もともと稲の収穫にかかわりがあり、収穫された新穀を、自らも召し上がることを中心とする」ものだからです。

 案の定、粟の存在が忘れられています。宮中三殿の祭祀は稲の収穫儀礼だとして、神嘉殿での宮中新嘗祭、大嘗宮での大嘗祭は米と粟の祭儀であることについて、上山氏は正確な情報を持っていなかったのでしょうか。

『常陸国風土記』には粟の新嘗のことが書いてあり、古代において、少なくとも民間において、粟の新嘗祭があったことが分かります。記紀神話を読み込んだ上山氏がそのことに気づかなかったはずはないと思います。

 もし宮中新嘗祭・大嘗祭が稲の収穫儀礼ではなく、米と粟の複合儀礼であることに気づいたならば、天皇が天神地祇を祀り、米と粟の複合儀礼を年ごとに、そして御代替わりには大規模に、厳修することの意味、つまりなぜ収穫儀礼が皇位継承儀礼となり得たのか、をお考えになったはずです。

 なぜそうはなさらなかったのでしょうか。


▽2 見落とされた戦後史

 上山氏の天皇論で重要なのは、国家機関の二重構造のデザインです。古代中国から律令制を導入したけれども、古代日本ではご本家とは異なり、太政官と神祇官が並立する国家制度が創られたと上山氏は鋭く指摘しています。

 上山氏のこのエッセイによると、二重構造は明治の時代にも採用され、国務法の憲法と宮務法の皇室典範による二本立てとされたのでした。

 だとすれば、近代立憲君主の儀礼たる即位式は国務に属し、伝統的な皇位継承儀礼たる大嘗祭は宮務に属すると解釈してもいいはずなのに、なぜか即位式と大嘗祭は一括して皇室典範に定められることとなったのです。

 ところが、登極令が定められる段階になると、即位式と大嘗祭は不可分の形で完全に国務的な観点から規定された、と上山氏は指摘するのでした。

 なぜそうなったのか、という点についてはさておき、じゃあ、今度はどうするのか、と上山氏は話題を転じ、戦後の皇室典範には即位式の規定も大嘗祭の規定もないと解説し、もし大嘗祭を存続させるなら、即位式と大嘗祭を分離するほかはないと主張されるのでした。

 たとえば、即位式は内閣の関与のもとに行われる「天皇の国事」、大嘗祭は内閣が関与しない「内廷の祭祀」と解するという方法です。

 しかしここでも、上山氏は重要な戦後の歴史を見落としていることが分かります。

 それは当メルマガですでに指摘しているように、(1)皇室典範の改正過程で、占領中ながら、当時の政府は御代替わりの儀礼にいささかも変更はないと答弁していること、(2)昭和22年5月の依命通牒で、登極令や皇室祭祀令の附式が存続してきたこと、(3)昭和50年8月に依命通牒の解釈・運用の変更が密室で行われたこと、です。

 依命通牒は廃止の手続きが行われていないと、のちに宮内庁高官が国会で答弁しているのですから、即位式・大嘗祭は依命通牒に従い、京都で斎行されるべきだ、と上山氏は主張してもよかったのです。


▽3 依命通牒3項を知っていれば

 大嘗祭がどのような形で行われるべきか、上山氏はけっして教条的な立場ではなかったようです。平成の大嘗祭を秋に控えた平成2年1月、京都新聞に掲載されたエッセイでは、以下のように述べています。

「現行憲法が皇位の世襲を認めているかぎり、世襲に伴う儀礼は伝統的な形で継承されるべきだろう。大嘗祭を国事で行うか、それとも宮廷の公的行事もしくは内廷の祭祀として行うかは、さしあたり問う所ではない」

 この前年の11月に「即位の礼準備委員会」の求めに応じて行われた報告でも、上山氏は同じような趣旨で、現実的方法論を訴えたようです。

「皇位継承儀礼は、たとえ成文の規定がなくても、千年以上の伝統を有する不文の慣習として、当然、踏襲されるべきであろう」

「大嘗祭は、伝統的皇位継承儀礼の一環として、現行憲法の第7条第10項に該当する国事として挙行されるべき儀式である、と考えられる」

「今回の大嘗祭は、第2次大戦以来、最初の大嘗祭である。……大嘗祭中断のおそれもないわけではない。今回は国事として行うことに固執せず、宮廷の公の行事であれ、内廷の行事であれ、可能な限り世論の支持を得やすい形で行う道を選ぶほかはあるまい」
(以上、「弘道」平成3年2月)

 上山氏は「皇室の伝統の尊重」を訴えているのですが、依命通牒3項の存在を知っていれば、迂遠な議論は必要なかったのではありませんか。


▽4 目からウロコの史実

 上山氏のエッセイには目からウロコが落ちるような史実と見方が散りばめられていますので、最後に紹介します。

「『養老律令』の『神祇令』とそれに対応する『唐令拾遺』の『祠令』を比較してみると、ほんとうにびっくりします。律令や都城をはじめ、あれだけ唐文明を忠実に受け入れたようにみえるのに、国の祭祀についてはほとんど何も受け入れていないのです」

「(大嘗宮は)本来はクジ(亀卜)で当たった国の中のクジで当たった郡、その郡の住民が造ったんです。その人たちが作ったお米を『抜穂儀』で集めて、それを都まで運ぶ。運ぶ途中も大変な賑わいだったと思います」

「大嘗宮も、同じ人びとが、同じようにして作るのです。祭りの7日前に作り始めて、数日で仕上げることになっています」

「朝廷の一部の官僚たちだけでやっている祭りじゃない」

「祭りのひと月前、10月の末に御禊(ごけい)というのが京都の加茂川あたりであったようですが、それも大勢の人が見物したようです。……京都中の人が、葵祭のときのようにおしかける」(以上、「大嘗祭について」=「神道宗教」神道宗教学会、平成3年3月)

「奈良朝から平安朝初期にかけては、即位礼も大嘗祭も大極殿とその前庭で行われていた。ところが、16世紀あたりから、即位礼と大嘗祭は内裏の紫宸殿とその前庭で行われるようになり、そのしきたりは幕末までつづいた」

「明治の『皇室典範』とその施行規則『登極令』の制定に伴って、……即位礼は旧例通紫宸殿で行われたが、大嘗祭の方は全く前例のない仙洞御所で行われた。……幕末以前は紫宸殿の南庭に大嘗宮を建てていたのである。……大嘗祭の7日前から着工され、祭式がすめば焼却されることになっている」

「幕末以前には、即位礼と大嘗祭のあいだには少なくとも3か月以上の間隔があったので、紫宸殿の南庭で即位礼をすませた後、ゆっくりと間をおいて同じ場所に大嘗宮をつくることができた」(以上、「天皇の即位儀礼」=「学士会会報」平成元年1月)

「私は、かねがね、大嘗祭こそは国の第一級の無形文化財ではないか、と考えている。……これほど重要度の高い文化財の保存について、文化財保存一般に格別の熱意を示す人びとさえも、異議をとなえるのは、なぜだろうか。それは、大嘗祭の解釈をめぐるイデオロギー的な側面に目を奪われて、文化財としての側面への認識がくもらされた結果ではあるまいか」(以上、「2つの無形文化財について」=「文化時報」平成3年5月)
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