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ネット時代にどのように「即日改元」するのか? ──田尾憲男「日本会議」理事の改元論を読む [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2018年8月5日)からの転載です

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ネット時代にどのように「即日改元」するのか?
──田尾憲男「日本会議」理事の改元論を読む
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 旧知の田尾憲男さん(昭和17年生まれ。東大法卒。鉄道情報システム顧問。日本交通協会、日本文化交流財団、日本会議各理事。神道政治連盟首席政策委員)から、ご丁寧な直筆のお手紙とともに、日本会議の機関誌「日本の息吹」8月号が送られてきました。

 私がお送りしたさまざまな資料と原稿依頼に対する返礼と回答でした。やっぱりなあという感慨とともに、改元問題に関する3つのことを思いました。

 感慨というのは、ネット時代という前提が共有されていないことです。30年前とはまったく異なり、情報開示が常識の時代となりました。しかも情報は政府機関のサイトで公開されています。

 世の中にはデジタル人間ばかりではありませんが、公の議論はネット上の情報を前提として、公開された情報を知らない人もすでに知っているものとして、進められています。ある意味で恐いことですが、田尾さんはどうなのでしょうか。


▽1 田尾さんの6つの論点

 お手紙を拝読して思った3つのこととは、(1)改元に関する伝統とはどのようなものか、(2)今回はどのような改元の方法を採るべきなのか、(3)その方法は実現可能なのか、の3点です。

 日本会議の機関紙が送られてきたのは、巻頭言「今月の言葉」に、田尾さんによる「天皇の元号──伝統を重んじ、元号法に忠実な改元を期待」が載っているからです。お手紙には「拙文を転載しても結構」とありましたが、今回は私の感想だけに留めたいと思います。

 田尾さんの文章の要点は、以下の6点にまとめられると思います。

(1)改元について関心が高まっているのは喜ばしいが、践祚の前に新元号を制定公表されるかのような報道は残念である。
(2)元号は天皇を戴く日本の誇るべき文化である。
(3)明治以降、一世一元の制が確立した。占領期に元号は抹殺され、慣習法として存続したが、昭和54年に「元号法」が制定された。
(4)元号法によれば、即位の前に改元がないのは明白で、譲位でも変わらない。践祚後の改元で国民生活に影響が想定されるなら、事前に有効な手当てを行うべきだ。
(5)政府が政府の都合などで、新元号を事前に公表するなど許されない。それでは「内閣の元号」になってしまう。
(6)前回は官房長官が新元号を会見で公表したが、新天皇の詔書で発表されることが望ましい。高貴な皇室伝統に近づける工夫と努力が必要だ。

 機関紙の場合、編集部が付けたと思われる「元号法に忠実な改元を期待」とのタイトルありますが、田尾さんの文章にはそのような内容はありません。

 むしろ田尾さんは、元号法が至極簡単な規定しかなく、しかも「元号は、政令で定める」(第1条)と定め、元号制定の主体が天皇なのか、内閣なのか、明確でないことを指摘しているのでしょう。編集部は正確に理解していないのではありませんか。


▽2 「即日改元」は伝統なのか

 さて、批判です。まず、歴史と伝統です。具体的に何が改元の伝統なのか、です。

 元号が日本の長い伝統であるとともに皇室の伝統であることはいうまでもありません。しかし、田尾さんのお手紙にあるような「5月1日臨時閣議決定、同日政令公布、施行で何ら問題なく、最もいい形」が伝統の形かどうかは別でしょう。

 田尾さんが書いているように、一世一元の制は近代以後であり、代始改元=改元と理解されるようになった歴史は150年しかありません。

 また、践祚即改元は、少なくとも近世後期以降、大正と昭和のみです。前回は翌日改元でした。

 田尾さんは、私に「1年もあとになって、改元なんてあり得ない」とおっしゃったことがありますが、明治の改元は践祚の1年8か月後、即位礼の翌月でした。

 歴史に照らせば、少なくとも近世後期において、践祚の1年後に代始改元が行われることがしばしばでした。たとえば光格天皇の譲位で皇位を継承した仁孝天皇の場合は、践祚の13か月後、即位礼の翌年でした。

 とすれば、田尾さんが主張される「即日改元」は日本の、そして皇室の伝統なのでしょうか。


▽3 改元のタイム・スケジュールは?

 2点目は、改元の方法論です。

 おそらく明治の英知が結集したであろう、一世一元の制がどのようにして始まったのか、歴史的検証が必要ですが、近代天皇制の伝統の精神を重んじるとすれば、「天皇、践祚の後は直ちに元号を改む」(登極令第2条。明治42年)が望ましいものと思われます。

 その点では、田尾さんのご意見に同意します。

 しかし、3点目として、問題はそれが実現可能なのかどうかです。つまり、タイム・スケジュールの問題です。

 既述したように、田尾さんは「5月1日臨時閣議決定、同日政令公布、施行で何ら問題なく」と仰せですが、そうでしょうか。

 田尾さんの構想では、来年5月1日に、次のような日程が組まれることになるでしょう。

(1)5月1日午前0時、新帝が践祚
(2)午前10時(?)、剣璽等承継の儀
(3)続いて、即位後朝見の儀
(4)新元号を公表、直ちに施行
(5)当日発行の官報に記載。官報の発行年月日、官邸サイトの日付も新元号に切り替わる

 前回は官房長官が新元号を会見で公表しましたが、田尾さんの提案では、新帝(田尾さんの言葉では新天皇)が会見で発表することになるのでしょうか。


▽4 時間が遡るコンピュータ・システム?

 最大の問題は、(4)(5)がネット社会に可能かどうかです。

 田尾さんの仰せによると、あらかじめコンピュータ・システムに新元号Xとするプログラムを設定しておき、新元号公表のあと、Xの変数に新元号を入力すれば足りるということでした。

 じつに簡単なことで、「何ら問題なく」というように見えますが、問題点はふたつ指摘されます。

 ひとつは、1か月の準備期間があれば十分とされているシステム変更ですが、ぶっつけ本番であることに変わりはありません。失敗は許されないのです。

 中国や北朝鮮のような一元化されたシステムならまだしも、日本はそうは簡単にいかないのではないかと心配します。

 さらにもうひとつ、現実的に考えて、新元号の公表をどう急いでも、午前0時の「践祚の後直ちに」とはいきません。新元号の公表から何時間か遡って、コンピュータ・システムが切り替えられることになりますが、田尾さんはそれで「何ら問題なく」とお考えでしょうか。

 明治の改革を推進したのは、現実主義と合理主義でした。新元号の公表は践祚の日に、施行は即位礼の日にと、私が提案するのも現実主義と合理主義です。

 田尾さんは私の提案を、「過去の歴史に照らせば、一案といえますが、やはり不安定化いたします」と批判していますが、意味不明です。即日改元を強引に進めるやり方は、「高貴な皇室伝統」をかえって「不安定化」させる要因とならないでしょうか。

 再批判をお待ちしています。
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