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天皇はなぜ「米と粟」を捧げるのか? ──涙骨賞落選論文「天皇とは何だったのか」4 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2019年7月21日)からの転載です

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天皇はなぜ「米と粟」を捧げるのか?
──涙骨賞落選論文「天皇とは何だったのか」4
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 日本の稲は栽培種であり、帰化植物である。日本列島に自生する稲はない。粟がエノコログサを原種とする穀物であるのとは異なる。

 植物遺伝学者・佐藤洋一郎氏の「日本稲の南北2元説」によれば、日本の稲には遺伝学的に2つの源流があるという。ひとつは東南アジアの島々から伝わってきた陸稲的な熱帯ジャポニカで、そのあと、もう一つの中国・揚子江流域を起源とする水稲的な温帯ジャポニカが伝来した、と説明されている。

 面白いことに、両系統の稲は本来は晩生で、秋冷の早い東北地方などでは稔らない。ところが、両者が交雑すると不思議にも早生が発生する。佐藤氏は、両系統の稲が日本列島で自然交雑して早生が発生し、稲作は北部日本にまで瞬く間に北上することができた、と推理している(『稲のきた道』、1992年など)。

 2000年前には寒冷な青森にまで稲作は北進した。日本の早生稲が誕生したからだ。

 鶺鴒に学んで諾冉二神が婚姻し、国が生まれたとする国生み神話のように、自然の法則に従って、異なるものがひとつになり、新しい価値が生まれるという歴史は、稲だけにとどまらない。稲作起源神話も同様である。

 記紀には2つの稲作起源神話が描かれている。1つは女神の遺体から五穀の種が得られたという類型であり、もうひとつは天孫降臨に際して天照大神が稲穂を授けられたとする斎庭の稲穂の神勅である。

 神話学者の大林太良氏によれば、2つの神話は系譜が異なるという。

 女神の死体から作物が出現するという死体化生型神話は、きわめて広い地域に分布するらしい。そのなかで日本の神話は粟など雑穀を栽培する焼畑耕作の文化に属し、その源郷は東南アジアの大陸北部から華南にかけてで、縄文末期に中国・江南から西日本地域に伝えられた、と推理されている(『稲作の神話』『東アジアの王権神話』など)。

 実際、この神話に登場するのはすべて焼畑の作物である。稲は例外にも見えるが、焼畑で栽培される畑稲もある。熱帯ジャポニカこそこれであった。死体化生型神話の主役である大気津比売は粟の女神だったともいう。

 もうひとつの稲作起源神話で興味深いのは、皇室発祥の物語である天孫降臨とともに語られていることである。前述の神話では五穀が葦原中国に起源するのに対して、この物語では高天原から稲がもたらされる。

 天神が子や孫を地上の統治者として山上に天降らせるという天降り神話は、朝鮮の檀君神話が有名だが、朝鮮にとどまらない。モンゴルの伝承やギリシャ神話とも類似する。インド・ヨーロッパ語族の神話がアルタイ語族を媒介として、朝鮮半島経由で日本に渡来した可能性があると大林氏は述べている。

 ただ、母神が授けるのは、朝鮮やギリシャの神話では麦であって、稲ではない。ならば稲の要素はどこから来たのか。天照大神から稲穂が授けられるとするモチーフは、天降り神話と元来は無関係であり、東南アジアの稲作文化に連なる、と大林氏は説明する。

 朝鮮から内陸アジアに連なるアルタイ系遊牧民文化に属する天降り神話と東南アジアに連なる稲作神話が接触融合し、天孫降臨神話ができあがった、と大林氏は推理している。

 日本の早生稲の成立と同様に、日本の稲作起源神話は大陸系と南方系の融合だと説明されているのである。

 日本民族の成り立ちもまた同様である。人類学者の埴原和郎氏は、先住の縄文人と渡来系弥生人が混血同化し、「本土日本人」が成立したと説明している。埴原氏は混血同化は現在も進行中だと指摘する(『日本人と日本文化の形成』、1993年)。

 とすれば、天皇による米と粟の神事はどのように考えるべきなのか。

 古代の日本にはさまざまな氏族がいて、それぞれの暮らしがあった。それぞれの神があり、信仰があった。先住の焼畑農耕民もいれば、新参の水田稲作民もいた。国と民をひとつに統合する統治者たる天皇は、皇祖神のみを拝するのではなくて、それぞれの民が信仰するさまざまな神々に祈ることを選択したのではないか。そのような祭り主を統治者とすることをわが祖先たちは選んだのではなかろうか。

 その結果、歴代天皇は毎年、実りの秋に、そして御代替わりには大がかりに、価値多元的な複合儀礼を行い、国民統合の平和的意義を確認し合うことになったのではなかろうか。それは平和的共存のための知恵といえるだろう。今日、世界各地で頻発する、宗教の違いに由来する衝突の悲劇を見れば、容易にその意味が理解される。(つづく)


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