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大嘗祭は、何を、どのように、なぜ祀るのか ──岡田荘司「稲と粟の祭り」論を批判する [大嘗祭]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メルマガジンからの転載(2019年11月10日)です

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大嘗祭は、何を、どのように、なぜ祀るのか
──岡田荘司「稲と粟の祭り」論を批判する
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 大嘗祭は「稲の祭り」であるという思い込みに、国学者や国文学者、歴史学者、そして政府などが取り憑かれています。雑誌「正論」最新号に掲載された、保守派論客・竹田恒泰氏の論考もまた、残念なことに「稲」でした。
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 そんななかで、ほとんど唯一、「稲と粟の祭り」論を展開しているのが、岡田荘司・國學院大学教授です。前回の御代替わりでは折口信夫の直観に始まる、非実証的なマドコオブスマ論の否定と克復に貢献された岡田先生が、献饌される「米と粟」の存在に着目されたのはさすがの慧眼で、賞賛に値します。しかし、その内容にはとうてい納得しがたいものがあります。

 いかなる神を祭るのか、粟とは何か、なぜ粟を捧げるのか、説明が不十分で、少なくとも私の理解とは天と地ほどの違いがあリます。


▽1 なぜ神宮祭祀と比較するのか

 先生は今春、『大嘗祭と古代の祭祀』を出版されました。第二部第一章は「稲と粟の祭り──大嘗祭と新嘗」です。初出は「國學院雑誌」(2018年12月)ですが、ここにご主張が網羅されていると思われますので、少し詳しく読んでみることにします。

 けれども、論考は事実認識および問題意識がのっけから誤っています。先生はまず、神祇祭祀一般と伊勢神宮祭祀、そして宮中の神今食(じんこんじき、6月と12月)および新嘗祭・大嘗祭とを比較していますが、比較のあり方に問題があります。

 先生は「古代いらい神祇祭祀は稲祭りであることが常識」と仰せですが、違います。粟を捧げる神社が近江の日吉大社をはじめ、各地に存在します。非稲作文化を継承する地域は全国に広がっていることが見落とされています。

 他方、神宮の祭祀は確かに徹頭徹尾、稲の祭りですが、同様に宮中三殿の祭祀も稲の祭りです。案外、知られていないことですが、現在では、神嘉殿の新嘗祭と大嘗宮の大嘗祭のみが「稲と粟の祭り」なのです。

 先生は神宮祭祀と宮中祭祀が祭神を同じくするにも関わらず、天皇の祭祀はなぜ稲と粟なのか、と発問するのですが、そうではなくて、天照大神を祭神とする伊勢神宮および賢所(宮中三殿)の祭祀と、皇祖神ほか天神地祇を祀る新嘗祭・大嘗祭との違いにこそ着目すべきなのです。

 先生はつい最近まで広範囲に、いやいまなお粟が栽培され、神社の祭りに捧げられていることをご存知ないようです。それどころか、せっかく粟に着目しているのに、粟そのものについての情報が不十分です。その結果、「粟は飢饉の備蓄のため」という珍説を導くことになったものと思われます。粟を主食とする民が古来、日本列島に間違いなくいたのです。畑作民にとっては粟は神聖な食物であり、だからこそ神への捧げものともなるのです。

 先生の論で面白いのは、ご自身で粟ご飯を炊いてみたという「実験祭祀学」です。米のご飯に比べると、美味しいとはいえないが腹持ちするのが特性で、古代の食事には適していたと指摘されるのですが、先生が実験に用いた米は水稲でしょうか、陸稲でしょうか。もち米でしょうか、うるち米でしょうか。品種はなんですか。調理は炊飯器を使用されたのでしょうか。粟はどうですか。

 米の場合、古くはもち米をこしきで蒸して食べていたのだといわれています。粟も同様でしょう。大嘗祭に登場する米と粟の御飯(おんいい)は蒸した強飯で、現在の炊き干し法の原型となる煮飯(姫飯、粥)は平安時代に始まるようです。前者はもち米、後者はうるち米なのでしょう。

 実験で確認されようとした意欲には敬意を表しますが、方法に誤りがありそうです。というより、日本列島に住む日本民族の食文化はけっして一様ではなく、稲の民と粟の民は別だという歴史にこそ目を向けるべきではないでしょうか。

 民族の成り立ちが単線的ではなく、ルーツは1つではないからこそ、国と民を1つにまとめ上げるスメラミコとの存在と祈りが必要とされたのではありませんか。


▽2 記紀神話を根拠とする限界

 先生は次に、水田稲作と畑作の源流を神話のなかに探り当てようとなさるのですが、神話学者ではないのですからやむを得ないとはいえ、かなり荒っぽいように思われます。

 日本書紀には、先生が引用するように、五穀の発生を物語るくだりがあります。天照大神は「民が生きていくのに必要な食物だ」と喜ばれ、粟、稗、麦、豆を畑の種とし、稲を水田の種とされたというのですが、先生が引用しない重要部分があります。

 古事記の場合は、須佐之男命による大気津比売(おおげつひめ)神殺害の物語として描かれ、死体の頭部に蚕、両目に稲穂、両耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生った。神産巣日御祖(かみむすびのみおや)命はこれを五穀の種とした、と記述されています。

 神話学では「死体化生型神話」と呼ばれるのですが、日本書紀の本文には見当たらず、国生み神話のあとの日神、月神、素戔鳴尊出生のくだりにあり、とくに詳しいのは一書の十一で、古事記とは異なり、月夜見(つくよみ)尊による保食神の殺害に変わっています。

 岡田先生の論考では、このあと斎庭の稲穂の神勅に話を展開させるのですが、この物語は「天降(あも)り神話」と呼ばれ、既述した「死体化成型神話」とは源流が異なるといわれます。

 斎庭の稲穂の神勅は、日本書紀の天孫降臨の場面に登場しますが、本文にはありません。宝鏡奉斎の神勅の物語のあと、天照大神は「わが高天原にある斎庭の穂をわが子に与えよ」と斎庭の稲穂の神勅を勅されました。

 興味深いことに、天照大神お一人で瓊瓊杵尊を降臨させたとするのは日本書記の一書一のみで、古事記と日本書紀の一書の二は大神と高皇産霊尊(高木神)が、日本書紀本文および一書四、六では高皇産霊尊お一人が降臨を指令しています。天孫降臨神話全体のなかで、意外にも天照大神の影は薄いのです。

 神話学者の大林太良先生によると、女神の死体から作物が出現するという神話は、きわめて広い地域に分布するそうです。そのなかで日本の大気津比売型神話は粟など雑穀を栽培する焼畑耕作の文化に属し、その源郷は東南アジアの大陸北部から華南にかけてで、縄文末期に中国・江南から西日本地域に伝えられた、と推理されています。

 根拠のひとつは大気津比売の神名で、古事記の国生みの条には「粟(阿波)の国は大宜都比売という」と記されているのでした。大気津比売は粟の女神なのです。

 また、火の起源神話と農耕起源神話が密接に結びついているのも注目されます。火神の軻遇突智から農耕神の稚産霊が生まれ、さらに五穀が化生するのは、焼畑農耕の有力な手がかりといわれます。実際、作物起源神話に登場する、保食神の死体に化生する作物は稲を除けば、すべて焼畑の作物です。

 いや、陸稲なら話は別です。今日では、大気津比売型神話は民間伝承には見出すことができません。もしこの神話が水稲の起源神話だったなら、いまなお伝えられる稲作の伝説や儀礼に痕跡が多く残っているはずですが、そうでないのは水稲栽培に圧迫された焼畑穀物と結びついているからだろう、と大林氏は推測しています。

 海外では、大気津比売型神話は中国南部から東南アジア北部の焼畑農耕地域に点々と分布しているそうです。日本神話だけで論じようとするところに限界があるのです。ちなみに伊勢神宮の稲作起源神話は死体化成神話でも天降り神話でもなく、鳥が稲穂をもたらす「穂落とし神」という類型になります。穂落とし神は記紀にはなぜか記載がありません。


▽3 皇祖神だけなら賢所で十分

 岡田先生は、伊勢神宮の祭祀も宮中の新嘗祭・大嘗祭も、祭神が同じ皇祖天照大神なのに、神饌が後者が稲と粟なのはなぜかと問いかけ、それが新嘗祭・大嘗祭の本質を明らかにする研究課題だと指摘されるのですが、前者は皇祖神のみを祀り、後者は皇祖神ほか天神地祇を祀るからではありませんか。祈りの対象が異なるのです。

 宮内庁は先月、大礼委員会に大嘗祭の関連資料として御告文の先例を5例提示しましたが、たとえば建暦2年の順徳天皇の大嘗祭の場合は、「伊勢の五十鈴の川上に坐す天照大神、また天神地祇諸の神に明らけく曰さく」に始まり、祀られる祭神が皇祖神だけでないことは明らかです。ほかも同様です。

 岡田先生ともあろう方が、天皇の祭祀の基本を誤るとは信じ難い気がします。天皇が皇祖神に祈るだけならば、神嘉殿ではなく賢所で、米のみを捧げて祈れば足りるはずです。粟を捧げて祈るのは、粟の神が祈りの対象に含まれるからでしょう。皇祖神のみならず天神地祇を同時に祀るのなら、特別の祭場として神嘉殿や大嘗宮が必要になるのでしょう。

 最後に蛇足ですが、岡田先生は大嘗祭研究に多大な貢献をされました。5W1Hのうち、誰が、いつ、どこで、までは誰でもわかりますが、何を(祭神論)、どのように(祭祀論)、なぜ(意味論)はまだ学問的な課題が尽きないようです。祭祀論研究に果たされた先生の功績を、後進の研究者が引き継ぎ、発展させていくことが望まれます。


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