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天下国家は何処へ?──佐野和史宮司の「神社新報」投稿を読む [神社人]


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天下国家は何処へ?──佐野和史宮司の「神社新報」投稿を読む
(令和3年5月6日、木曜日)
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神社本庁の土地売却をめぐる訴訟で、東京地裁は3月下旬、内部告発した職員の懲戒処分などを無効とする、被告神社本庁「全面敗訴」の判決を下しましたが、これに対して神社本庁は、4月中旬に開かれた役員会で、新たな弁護団を組織し、控訴審に臨むことを決議しました。控訴の手続きはすでに済んでいると伝えられます(「神社新報」4月26日号)。

他方、同じ「神社新報」4月26日号には、旧職員でもある、神奈川・瀬戸神社の佐野和史宮司による「裁判継続反対」の投稿が掲載され、また、地方からは控訴の即刻取り下げと本庁役員全員の退陣を求める要望書が鷹司統理宛に提出されたとも聞きます。

全国のお宮のほとんどを傘下に置く神社本庁は見るも無惨な分裂状態ですが、ことの本質について、私なりに迫ってみようと思います。


▽1 つたない新聞編集技術

テキストになるのは佐野宮司の投稿です。

まず、本論の前に、蛇足ながら指摘したいのは、新聞編集の拙さです。

投稿は「裁判問題について」と題されています。新聞の見出しになっていません。「裁判問題」って何でしょう。それについて筆者は何を言おうとしているのか、これでは皆目分かりません。読者の興味と意欲をかき立てる編集者の意思・努力が伝わってきません。新聞編集の基本を失っています。

技術的にも疑問符が付きます。佐野宮司は冒頭で、「地位確認訴訟の今後について意見を述べさせていただきたい」と明示しています。テーマは「裁判問題」ではなくて、「訴訟の今後」に絞られています。見出しの付け方が間違っていませんか。20年ぐらい前のレベルに逆戻りしていませんか。

それでも、この訴訟問題をめぐって多数の投稿・投書が寄せられ、しかもその多くがボツ扱いされていると伝え聞かれるなかで、佐野宮司の反対意見が掲載されたのは、編集部の英断といえます。そこは少なくとも評価されるべきです。

問題は中身です。

佐野宮司の「裁判継続反対」の理由は、以下の5点にまとめられるでしょう。


▽2 2つある「神社本庁」の概念

1、原告・被告双方の主張、判決の分析は略させていただく。裁判継続反対の最大の理由は、裁判が神社界にとって有害・無益だからだ。裁判の継続が斯界に悪影響を与えている。どちらが勝つにしても、神社界にとって損失が大きく、メリットはない。

2、神社本庁の本来の存在理由・目的を探れば、裁判の勝敗を超えた、本当の課題が見えてくる。神社本庁憲章にいう「神社本庁」とは、中央本部や事務局ではなく、古来の「大道」を継承し、「全国神社を結集」した、総体としての「神社本庁」である。

3、「神社本庁」には、法に基づく法人機構と、神国日本の伝統を継承してきた神社の総体の2つ概念があるが、存在理由は後者にある。前者は後者の目的を支持・充実させるための手段に過ぎない。両者には相互の信頼関係が保たれなければならず、教学的・神学的信念に立脚されなければならない。現に裁判を争っているのは中央組織としての神社本庁である。裁判の継続は、全国神社の総体たる神社本庁との関係において、教学活動を大きく阻碍するものと思慮される。

4、もとより全国神社の総体たる神社本庁は仮想空間のようなものかもしれないが、そこにこそ神社が「神国」の祭祀を厳修することの本義に通じるものがあると信じる。古来、全国の神社が継承してきた不文法を規範化したのが本庁憲章であり、だからこそ全国神社の総体たる神社本庁の指導力が発揮されなければならない。全国神社の神職が敬神尊皇の思いや祈りを共有し、強固にするために教学がある。

5、中央組織としての神社本庁が歴史と伝統に培われた教学を考慮せず、現行法規との整合性のみを是とし、法的強制力に頼るガバナビリティの構築に努めた結果が、各地の神社離脱や今回の裁判である。「教学の価値観の共有」によって神社界が団結し、展望を図るべきだ。裁判の継続は、「教学の価値観の共有」を否定し、「法的整合性のみを是とする価値観の強制」を目指すもので、わが国の神道文化に穴を穿つものとなりかねない。

佐野宮司の熱の籠った文章には、混乱ばかりが伝えられる今日、まだまだ良識が生きていることが確認されます。編集部もさすがに無視できなかったということでしょうか。


▽3 民族宗教の終わり!?

さて、私のような部外者が批判めいたことを付け加えるべきではないのですが、あえていくつか指摘させていただきます。

佐野宮司は、全国神社の総体としての神社本庁こそが本庁の存在理由であると訴えています。そして裁判の継続が神社界全体の活動を阻碍すると危機感を深めています。まったくその通りなのですが、忘れてならないのは、全国の神社はけっして神職の集合体であるところの神社界のものではないということです。神社とは誰のものなのかが問われているのです。

佐野宮司は神社本庁憲章を取り上げました。さすがです。しかしその前に、神社本庁設立の歴史を振り返るべきではないでしょうか。大戦末期、敗戦・占領を目前にして、神道界の大同団結によって先人たちが守ろうとしたのは、神社界の歴史と伝統ではありません。だからこそ、大日本神祇会、皇典講究所、神宮奉斎会の三団体が糾合したはずです。先人たちは歴史ある民族の信仰を守ろうとしたのです。天下国家のためにひとつになったのです。

佐野宮司は神職なればこそ神社界の将来を憂え、神社界の専門紙に寄稿し、神社界の読者に訴えているのですが、裁判の行方に心を痛めている多くの国民はけっして神社界の将来に注目しているのではありません。佐野宮司のロジックを借りれば、宗教法人法に基づく神職集団による神社界ではなく、日本人のさまざまな信仰の総体としての神社神道の将来に危機感を覚えているのです。神社界の内向き思考と天下国家への視点の揺らぎこそ、今日の混乱の原因ではないかと疑っているのです。

神社界は国民の浄財で支えられています。ムダな裁判にムダなお金を費やすべきではありません。処分されるべきものは処分し、和解すべきは和解すべきです。いまのままでは国民の信仰は神社から離れざるを得ないでしょう。民族宗教の終わりです。それこそが危機です。


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