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百地章先生、結局、男系継承の理由は何ですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4 [有識者会議]


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百地章先生、結局、男系継承の理由は何ですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4
(令和3年6月20日、日曜日)
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前回の続きです。

本題に入る前にひと言。先日、若い編集者と言葉を交わす機会があり、皇位継承問題に話が及んで、私が編集の企画を提案したところ、「議論は出尽くしている」と否定されてしまいました。出尽くしていないからこそ、迷走するのだろうと私は思うのですが、残念ながら通じません。

たとえば、今回、取り上げる百地章・国士舘大学特任教授(憲法学)は男系派の代表的な論客ですが、肝心のことについて、議論を避けています。つまり、皇統はなぜ男系で続いてきたのかという、もっとも核心的な命題についてです。

男系継承の理由が現代人に分かるように理路整然と説明されるなら、女系継承容認派を説得し、納得させ、男系継承支持へと翻意を促すことができるはずなのです。そうできないのは、間違いなく、男系派の力量不足です。議論はまだまだ尽くされていません。


▽4 百地章氏──「歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢」

百地氏はヒアリングの冒頭、「皇室の伝統は、いうまでもなく男系、126代の天皇はすべて男系である」と言い切ります。そして訴えます。

「先人たちは、男系を維持するため英知を傾け、血のにじむような努力を払ってきた。それゆえ私たちも、先人たちの努力に倣い、世界に比類のない、2000年近い皇室の長い伝統を後世に守り伝えていく責務がある。そのためには、まず歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢が必要であり、現代人の価値観を優先させてはならない」

たいへんご立派な主張ですが、要するに、先人に倣うべしと呼びかけているだけで、先人がなぜそうしてきたのか考究しようという問題意識は感じられません。むしろ思考停止状態というべきです。

皇位の男系主義は当然、天皇の役割と関わります。いみじくも政府の設問の1は「天皇の役割や活動」ですが、百地氏は今回のヒアリングでは答えていません。

レジュメによれば「以前のヒアリングで述べたから割愛する」とのことなので、平成28年の公務負担軽減有識者会議をあらためて振り返ると、たしかに「象徴」論に続いて「御公務」論を展開するなかで、天皇の「お祭り」に言及していることが、当時のレジュメに記されています。

とすると、百地氏は、天皇が「祭り主」であることに、男系継承の理由を見出しているのかといえば、残念ながら、そうではありません。「明治維新頃までは、天皇が直接、国民の前に出られることは少なく、天皇は皇居の中で、宮廷文化の継承に務め、ひたすら『お祭り』をされていた」とたった2行、天皇の日常にふれているだけです。

126代続いてきた男系主義の理由が、皇室の「祭り主」天皇観に潜んでいることは明らかなのに、百地氏は宝物を探ろうともしません。仰せの「歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢」が欠けていませんか。

そもそも事実認識に誤りがあります。何度も書いてきたように、少なくとも京都周辺の民は、即位礼・大嘗祭を部分的ながら拝観していました。『更級日記』には後冷泉天皇の御禊のことが描かれ、人々が拝観に押し寄せていたことがうかがえます。最近では、江戸期に即位礼拝観の切手札(チケット)が配られていたことが分かっています。


◇「世襲」とは「王朝の支配」なのでは?

百地氏は「天皇はひたすら『お祭り』をされていた」と仰せです。けれども、いかなる「お祭り」なのかが重要で、そこが男系継承の本質と関わるはずですが、百地氏にはその考察も欠けています。

主著である『政教分離とは何か─争点の解明』には、「大嘗祭の本質」について、一般向けの歴史雑誌を引用し、「稲の祭り」論と「真床覆衾」論の両論併記にとどまっているのを知り、仰天したことがあります。いずれも間違いです。

天皇は公正かつ無私なる「祭り主」であり、そのことは皇祖神のみならず天神地祇を祀り、米と粟を捧げて祈る祭祀に、その本義がうかがわれることなど、考察すらされていません。今回のレジュメに「28年のヒアリングで述べたから割愛する」と仰せであるからには、少なくともここ5年間、ご研究の深まりはまったくないということになります。

百地氏は、ご専門の憲法論でも、混乱しています。

「憲法第2条は、皇位は世襲のものであると定めており、これを受けて皇室典範第1条は、『皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する』と定めた。つまり、憲法による世襲とは男系を意味するというのが立法者意思である。そして、歴代政府も一貫して、皇位の世襲とは男系、少なくとも男系重視を意味すると解釈してきた」と述べながら、「確かに政府見解は男系を絶対条件とするものではない」と正反対の話を続けています。

これでは「戦後70年以上積み重ねられた政府の公式見解はきわめて重いものがある。それゆえ、このような立法者意思や確立した政府見解を無視して、安易に女系を容認するのは憲法違反の疑いがあり、許されない」と勇ましく振りかぶったところで、説得力は半減します。

憲法は「皇位は世襲のもの」と記しているだけです。だからこそ、前回取り上げた、同じ憲法学者の宍戸常寿・東大大学院教授は「憲法第2条の定める世襲は女性を排除するものではない」と断言しているのです。

百地氏が「立法者意思」としての「男系主義」を訴えたいなら、憲法制定過程に立ち返って説明すべきです。すなわち、小嶋和司・東北大教授(憲法学、故人)がそうしているように、「世襲」はdynasticの和訳であり、「王朝の支配」を意味していると説明すべきです。なぜそうなさらないのですか。


◇歴史論争を呼び覚ます可能性

最後に、何点か、簡単に批判を加えます。

ひとつは、百地氏が「女系天皇」という表現を使用していることです。

平成14年の皇室典範有識者会議の報告書は「結び」で、「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」と書いていますが、「女系天皇」など歴史にはなく、皇室用語としてあり得ません。皇室の歴史と伝統に謙虚に向き合おうとする男系派なら、安易に用いるべきではないでしょう。

ふたつ目は、「女系天皇は万世一系の皇統を否定するものであって、認められない」として、イギリス王室の王朝交替を例示していますが、そもそもヨーロッパ王室の王位継承は参考になりません。

小嶋和司教授が指摘するように、イギリスでは王族同士の婚姻=父母の同等婚および女王即位後の王朝交替が大原則ですが、日本の皇室は父系の皇族性が厳格に求められてきました。ましてや、イギリスの王位継承はいま原則が崩れつつあります。

3つ目は、「女性天皇の問題点」に言及して、「女性天皇は御在位中伴侶を持たれることはなかった。これは女系の子の誕生を防ぐためであった」と説明していますが、根拠は何でしょうか。

女性天皇は近代以前の歴史に存在します。存在しないのは、夫があり、妊娠中・子育て中の女性天皇です。なぜそうなのかです。近代以後、女性天皇が否定されたのは終身在位制との兼ね合いがあるからでしょう。終身在位のもとでの女性天皇即位はたちどころに女系継承に転換します。百地氏はなぜそのことを指摘しないのでしょうか。

最後に、4点目。百地氏は「旧皇族の男系男子孫を皇族として迎え、男系による皇位の安定的継承を」と訴えています。敗戦後の旧宮家の皇籍離脱は「きわめて例外的なもの」との認識は私も同じですが、百地氏が触れていない厄介な歴史問題があることを見落としていませんか。

すなわち、旧宮家を皇籍離脱に追い込んだアメリカとの歴史論争を呼び覚ます可能性です。いわゆる国家神道論、靖国問題など戦後問題が一気に噴き出すことも考えられますが、ご覚悟はできているのでしょうか。「首相の靖国参拝は私人による私的行為」などという政教分離論程度で、お茶を濁すわけにはいかなくなるはずです。

ついでに、もうひとつ加えるなら、男系維持のために、ほかに方策はないのでしょうか。もっと知恵を絞ることはできないのでしょうか。


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ヨウイチ

続いたこと、続けてきたことが伝統であり、その価値、重みに意味を見出せない方には、それが理由だと説明しても、理由になっていないという反応しか返って来ないということだと思いました。残念なことですが、そういう方もおられるでしょう。近年の日本は平和ですから。ありがたいことですね。
男系継承は万世一系の正統性を示す唯一無二の根拠です。一般の日本人が日々の生活するには、何も関係ありません。でも、長い歴史の中では色々な国難があり、その都度人々の心の支えになっていたからこそ、これほど長く日本という国は続いてきたのだろうと思います。実際、歴史を見れば多くの国が栄え、そして消えてしまっています。国が滅ぶということが無かったことだけでも、日本が幸運に恵まれていたことなのではありましょうが、その折々の人々の心の支えに、天皇陛下のご存在が全く関係なかったと誰が断言できるのでしょうか。
ブロガーの方の言わんとすることは、そういうことだと思います。
by ヨウイチ (2021-06-20 16:27) 

さいちゃん

ヨウイチさま
単に続けてきたこと=伝統ではないと思います
by さいちゃん (2021-06-20 19:02) 

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