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「神社界」の閉鎖性が招いた神社本庁「敗訴」の醜態 [神社本庁]

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「神社界」の閉鎖性が招いた神社本庁「敗訴」の醜態
(令和3年9月20日、敬老の日)
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東京高裁は9月16日、神社本庁職舎転売・職員地位確認訴訟について、神社本庁の控訴を棄却した。

今年3月の一審判決では原告職員の地位確認が認められたが、被告の神社本庁は、原告の職員が組織を破壊する意図から、組織の秩序を乱したのであり、懲戒解雇の処分はやむを得なかったなどと主張し、控訴審が始まった。しかし高裁は、主張をすべて退けた。


◇神社は神職集団の占有物ではない

ことの発端は職舎の転売問題だが、(1)売買価格が相当低額で、買主に有利である、(2)価格決定と承認の過程に不審がある、(3)買主は以前から本庁などと有利な取引を行い、利益を上げてきた、(4)本庁総長が原告の職員に売却を示唆したと原告の職員が考え、総長らの背任行為があったと原告が信じたことについて、高裁判決は、相当な理由があると認めている。

神社本庁にとっては一審に続く、無様な全面的敗訴である。日本の民族的信仰を守るべき集団としては、何とも見苦しい限りである。

もっとも嘆かわしいのは、事件および訴訟の過程において、神道信仰の主体である氏子や崇敬者が蚊帳の外に置かれていることである。古来、各地に鎮まるお宮は地域のものであるはずなのに、閉鎖的な神職集団の占有物ででもあるかのように取り扱われていると映ることである。

終戦の翌年に設立された神社本庁それ自体、もともとは内向きな神職組織ではなかった。皇典講究所、大日本神祇会、神宮奉斎会の民間三団体が糾合して創立されたことは何よりの証明である。初代事務総長は内務官僚だった宮川宗徳で、宮川は翌年創刊の神社新報初代社長ともなった。神社新報の編集主幹兼社長代行者となった葦津珍彦もまた「背広の神道人」であった。


◇自己改革しなければ先人を裏切る

ところが、年月が過ぎ、神社本庁は同業者組合と揶揄されるまでになっている。まさにそのことがさまざまな混乱の原因ではないだろうか。今回の職舎転売にしても、密室で、身内の論理で、物事を決めてしまう排他的姿勢が、結果として世間に醜態を晒す結果を招いたのであろう。

以前ならチェック機能を果たしたであろう神社新報も同様に、「本庁べったり」の姿勢に甘んじている。宮川宗徳は「言論機関は独立の立場に置くべし」と考え、本庁広報課から株式会社組織に移管させたと聞くが、その英断は顧みられなくなっているのではないか。

今回の判決を前にして、神社新報は、裁判をめぐって神社界の内部対立が先鋭化することを憂え、「斯界の大同団結」を訴える論説を載せている。もっともなことではあるが、「神社界」「斯界」と連呼する姿勢が問題を解決するどころか、深刻化させ、遠のかせるとは思い至らないのだろうか。ギルド社会の殻を破り、自己改革しなければ、75年前に神社本庁設立に奔走した先人たちを裏切ることになるだろう。


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