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宮中新嘗祭の「粟の御飯」を再現する [宮中祭祀]

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宮中新嘗祭の「粟の御飯」を再現する
(令和4年11月3日、文化の日)
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今日は文化の日であるが、そのことについてではなく、あと3週間で祭日当日となる宮中新嘗祭の「粟の御飯(おんいい)」について書こうと思う。

じつはこのところ「粟の御飯」を再現する実験を繰り返し試みている。

天皇は神嘉殿で神前に米と粟を捧げて祈られる。そのとき竹折箸を用いられ、みずからも食される。神事に用いられる米と粟の御飯は「御飯筥」と呼ばれる葛筥にいっしょに納められている。『大嘗祭史料 鈴鹿家文書』の図録にはその様子が示されている。

しかし、天皇の祭りは「秘儀」であり、詳細は一般には知られない。だから、政府の公式解説でも「大嘗祭は稲の祭り」となってしまう。神道学者なども「稲の祭り」で固まっている。神道学の論文目録で「粟の新嘗」をテーマとする学術論文は1本しか私は知らない。お粗末だと思う。

米の御飯の場合、古代の調理法に従い、甑(こしき)で蒸して作られる。古代人はモチ米を蒸して食べていたそうだから、米の御飯は古くはモチ米だったのではなかろうか。

それなら粟の御飯はどうだろうか。竹折箸でつまめるようなものとなるのだろうか。

いまはどうか知らないが、かつてはモチ粟100%の「粟の御飯」が調理されていたのではないかと想定したが、最初からモチ粟100%で挑戦する自信がないので、まずはモチ米と混ぜて、炊飯器のおこわモードで炊いてみることにした。はじめはモチ粟とモチ米の比率を1対1とし、徐々にモチ粟の比率を高めていった。

5対1まで高めると、おにぎりにしたときポロポロと崩れる一歩手前であることが実感された。とすると、たとえモチ粟100%でも竹折箸でつまみ、供饌するのは困難ではないのか。宮中新嘗祭の「粟の御飯」には大きな謎があるのではないかと強く思われた。

そこで大嘗祭の神事にも関わった宮内庁OBに話を聞いてみた。すると、思ってもみない新事実が判明することとなった。そして、宮中新嘗祭の本義、ひいては天皇の存在意義とも関わると思われる新たな知見を得ることとなった。(つづく)

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