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民のために祈られた歴代天皇の「大御心」 by 阪本是丸 ──氷川神社御親祭150年記念講演の資料から 2 [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2018年7月10日)からの転載です

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民のために祈られた歴代天皇の「大御心」 by 阪本是丸
──氷川神社御親祭150年記念講演の資料から 2
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▽1 今上陛下「国民の安寧と幸せを祈る」

 今上陛下は、「祈り」について次のように語られている。以下は平成28年8月 8日の「おことば」よリー部抜粋したものである。

「私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、 人々とともに過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては時として人の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。
 天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。
 こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。
 皇太子時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、 その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。」


▽2 皇太子殿下「国民を思い、国民のために祈る」

 次に、皇太子殿下が平成29年2月21日の「お誕生日に際し」て記者会見で語られたお言葉から一部抜粋する。

「象徴天皇については、陛下が繰り返し述べられていますように、また私自身もこれまで何度かお話ししたように、過去の天皇が歩んでこられた道と、そしてまた、天皇は日本国、そして日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に思いを致して、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。
 陛下は、おことばのなかで、「天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」と述べられました。
 私も、阪神淡路大震災や東日本大震災が発生した折には、雅子と共に数度にわたり被災地を訪れ、被災された方々から直接、大切な人を失った悲しみや生活面での御苦労などについて伺いました。
 とても心の痛むことでしたが、少しでも被災された方々の痛みに思いを寄せることができたのであればと願っています。
 また、ふだんの公務などでも国民の皆さんとお話をする機会が折々にありますが、そうした機会を通じ、直接国民と接することの大切さを実感しております。
 このような考えは、都を離れることがかなわなかった過去の天皇も同様に強くお持ちでいらっしゃったようです。
 昨年(平成28年)の8月、私は、愛知県西尾市の岩瀬文庫を訪れた折に、戦国時代の16世紀中頃のことですが、洪水など天候不順による飢饉や疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇が、苦しむ人々のために、諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰般若心経のうちの一巻を拝見する機会に恵まれました。……
 私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下が、まさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむということを続けていきたいと思います。
 私がこの後奈良天皇の宸翰を拝見したのは、8月 8日に天皇陛下のおことばを伺う前日でした。時代は異なりますが、図らずも、2日続けて、天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます。」

 上記引用文からも理解されるように、天皇陛下・皇太子殿下ともども、天皇の第一の務めは、「国民の安寧と幸せを祈る」ことにあることを強調されている。そして、そのお気持ち──国民の安寧と幸せを祈ること──は歴代天皇もみな同じであったと認識されているのである。


▽3 祈りは祭祀として執行される

 このお気持ちが歴代を通じての「大御心」であることは言うまでもない。ただ、ここで考うべきは、その祈りの発露・具現化する形態如何、ではないのか。

「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務め」は、単に被災地や地方への実情視察を通してのことだけを意味しているのではなく、その祈りはまず第一に皇祖皇宗をはじめとする天神地祇の神々に対する祈願・報謝の祭祀として執行されている、と解すべきではないだろうか。

 かく言えば、それは神道人・神社人だからそう手前勝手に解釈しているだけのこと、との批判 (非難)も当然あろう。だが、それが的外れであることは現実的にも歴史的にも明らかである。

 齢八十を超えられた天皇が今なお明治四十一年に制定された皇室祭祀令に則った祭祀・祭儀において親祭あるいは出御・拝礼されていることは周知の通りであろう。この祭祀の執行こそが天皇の祈りの具現化の主柱であり(「祭」)、その祈りの社会的具現化が広義の「政」(しろしめす。しらす。きこしめす) なのである。

 今どき、「祭政一致」などといえば時代錯誤との謗りもあろうが、「国政」のみが「政事 (まつりごと)」ではなく、まさしく「時として人の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なこと」という「おことば」こそが「しらすこと」であり、「きこしめすこと」なのである。これを「祭政一致」と称したからといって、何ら不都合はない。


▽4 國の力の衰微を思ふ故なり

 皇太子殿下も引いておられる後奈良天皇にしても、単に「都をはなれることがかなわなかった」から飢饉等で苦しむ人民のために般若心経を書写されて諸国の一宮などの神社・寺院に奉納されたわけではない。

 そもそも大永六年(1526)の践詐以来、即位式、大嘗祭の執行もままならぬ政治・社会情勢である時代を憂えられてのことからであった。そのことは、天文十四年八月の後奈良天皇宸筆宣命案を一読すれば了解されることであ る。

 宣命案の冒頭部分に「掛けまくも畏き伊勢太神宮に、恐み恐みも申さく」とあり、そ の内容は「天皇は大永六年践詐の後、十年を経て、天文五年に即位の式は挙げさせ給うたが、その後更に十年を経て、同十四年に至るも、未だ大嘗會を行はせ給ふこと能はざるを遺憾とし給ひ、これを大神宮に謝せられた宣命案である。

 御文中に敢て怠れるに非ず、國の力の衰微を思ふ故なりと仰せられて、民の疲弊を珍念あらせられ、また下剋上の心盛にして、暴悪の凶族所を得、國の守護たる武士の恣に御料所を押領し、為に諸社の神事も退転し、諸王諸臣も衰微せるを慨かせられ、偏に神明の加護に依つて、祈願成就、宝祚長久、併せて大嘗會の遂行を祈らせ給うたのである。」というものである (帝国学士院編『宸翰英華』第一冊、昭和十九年)。

 なお、宣命案の末尾には、「上下和睦し、民戸豊饒に、弥宝祚長久に、所願速に成就することを得しめて神冥納受を垂給へと恐み恐みも申」とある。


▽5 天皇の祈りを具現化する制度

 周知のように、二代前の後上御門天皇の大嘗祭執行以後、先代の後柏原天皇及びこの御奈良天皇と大嘗祭執行が叶わぬ政治的社会的情勢が到来し、大嘗祭の再興ははるか後世の貞享の東山天皇の時代を俟たなければならなかった。後奈良天皇から数えても正親町、後陽成、後水尾、明正、後光明、後西、霊元の各天皇は、大嘗祭は執行するを得なかったのである。

 しかし、この後奈良天皇の宣命案に示される「祈り」の具現化としての祭儀再興への歴代のお気持ちは変ることなく継承され、結果的には現代の皇室祭祀へと繋がるのである。

 歴代天皇の祈りとその具現化への長い道程を、今こそ今上陛下及び皇太子殿下の「おことば」などから我々は思い、考えるべきだろう。

 ここで、やや早急に結論的なことを述べておく。

 それは、幕末維新期から明治・大正期に至る近代日本の国家的祭祀制度は、前記後奈良天皇に象徴される歴代天皇の国家・国民の安寧を祈られるお気持ちと行動を徐々に、しかし着実に君民が継承し、構築されていったものであり、ひとり古来の神宮や特定の皇室ゆかりの神社だけでなく、全国に鎮座するあらゆる神社をも対象とする天皇の祈りの具現化としての神社祭祀の制度化によって「天皇の祈りと天皇への祈りの場」が実現されたのでては、ということである。

 そして、その制度を形成した基盤・背景には、さまざまな思想・イデオロギーが鬩ぎ合ひながらあるべき制度実現に向けてのさまざま運動(闘争も含む)があった(幕末維新期の国学者にしても多様な「祭政一致」観があった)。(つづく)


[講演者プロフィール]
阪本是丸(さかもと・これまる) 昭和25年生まれ。國學院大學神道文化学部教授。専門は近代神道史、国学。著書に『明治維新と国学者』『国家神道形成過程の研究』など

 以上は、平成29年9月22日に埼玉県神社庁で開かれた明治天皇御親祭150年記念研修会の発表用レジュメです。ご本人の了解を得て転載しました。読者の便宜に配慮し、小見出しを付けるなど、多少、編集してあります。

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