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「退位の礼」はどうしても必要なのか? ──退位と即位の儀礼を別々に行う国はあるだろうか [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2019年3月10日)からの転載です

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「退位の礼」はどうしても必要なのか?
──退位と即位の儀礼を別々に行う国はあるだろうか
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 先週8日、宮内庁の大礼委員会が開かれ、今上陛下の譲位(退位)に関する諸儀礼の式次第が決まった。もっとも重要なはずの賢所大前の儀はずっと後回しにされてきたが、ようやく4月30日午前10時から斎行されることに定まった。

 ということで、あらためて退位の礼について考えてみたい。


▽1 歴史に存在しない「退位の礼」

 大礼委員会の決定によれば、譲位関連の儀式は、3月12日の「賢所に退位およびその期日奉告の儀」に始まり、4月30日の「退位礼当日賢所大前の儀」「退位礼当日皇霊殿神殿に奉告の儀」「退位礼正殿の儀」まで、11の儀式が行われる。

「正殿の儀」のみが「国の行事」、すなわち天皇の国事行為として行われ、ほかは皇室行事となる。いずれにしても、過去の歴史にない新例である。

 4月30日当日の流れを大まかに見てみると、次のようになる。

午前10時 黄櫨染御袍を召された天皇陛下が出御される。掌典長が前行し、侍従が御剣を捧持する。
陛下が賢所内陣で御拝礼、御告文を奏上される。このとき内掌典が御鈴を奉仕する。皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下の拝礼が続く。
この間、皇族方ほか参列諸員は幄舎での参列となる。これが賢所大前の儀である。
ひき続いて、皇霊殿に奉告の儀、神殿に奉告の儀が執り行われる。いずれも御親祭となる。
午後5時 天皇陛下が皇后陛下を伴われて、宮殿松の間にお出ましになる。侍従が剣璽等を捧持し、皇太子殿下ほか成年皇族方が供奉する。総理大臣による国民代表の辞のあと、陛下のお言葉があるのが退位礼正殿の儀である。

 三殿での儀礼は御親祭であることをのぞいて、おおむね翌日に予定される践祚の式(登極令附式)に準じて式次第が定められていることが分かるが、以前から指摘しているように、そもそも「退位の礼」など歴史に存在しない。

 政府は、憲法の趣旨に沿い、かつ皇室の伝統を尊重することを基本方針としながら、「御退位の事実を広く国民に明らかにする」などの趣旨で、退位の式典を創作した。政府の決定に先立って行われた有識者ヒアリングには歴史の専門家も加わっていたが、皇室の伝統の喪失を指摘する歴史家はいなかったらしい。

 その結果、貞観儀式の「譲国儀」などには一体の儀礼として定められている譲位(退位)と践祚(即位)が分離することとなり、30年前、践祚と即位の歴史的区別が失われたことに加えて、皇位継承儀礼は皇室の伝統からかけ離れ、混迷の度をますます深めることとなったのである。

 問題点はいくつか指摘できるが、前にも書いたように、退位礼当日賢所大前の儀は陛下の御親祭とされるのに対して、翌日の践祚に伴う新帝の賢所の儀は御代拝とされるのは、著しくバランスを欠く。

 先帝崩御に基づく諒闇践祚なら服喪による縛りがあるが、受禅践祚なら御親祭であるべきだろう。新帝が賢所の儀は御代拝とし、剣璽等承継の儀(剣璽渡御の儀)にはお出ましになるというのでは、話にならないのではないか。

 5月1日の賢所の儀は、いまだ斎行の時刻が決まっていない。剣璽等承継の儀は午前10時半に始まることが1月の式典委員会で決定しているが、賢所の儀および皇霊殿神殿に奉告の儀はこれに先立って、御親祭で行われるべきではないかと思う。


▽2 皇室の伝統尊重が基本方針なら

 国家の最重要事にこのような混乱が生まれた理由は、といえば、いまさらこんな話をしても始まらないのだが、今上陛下の思召しに始まって、「退位」の認否とその方法論について、法的議論が集中してしまったことに原因があるのではないか。

 とりわけ政府は、「天皇は国政に関する権能を有しない」と定める憲法との整合性に腐心し、お言葉をスタートラインとする皇室典範特例法の立法ではなくて、国民の代表たる国会がみずから天皇の「退位」を実現するという論理の逆転を図った。

 同時に、天皇が皇太子に「譲位」するのではなくて、あくまで特例法に基づく「退位」であるとの姿勢にこだわってきた。国会は皇位継承の特例法ではなく、「退位」等に関する特例法について審議し、内閣は「天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位」の検討を進めてきた。

 たとえば、菅官房長官は一昨年6月1日の衆院議院運営委で、「陛下のお言葉を今回の立法の端緒として位置づけた場合には、天皇の政治的機能の行使を禁止する憲法第4条第1項に違反するおそれがある」と述べている。こうして退位と即位は最初から分離していたのである。

 とすれば、皇位の御印である剣璽は、剣璽等承継の儀で、今上から新帝に継承されるのではなく、前日の退位の礼で今上が「手放す」こととなり、翌日の剣璽等承継の儀で新帝が「承継」することとなるのである。もはや剣璽は皇室に伝わる御物ではないかのようである。

 これは日本国憲法を「最高法規」とする理屈の世界である。法匪たちの憲法論への傾斜が皇室の伝統を侵し、前代未聞の混乱を生んだのである。

 しかし、「退位の礼」はどうしても必要なのだろうか。

 今回の御代替わりは、皇室典範特例法という法律によって実現されるが、法は法、儀礼は儀礼である。憲法も皇室典範も皇位の連続性を認めている。退位と即位の分離はかえって違憲・違法の疑いを生まないだろうか。皇位の連続性を示すには連続した儀礼こそが望ましい。

 宮内庁は譲位(退位)と践祚(即位)の分離を正当化するために、古典解釈をねじ曲げ、過去に退位の儀礼が行われていたかのような犯罪的な歴史の捏造にまで手を染めているが、連続した譲位=践祚の儀式が行われたとしても、皇位継承は天皇の政治的権能によるのではなくて、法律が根拠なのだから、憲法に抵触することにはならないはずだ。

 皇室の伝統を尊重するのが政府の基本方針なら、譲位と践祚の分離はあってはならない。世界に目を向ければ、君主制の国は少なくないし、近年は高齢の君主が退位するというニュースも聞かれるが、退位と即位の儀礼を別々に行う国があるだろうか。


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