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台湾先住民の「粟の祭祀」調査。男系派こそ学びたい戦前の日本人の探究心 [皇位継承]


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台湾先住民の「粟の祭祀」調査。男系派こそ学びたい戦前の日本人の探究心
(令和3年3月23日、火曜日)
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▽1 オウンゴールをもたらす知的探究の不足

前回、皇位が男系で継承される理由は、天皇が祭り主であること、天皇の祭りが天神地祇を祀る多神教儀礼であることにあるなどと指摘したが、天皇が多神を祀り、祈ることは当然、米のみならず、米と粟を捧げて祈るという、皇室第一の重儀たる新嘗祭の中心儀礼の祭式と密接不可分の関係にある。「米と粟」を考えることなくして、皇統の男系主義の理由を探ることはできない。
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新嘗祭、大嘗祭がもし皇祖天照大神のみを祀り、皇室の弥栄を祈る一神教的な神事であるなら、天孫降臨神話に基づいて、大神を祀る賢所に稲の初穂を捧げて祈れば、それで十分のはずである。しかし実際は、祭神も祭場も祭式も多神教的に厳修され、それこそが天皇のお務めとされてきた。古代律令に「およそ天皇、即位したまはむときはすべて天神地祇祭れ」(神祇令)と明記されたとおりだ。

つまり、祭りの根拠を神勅にあるとする一神教的かつ演繹的な考えでは天皇の祭祀の実態を説明することはできない。したがって、一神教的見方を変えなければ、祭り主天皇の本質は理解できず、男系主義の意味も捉えられない。

ところが、まことに残念なことに、「米と粟」の客観的事実すらいっこうに理解が進まず、女系派はいうに及ばず、男系派も「稲の祭り」に固執している。大嘗祭が「米と粟の祭り」であることをいち早く指摘してきた研究者でさえ、「飢饉対策」と説明するばかりで、本義を深く理解しようとしない。これでは天皇の祭祀の実態から皇位継承の原理を探究する学問的アプローチなど夢のまた夢である。

とりわけ男系派を自認する知識人は自らの不明を自覚し、恥じることなくして、目の前の皇位継承問題を解決することは不可能だということを肝に命ずるべきだ。天皇の祭祀について謙虚に学び直すことなくして皇位の男系継承を守ることは不可能である。

その点、意外すぎるほど、戦前の日本人の方がはるかに学究的だった。以下にご紹介する、台湾先住民の「粟の祭祀」に関する調査報告書がそのことを端的に物語っている。

男系派の知識人には、戦前の日本人にもまさる知的意欲がいまこそ求められているのではないか。旺盛な学問的探究心を失えば、オウンゴールをもたらすだけである。もうこれ以上、敵失の山を築くのはやめるべきだ。


▽2 天皇はなぜ粟を供されるのかを探れ

天皇の祭りは秘儀とされてきた。卜部兼豊「宮主秘事口伝」には「大嘗祭者、第一之大事也、秘事也」(元治元年=1415年)と書かれている。このため平安前期の「貞観儀式」も大嘗宮でもっとも重要な神饌御親供について、「亥の一の刻、御饌を供す。四の刻、これを撤す」と記述するばかりで、詳細は略されている。

けれども一方、祭祀に直接関わる人たちが書き残した資料には、「米と粟」が明記されている。たとえば、京都・鈴鹿家に伝わる「大嘗祭神饌仮名記」(宮地治邦「大嘗祭に於ける神饌に就いて」)は、「御はん、稲、粟を三はしづつ、枚手に盛らせたまひて」と生々しく記録している。祭祀関係者は天皇の祭祀が「稲の祭り」ではなくて、「米と粟の祭り」であることを知っている。

ところが、近現代の文献には「粟」が見出せない。もともとが秘事であり、一般人の知らぬ間に、「米と粟の祭り」は「稲の祭り」に書き換えられている。平成の御代替わりに内閣官房、宮内庁がそれぞれまとめ上げた公式記録は、大嘗祭を「稲作社会の収穫儀礼」と説明しているのみである。

むろん祭祀から「粟」が消えたわけではない。昭和天皇の祭祀に携わった宮内省掌典の八束清貫は、「(新嘗祭の神饌で)なかんずく主要なのは、当年の新米・新粟をもって炊いだ、米の御飯(おんいい)および御粥(おんかゆ)、粟の御飯および御粥…」(八束「皇室祭祀百年史」=『明治維新神道百年史第1巻』1984年所収)と解説している。

また、昭和、平成期に天皇の祭祀に関わった掌典職の職員らによると、ほとんど知られていないことだが、宮中三殿での祭祀は米が神饌に供される一方、神嘉殿の新嘗祭および大嘗祭の大嘗宮の儀では米と粟が捧げられるという。

実態として昔も今も皇室第一の重儀は「米と粟の祭り」であるのに、なぜ「粟」の存在は無視されるのか。そもそも粟とは何か、なぜ天皇は粟を捧げて祈られるのか、皇位継承の核心に関わることであるならば、男系派は是が非でも科学的に探究すべきである。


▽3 台湾総督府の学術報告書に載るパイワン族の「粟祭」

国会図書館のデジタルコレクションに、台湾総督府蕃族調査会が調査し、まとめた『番族慣習調査報告書』『蕃族調査報告書』と題するレポートが何冊か収められている。そのなかの『番族慣習調査報告書 第五巻第三冊』(大正11年)には、台湾原住民のひとつ、「ぱいわぬ族」(パイワン族)の宗教・祭祀について記述されている。

同書によると、パイワン族は宗教面において、ほかの種族と比較して、きわめて進歩しているのだという。霊の存在を信じ、霊に対して飲食を供して祀り、祈願する慣習を持っている。

祭祀の種類はとくに多く、祖先祭祀のほか、雨乞いなど天候に関するもの、土地の異変や集落の凶事を鎮める祭祀などがある。

農業に関する祭祀として、まずあげられるのは粟に関する祭祀で、播種前祭、播種後祭、収穫前祭、収穫後祭の4種があり、収穫後祭は、もっとも重視される祖先祭祀の「五年祭」に次ぐ大祭として位置づけられている。日本人には「粟祭」として知られ、五年祭と同様、共同で行われる。

祭祀において霊に捧げられるのは、祖先が常日頃、食していたもので、常儀では豚の脂肪や骨が用いられる。盛儀では、このほか粟の穂、粟酒、粟餅、さらに豚の生贄が捧げられる。

粟や稗、芋に関する祭祀が行われるのは、これらがパイワンの主食物だからである。彼らが信ずるところでは、粟などをつかさどる神霊がいて、上天にあって下界を照らし見て、作物の稔りを保護している。そのため豊穣を願い、災厄のないよう祈りが捧げられる。

粟に関する祭祀は、農作物に関する祭祀のなかでとくに重視され、どこでもかならず行われる。収穫後祭は収穫ののち数日にわたって行われ、粟の団子が作られ、これを石焼きにし、また粟の雑炊が作られ、新粟が粟神と祖先に捧げられる。

日本の「常陸国風土記」には民間に「粟の新嘗」があったことが記述されているが、パイワンの粟祭とのつながりはあるのか。滋賀県大津市・日吉大社の山王祭には「粟津御供」が登場し、古人が土地の神に粟飯を供したことを今に伝えているが、パイワン族との共通性はあるのだろうか。


▽4 女性天皇・女系継承容認を阻む祭祀研究の深まり

私が宮中祭祀の「米と粟」に興味を持ったのは、平成の御代替わり時に、大嘗祭について解説するため、神社本庁が編集発行したパンフレットを手にしたことだった。

大嘗祭は「稲の祭り」ではなく、「米と粟の祭り」であることが正確に説明されていたのは、さすがであった。致命的な誤植があったのは残念だが、そのおかげで「米と粟」は、私の脳裏に強烈な印象を残してくれた。

しかしなぜ米だけではなく、米と粟なのか、粟とは何か、神道人も神道学者も教えてはくれなかった。考えるヒントを与えてくれたのは、民俗学者であり、文化人類学者だった。いち早く「米と粟」に注目した神道学者は多くを語らず、近年の解説は科学的センスが感じられるものではない。

粟の新嘗に関する神道学上の文献は、私が知るかぎり1本しかない。それだけではない。平成の御代替わりの諸儀礼に掌典として参加した著名な神道学者が残した解説書は、資料編では「米と粟」を正しく記録しながら、本文では「稲作儀礼」と説明していた。なぜそうなるのか、まったく理解に苦しむ。

そのことからすると、台湾総督府が台湾先住民の粟の祭祀について調査報告していたのは、いやでも高く評価される。男系派は先人たちの知的探究心を謙虚に学ぶべきではないか。繰り返しになるが、学問的な未熟が敵失をもたらし、過去にない女系継承容認論の跳梁跋扈を招いてきた。その失敗をこれ以上、繰り返してはならない。天皇の祭祀についての知的探究こそ、女性天皇・女系継承容認の防波堤となる。


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政府が「皇位継承」有識者会議開催へ。正念場を迎えた男系派の覚悟は? [皇位継承]

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政府が「皇位継承」有識者会議開催へ。正念場を迎えた男系派の覚悟は?
(令和3年3月21日、日曜日)
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政府は先週16日、延び延びになっていた皇位継承に関する有識者会議(「天皇の退位に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議)を設置し、第一回会合を今週にも開催することを閣議決定した。〈https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202103/16_a.html

今回の御代替わりは皇室典範特例法による。明治以後、天皇の譲位は制度として否定されてきたが、平成29年6月に「退位」を認める特例法が成立した。その際、「安定的な皇位継承の確保」のため「検討」を行うことを政府に要求するなどの「附帯決議」が可決された。このときの官房長官がいまの菅総理で、法案可決の際、菅氏は「附帯決議の趣旨を尊重したい」と述べていた。
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それから4年、内閣も代わって、政府はようやく動き出したのだが、とくに男系派にとっては待ったなしの正念場を迎えることとなった。前回も申し上げたが、形勢逆転の方策を真剣に模索しなければ歴史に禍根を残すことになる。その覚悟が男系派にあるのかどうか、本気度が問われている。


▽1 官僚主導の政治的通過儀礼であることは明らか

「附帯決議」は3項目から成り立っていた。うち、皇位継承に関するのはふたつである。

ひとつは、政府が、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について検討し、結果を国会に報告すること。ふたつ目は、その後、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うことの2点である。〈https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119304024X03120170601

過去の歴史にない「女性宮家」が、国会の議事録にカギカッコなしで載っていることは、きわめて重大である。皇室用語として存在しない「女性宮家」が、政治の世界ではすでに市民権を得ている。この惨状を覆さなければならないが、そのために要するエネルギーたるや生半可ではない。

秋までに予定される解散総選挙や自民党総裁選などの政治日程と絡みながら、歴史を無視した皇室改革の議論が一気に進んでいくのかどうか、予断は許されない。

報道によると、有識者会議のメンバーとなるのは6人。それぞれ華麗なキャリアの持ち主で、いわゆる「生前退位」有識者会議のメンバーも含まれており、議論の継続性が予想されるが、逆に皇室研究の専門家はいない。したがって、政治的通過儀礼としての検討会議が官僚主導で進められるであろうことは目に見えている。

官僚たちには基本的に、126代続く天皇の歴史と伝統を重視する姿勢はない。日本国憲法が発想の原点であり、国事行為ほか御公務を行う象徴天皇=特別公務員としての地位の安定化が官僚たちの目的のすべてである。

行政や司法のトップを任命し、法律や条約を公布し、国会を召集するなどの国事行為を行うのに、男女の別はあり得ない。憲法を出発点とする2.5代象徴天皇論からは、男系継承維持の考えは生まれようはずはない。官僚主導の皇位継承論では、皇室の歴史と伝統に立つ男系固守の皇統は一顧だにされず、弊履のごとく捨てられるだろう。


▽2 祭祀の意味と意義を追究せずに形勢逆転はあり得ない

つまり、男系継承が今後も維持されるためには、なぜ皇位は男系で維持されてきたのか、現代人に十分に理解されなければならない。男系によって126代続いてきた過去の意味のみならず、現代的な価値が見出されなければならない。

古くはスメラギ、スメラミコトと拝され、祭り主とされてきた天皇とは何だったのか、探求の努力を男系派はどこまで真剣に行ってきたのかが問われているのではないか。

仏教公伝に際して、伝統主義に立つ物部らは「我が国家(みかど)の、天下に王(きみ)とましますは、恒に天地社稷(あまつやしろくにつやしろ)の百八十神(ももあまりやそかみ)を以て、春夏秋冬、祭拝(まつ)りたまふことを事(わざ)とす」と反論、反対したと記録されている。

承久の変前夜、皇室存亡の危機にあって、順徳天皇は「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(禁秘抄)と書き記し、歴代天皇は仏教に帰依してもなお、祭祀第一主義を貫いてこられた。天皇は皇室の歴史と伝統に従えば、祭り主なのである。

天皇の祭りは特定の信仰に偏した特定の宗教儀礼ではない。皇室第一の重儀たる新嘗祭は皇祖神のみならず天神地祇を祀り、ひたすら国と民のために祈りが捧げられる。一世一度の大嘗祭で、天皇は「伊勢の五十鈴の川上に坐す天照大神、また天神地祇、諸の神に明らけく曰さく」と祈られる。

天皇の祈りは一神教の祈りでもなければ、一身のための祈りでもない。天皇はあらゆる神々に対して、「国中平らかに、民安かれ」と無私なる祈りを捧げられるのである。

そうした古来、続いてきた皇室の天皇観と実践にこそ、男系主義の意味と意義は見出される。126代祭り主天皇観以外に、男系主義の核心部分は見出し得ない。

男系主義は、正確に言えば、女性天皇否定ではない。過去の歴史において否定されているのは、愛する夫がいる、あるいは妊娠中、子育て中の女性天皇である。なぜそうなのか、天皇の公正かつ無私なる祈りとはいかなるものなのか、追究せずに、女性天皇・女系継承容認に席捲された現状を逆転させることは不可能だろう。男系派は大胆不敵に挑戦しなければならない。


【関連記事】女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-03-14
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【関連記事】女系は「万世一系」を侵す──「神道思想家」葦津珍彦の女帝論(「論座」1998年12月号特集「女性天皇への道」から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1998-12-01

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女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか? [皇位継承]

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女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?
(令和3年3月14日、日曜日)
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「皇太子殿下(今上天皇)の次の世代の皇位継承資格者がおられない」という「皇統の危機」が過剰に意識され、問題解決のために宮内庁内で資料収集・研究が開始されたのは、平成8年ごろのことらしい。
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しかしその方向性は、皇室の歴史と伝統に従って、男系を維持するための方法を模索するものではなかった。側近たちは日本国憲法に基づく「象徴天皇制」維持を錦の御旗に掲げ、歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設をも要求していったのである。

官僚たちは御用学者を首尾よく味方につけ、開明的なマスコミ人に情報を小出しに流し、官界-学界-マスコミのトライアングル体制を整えて、男系維持否定=女系容認の世論を作り上げていった。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくのだから、世論こそ重要なのだった。

最初に目をつけられたのは、私も一時期、関わっていた、政財界のVIPに読者を限った会員制総合情報誌であり、当時随一の皇室記者だった。政府内で非公式研究が始まってから1年後、侍従長が編集部に「会いたい」と接触を試みてきて、やがて「『皇室典範』改定のすすめ──女帝や養子を可能にするために」という記事が出来上がった。情報リークと世論操作の第一歩である

記事は、「皇族女子は結婚すれば皇族の身分から離れるが、これを改め、天皇家の長女紀宮(注:清子内親王)が結婚して宮家を立てるのはどうか。そこに男子が誕生すれば、男系男子は保たれることになる」と締め括られていた。「男系」と「女系」を混同する致命的欠陥はあるが、「女性宮家」創設の提案をも含んでいたのはきわめて先駆的だった。侍従長らの第一の目的は達成された。

側近たちの攻勢はその後、25年間、陰に陽にずっと続いてきた。そして、多数派が着実に、確実に築かれていった。劣勢の男系派は瀬戸際にまで追い詰められている。


▽1 祭り主天皇はもはや存在しない

朝日新聞社総研本部・中野正志主任研究員の『女性天皇論─象徴天皇制とニッポンの未来』(朝日選書) が出版され、話題になったのは平成16年。冒頭の書き出しはいかにもショッキングだった。

「天皇制を廃止したければ、ただ待っていればよい。天皇制が消滅する日もそう遠くないからだ」

中野研究員は女性天皇容認が天皇制廃止論と結び付いていることを明言していた。宮内官僚が主導する女帝容認、女系継承容認はとりも直さず天皇制の終焉なのである。側近たちは皇室をお守りするどころか、謀叛による宮廷革命を画策していたのだ。しかし中野研究員の所論はそれゆえに左派の支持を確実に獲得し、女帝容認論は天皇制反対の衣を纏い、多数派を形成していったのだろう。

4年後の平成20年春、原武史・明治学院大学教授(元日経記者)が宮中祭祀廃止論「皇太子一家『新しい神話づくり』の始まり」を月刊「現代」(特集「危機の平成皇室」)に載せた。論攷には、「宮中祭祀の廃止も検討すべき時がきた」という、これまたセンセーショナルなサブタイトルがついていた。

原教授は、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)とする、天皇は祭り主であり、祭祀こそ天皇第一のお務めであるという皇室の伝統的な考え方に、真っ向から挑戦し、読者を挑発した。

危機的な状況にある皇室は、形骸化した祭祀を抜本的に見直してはどうか。ネットカフェ難民を直接救済し、格差社会の救世主になるなら、皇室への関心が広げられると主張したのだ。原教授にとっての皇室は、悠久なる歴史を紡いできた皇室ではもはやない。いや、祭祀廃止論の震源地は原教授ではないのだろう。原教授は危機を煽られ、廃止論を書かされたということではないか。

それから10年、愛子内親王殿下が18歳になられた令和元年の暮れ、こんどは文春オンラインに、河西秀哉・名古屋大学大学院准教授のインタビュー記事が載った。河西准教授は女系継承容認のみならず、長子優先主義への転換を主張していた。

河西准教授は『近代天皇制から象徴天皇制へ』などの著書で知られる売れっ子研究者だが、その皇室論には、皇室第一の務めとされてきた祭祀論が欠落している。祭祀廃止論ではなくて、そもそも祭祀は研究対象にない。歴史的な存在としての祭り主天皇は存在していないのである。

つまり、皇室をめぐる言語空間はこの25年で一変したのである。そして過去の歴史にない女系継承容認が社会の隅々に浸透したのである。


▽2 松井秀喜NY開幕戦満塁弾のような一発を

環境の激変を端的に示したのが、河西准教授インタビューの半年前、令和元年6月に発表された日本共産党・志位和夫委員長のインタビュー「天皇の制度と日本共産党の立場」(聞き手は小木曽陽司赤旗編集局長)だ。〈https://www.jcp.or.jp/web_policy/2019/06/post-807.html

志位委員長によると、共産党はすでに2004年(平成16年)の綱領改定で、以前の「君主制廃止」を削除している。憲法上、日本は国民主権の国なのであって、君主制の国ではない。廃止を訴える必要はないからだ。天皇の地位の根拠は「万世一系」ではなく、主権者・国民の総意に基づく。したがって国民の総意が変われば、天皇の地位も変わる。天皇・天皇制は国民の完全なコントロールのもとにある。

将来、日本国民が、「民主主義および人間の平等の原則」と両立しない天皇制の廃止を問うときが必ずやってくるだろうが、そのとき党は、「民主共和制の政治体制の実現」を訴える。しかし同時に、答えを出すのは、あくまでも主権者である。その間、長期にわたり、天皇制と共存するとき、「国政に関する権能を有しない」という規定の厳守が原則となる。

「皇室典範」の改正も、「日本国憲法の条項と精神に適合する改正には賛成する」。したがって憲法に照らして女性・女系天皇を認めることに賛成する。多様な性をもつ人々で構成される日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもない。「皇室典範」を改正し、女性天皇を認めることは、憲法に照らして合理性をもつ。女系天皇も同じ理由から認められるべきだ。

つまり、日本国憲法のもとで国民主権国家に変わっている以上、天皇制廃止を急ぐ必要はないが、女性天皇・女系継承は憲法上、認められるべきだというのが共産党の立場ということになる。古来、男系で継承されてきた、歴史的存在としての天皇のあり方は完全に否定されている。

しかしこの日本国憲法的象徴天皇論、皇位継承論こそ、宮内官僚らが推進する女性天皇、女系継承容認と同工異曲なのである。官僚たちが求めるのは、祭祀を行う祭り主天皇の皇位継承の安定化ではなく、憲法に基づく御公務を行う特別公務員の安定的人的確保であって、当然、男女差は問われない。

結果として、平成10年当時の世論調査では「女子が天皇になってもよい」は5割程度だったのが、いまや女性天皇、女系継承容認は8割を超えると報道されている。

ならば、である。男系派が分の悪い状況を打開し、一発逆転を図るにはどうすればいいのだろうか。

男系固守派は古いオヤジ連中が、古臭い考えに固執し、時代遅れの手法を用い、内向きの運動でお茶を濁しているとたいてい見られている。それだと、渡米した松井秀喜がNY開幕戦に放った目の覚めるような満塁弾など夢のまた夢である。新しい葡萄酒には新しい皮袋が求められるのに、どっちも見当たらない。清新な陣容と新鮮な主張、斬新な手法が何としても必要なのである。

具体的に指摘すべきこと、提案したいことはもっとあるが、ここに書けば手の内をさらし、敵失になりかねないので、このあたりで筆をおくことにする。


【関連記事】天皇の祭祀を完全無視する河西秀哉准教授の「愛子さま天皇」容認論〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-03-21
【関連記事】天皇制をやめるんですか──伊藤智永・毎日新聞編集委員の皇室記事を読んで〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-01-05
【関連記事】〈第1期〉「皇統の危機」を背景に非公式研究開始──4段階で進む「女性宮家」創設への道〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2017-09-23
【関連記事】もっとも先駆的な記事──「女性宮家」創設の本当の提案理由 5〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2017-05-29?1615765977
【関連記事】4段階で進む「女性宮家」創設への道──女帝容認と一体だった「女性宮家」創設論〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2012-06-09-1
【関連記事】原武史教授と宮内官僚の連係プレー──宮中祭祀廃止論の震源〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2008-06-24
【関連記事】宮中祭祀を廃止せよ?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2008-04-15
【関連記事】女系継承は天皇の制度といえるのか──皇室典範有識者会議を批判する(「正論」平成17年12月号から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2005-12-01
【関連記事】女系は「万世一系」を侵す──「神道思想家」葦津珍彦の女帝論(「論座」1998年12月号特集「女性天皇への道」から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1998-12-01

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孔子廟最高裁判決。都慰霊堂、二十六聖人記念碑、靖国神社なら?

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孔子廟最高裁判決。都慰霊堂、二十六聖人記念碑、靖国神社なら?
(令和3年3月7日、日曜日)
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先月24日、きわめて重要な最高裁の判決が下された。

沖縄・那覇市の公有地内に置かれている孔子廟(久米至聖廟)について、大法廷は、市が土地の使用料を免除してきたのは憲法の政教分離規定に違反するとの判断を示したのである。裁判官15人中14人による多数意見によるものだった。1人だけ林景一判事は合憲とした。

大法廷による違憲判決は、愛媛玉串料訴訟、空知太神社訴訟に次ぐ3例目で、儒教施設では初めてだが、注目されるのは同じ住民訴訟ながら、これまでとは異なり、原告が左派系市民ではなく、弁護人も靖国訴訟では靖国神社を支援する側に立ってきたことである。政教分離をめぐる対決の構図が逆転している。

したがって、今回の最高裁の判断が神道vsアンチ神道という政治的構図を一変させたことは明らかだが、実際、ほかの同様のケースにどう具体的な影響を与えるのか、考えてみたい。


▽1 孔子を祀る釈奠祭礼は宗教儀式

まず事実関係を、判決文に即して、簡単に振り返る。〈https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/039/090039_hanrei.pdf

問題とされた孔子廟の歴史は意外にも浅い。もともとは中国福建省周辺から渡来した久米三十六姓が17世紀に建てた至聖廟などが居住地の久米地区にあった。これが明治になり社寺に類する公有施設・公有地とされ、大正期には社団法人久米崇聖会に譲渡された。

しかし戦災で焼失し、昭和49-50年ごろになって、那覇市若狭地区に久米崇聖会が至聖廟などを再建した。その後、平成になり、同会が久米地区への移転運動を展開、紆余曲折の末、市が久米地区の国有地を公園用地として買い受けるなどしたのち、市の設置許可を得て、久米崇聖会が現在の施設を建設し、25年に完成させた。その際、公園使用料は全額免除された。

孔子廟は1335平米あり、フェンスなどで仕切られている。本殿にあたる大成殿には孔子のほか4人の門弟が祀られている。ふだんは観光客や受験生などの参拝があるが、毎年9月に孔子の霊を迎えて行われる釈奠(せきてん)祭礼には、久米三十六姓以外の参加は許されない。事業の形骸化、観光化、世俗化をおそれるためという。祭礼の挙行は定款に明記されている。

蛇足だが、祭礼の様子は崇聖会のサイトで見ることができる。知事や市長など行政トップが上香していることも分かる。〈https://kumesouseikai.or.jp/events/program/sekitenphoto2013/

最高裁判決は、施設が市の公園から仕切られ、一体的に設置されていること、外観上、社寺との類似性があること、釈奠祭礼は孔子の霊の存在を前提にこれを崇拝する宗教儀式というほかはないこと、世俗性が否定されていること、かつての至聖廟は社寺と同様に扱われ、現在の孔子廟はこの宗教性を引き継いでいること、に鑑みて、相当の宗教性が認められると判断している。

また、観光資源としての歴史的価値も否定された。計画段階から宗教性が問題視されていたし、かつての建設地とは異なる地に新設されたものであり、文化財としての取り扱われてもいないからである。

公園使用料の年間576万余円は利益供与にあたる。多くの参拝者を受け入れた釈奠祭礼の挙行は宗教活動の援助にあたる。その効果が間接的、付随的とはいえず、したがって、特定の宗教に特別の便益を提供し、援助していると評価できる。社会通念上、総合的に判断して、信教の自由の保障という制度上、相当の限度を超えている、よって政教分離規定に違反するというのが最高裁の結論である。


▽2 宗教団体なのか、宗教性があるのか

さて、批判と考察である。参考になるのは、元外交官・林景一判事(今年2月に退官)の反対意見だ。

第一のポイントは久米崇聖会が宗教団体なのか否かである。

多数意見は釈奠祭礼挙行の閉鎖性を指摘しているが、林判事は、一般社団法人久米崇聖会が血縁集団の緩やかな連合体であり、儒教信仰を共有し、継承普及させようとしているわけではない。宗教行為というより、習俗の継承であり、宗教性は希薄であると見る。

宗教団体か否かというなら、市有地に立地することが問題視された空知太神社の場合もそうではなかったか。最高裁の違憲判決は今回同様、「神社」の外形ばかりを見て、宗教団体と判断したのではなかったか。

他方、東京都慰霊堂はどうだろうか。都所有の施設で春秋年2回行われる慰霊法要は都の外郭団体の主催だが、法要は都内の仏教団体が持ち回りで執行している。長崎の市有地に戦後建てられた二十六聖人記念碑・記念館はどうだろうか。カトリックの修道会によって建てられ、税金は免除されていると聞いたが、いまもそうだろうか。

さらにいえば、靖国神社はどうなのか。あれは宗教団体なのか。外形にこだわり、靖国神社=宗教団体なら、多数意見に従えば、公的祭祀への道は閉ざされる。

つまり、第二の問題として林判事がいみじくも問いかける宗教性の判断である。

多数意見では釈奠祭礼の宗教性を認めたが、林判事はそうではない。過去の判例では、神道や仏教との関係性が社会通念に照らして判断されてきたが、孔子廟の場合、宗教性がないか、習俗化によって希薄化していると主張している。崇聖会の会員が他の宗教の信者であるケースもあるし、教義、信仰、指導者、組織性など、宗教的要素が認められないからである。

さらに林判事は、参拝者が組織化された宗教活動をしているわけでも、参拝者に宗教的布教が行われてもいない。外観のみで宗教性を肯定し、政教分離違反と見なすことは「牛刀をもって鶏を割く」の類といえる。宗教の特定、宗教組織・集団の特定が出来ないなら、助長の対象を特定できず、政教分離違反を問うことはできない、と厳しく批判している。

空知太神社の場合、お祭りは行われるが、一般の神社と同様、教義はなく、布教の概念もない。同社には常駐する神職すらいない。

他方、東京都慰霊堂の慰霊法要では、しばしば都内本山の導師が「みなさん、南無阿弥陀仏を唱えましょう」と呼びかけている。二十六聖人記念碑は世界的巡礼地とされている。記念館には殉教者の遺骨が収められている。宗教性が否定されるはずはない。

それでも違憲とされないのであれば、靖国神社の境内地と施設を公有化し、公的祭祀に道を開くことも可能だろう。逆に、あくまで靖国神社の祭祀=宗教儀式と見るなら、ダブルスタンダードの批判は免れないにしても、公的慰霊追悼は永遠に実現され得ない。靖国訴訟をも担当する弁護人は本件に関して、正しい判断と行動をしたといえるのかどうか。


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