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都倉武之先生、天皇は完全に「政治社外のもの」ですか?──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4 [有識者会議]


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都倉武之先生、天皇は完全に「政治社外のもの」ですか?──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4
(令和3年7月25日、日曜日)
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前回の続きです。今日は都倉武之・慶應義塾大学准教授です。

新進気鋭の研究者のようですが、どんな方なのか、自己紹介では「政治史を専攻」とのことですが、慶応のサイトをのぞいてみると、所属は福澤研究センターで、慶應義塾論や福沢諭吉論の授業を担当する生粋の慶應ボーイのようです。正確には近代日本政治史の研究者ということでしょうか。著書は16冊。いずれも共著、もしくは「都倉武之研究会編」で、単著はありません。

それで、やっぱりなあ、と思いました。日本の天皇は古代から126代続いているのに、その皇位継承について議論するのにあたって、明治以来の5代の歴史しか検証しない。これは研究手法として妥当なのかどうか。


▽4 都倉武之氏──5代天皇論を克服してほしい

都倉氏は、まず基本的な視点を提示します。ひとつは、天皇・皇室の存在意義です。日本国憲法から論じ始める、ほかの論者との違いが際立っています。

都倉氏によれば、天皇・皇室は政治に関わらないという立場にあり、したがって日本社会にもたらす「緩和力」こそが存在意義だと訴えています。だから、政争に巻き込まないよう十分な注意が求められるということになります。

都倉氏によると、天皇は、大日本帝国憲法における主権者から日本国憲法における象徴へ転換した。戦後はきわめて限定的・儀礼的で、実質的な権能を有しない消極的存在であることに意味があったが、平成期は法的位置付けが曖昧な公的行為の充実により、象徴としての在り方に積極性が生まれ、それを多くの国民が受け入れた。戦後の昭和天皇及び現上皇の75年にわたる蓄積により、民主主義と皇室の共存の伝統と価値が培われたと考えられています。

そのうえで都倉氏は、それなら、天皇が日本国憲法に規定され存在することにはどのような意義があるか、より明確に言えば、国民にどのようなメリットがあるのかと問いかけ、そして、慶應ボーイらしく、福沢諭吉の2つの著作、「帝室論」「尊王論」から解き起こそうとします。

むろんそれは、都倉氏自身が説明するように、これらの著作が、戦後間もなく象徴天皇の在り方を模索する過程で、昭和天皇はじめ皇族方が参考にしたことが知られていると強く認識するからです。ご承知のように、そして都倉氏が解説するように、「帝室論」「尊王論」は、「帝室は政治社外のものなり」として、皇室を現実政治から最大限遠ざけることの重要性を繰り返し強調しています。


◇皇室はなぜ尊敬されるのか

さらに、これらに関連して、都倉氏は、皇室はなぜ尊敬されるのか、と問い、福沢諭吉が天皇の権威が絶対性を帯びることの危険性を指摘し、天皇の権威の由来を超自然的、超人間的に説明する神権主義的にではなく、世俗的・常識的に解釈しようとしたなどと解説しています。

また、古代より父方だけの血統をつなぐというルールで継承されたことが、天皇の家族が別格扱いされる希有な珍しさであり、歴史上も各時代の日本の同時代の一般的な家の継承の在り方と必ずしも軌を一にしてきたとは言えず、その特殊性こそが別格扱いの根拠となっているのではないか、と都倉氏は考えています。

この希有な珍しさが、他の拮抗する権威の出現を抑え、中立性や唯一性を担保したと見るならば、そのような歴史の蓄積が、近代における主権者としての天皇という例外的な一時期を除いて、再び回帰すべき象徴天皇という在り方を用意したということができるのではないかというのです。

こうした前提のうえで、政府の設問に答え、都倉氏は、まず第一に、男系での継承を継続する模索がなされてよいが、一方で、世襲のみを要件とする日本国憲法は、女性天皇及び女系天皇を容認し得ると考えられるからとして、女性天皇については容認します。

しかし、安定性及び現在の皇族本人の予見可能性の観点からも、現状では男系男子優先が妥当である。男系継承模索の方途が尽き、他に選択肢がないときの最後の選択肢としてならば、女系天皇は容認されてよいと考えるが、いずれにしても、正統性に疑義を生じさせないよう、泥縄式の制度変更は避けることが望ましいと訴えることを忘れていません。

そして、政府の設問に対しては、とくに旧宮家の皇籍復帰については、皇室は、家の形式的な存続ではなく父方の血統の連続を重視してきたことや、女性は婚姻により皇族となるが男性は供給され得ない現行制度の在り方に着目するならば、抑制的な運用の下で、血統の連続を維持するための民間からの養子(血縁の近い皇統に属する男系男子)を可能にすることも非現実的ではないと述べています。

ただし、その場合、必要最小限度にとどめられるべきで、宮家の増設などは望ましくない。皇位継承資格は次代以降に認めることが自然だと釘を刺しています。

最後に、その他の方策として、間接的な方法として、宮内庁職員のほかに、参与、アドバイザーなどの形で、日頃より相談役となる民間人を置くべきだと提言しています。


◇天皇は古来、「国民統合の象徴」だった

さて、批判です。おおむね都倉氏の意見は福沢諭吉の天皇論が基礎になっています。福沢の天皇論は一般には評価が定まっているところかもしれませんが、近代の啓蒙主義の枠組みを超えていないように私には思われます。

明治になり、近代化が急がれたとき、学校教育もまた欧化主義に席巻され、「修身」の教科書までが翻訳本となりました。国会図書館にはほかならぬ福沢が翻訳した修身の教科書が収蔵されています。行き過ぎた欧化主義に、明治天皇が疑問を投げかけられ、制定作業が始まったのが教育勅語でした。

都倉氏はヒアリングの冒頭で、福沢の天皇観を基礎に置き、天皇統治の非政治性を強調しています。明治憲法下の主権者から、戦後は象徴へ転換したとも述べています。しかし、違うのではありませんか。

そもそも天皇は、皇室の天皇観によれば、皇祖神のコトヨサシに基づき、この国をシラスこととされたのであり、古代律令の時代すでに現実の政治は二官八省に委ねられ、間接統治が行われました。明治憲法が定める「統治」は同様にシラスの意味であり、統治大権は天皇に由来するものとしつつ、実際の統治権は三権に委ねられたのではないでしょうか。

つまり、そもそも天皇は、古来、スメラミコトと仰がれた時代から、「国民統合の象徴」だったのです。そのことは「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦が指摘しているところです。都倉氏が説明しているように、明治の時代は権力者だった天皇が、敗戦を経て、日本国憲法下において「帝室は政治社外のもの」となったのではありません。

また、都倉氏のいう天皇の権威の絶対性云々が何を意味するのか、よく分かりませんが、天皇統治の正統性が宗教的背景を有するのは明らかであり、否定することは不可能です。ただ、皇祖神が絶対神とほど遠いことは葦津珍彦が指摘しているとおりです。キリスト教世界とは違うのです。

もうひとつ、スメラミコトが古来、完全な「政治社外」の存在なのかは吟味されるべきです。まさにいま日本は、皇位継承問題で国論が割れています。そのようなときに、天皇は完全な「政治社外」たるべきなのかどうか、福沢はどのように考えていたのでしょうか。

葦津珍彦は完全「政治社外」論を退けています。葦津の表現でいえば、「議長」の立場であって、賛否同数なら、決定権は天皇にあります。「政治社外」であるべきではないのです。まして皇位継承は皇室の家法に委ねられるべきで、民草が介入すべきではありません。

都倉氏は、天皇の存在は人類普遍のものではないと断言していますが、当たり前です。天皇は日本にしか存在しません。そこには日本の文明と関わる独自の論理があり、皇位継承の男系主義もまたそこに理由があります。福沢諭吉の欧化主義では解明できないのでしょう。男系主義の歴史的意味も価値も理解できないなら、安易に女系容認に流れることは目に見えています。5代天皇論を克服すべきです。


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橋本有生先生、群○象を評すがごとしです──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 3 [有識者会議]

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橋本有生先生、群○象を評すがごとしです──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 3
(令和3年7月18日、日曜日)
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前回の続きです。今日は橋本有生・早稲田大学法学学術院准教授(家族法)です。現代家族法講座第4巻『後見・扶養』などの著書・論文があります。

橋下氏は、開口一番、「皇族の婚姻や養子縁組に関わる事項もあるので、本日は、家族法の研究者としての立場からお話をさせていただく」と述べ、設問に従い、レジュメに沿ってヒアリングを進めています。

つまり、私法研究の立場から、公人中の公人である天皇の地位について、その継承について、論じようとするわけです。天皇は「公」そのものであるという前提ならまだしも、どうもそうではありません。まさに場違いな招請というべきですが、なぜそんなことが起きるのか。


▽3 橋本有生氏──日本人の知性の劣化!?

以前、日本中世史研究者の本郷恵子氏を取り上げました。多くの論者が日本国憲法を起点として議論を展開しているのとは対照的に、歴史家らしく日本の歴史全体を俯瞰し、天皇の文化的力について論じていたのは、きわめて印象的でした。天皇は単なる政治権力者ではないという考え方です。

しかし、そんなことは普通の日本人にとっては当たり前のことです。和歌に親しむ者、書道を学ぶ者にとって、天皇は身近な存在ですが、むろん政治とは無関係です。桃の節句に女の子の成長を願い、内裏雛を飾って祝う習俗は、政治性とは無縁です。

大工さんにとっては、法隆寺を建立した聖徳太子は職業的祖神であり、木地師たちは横びき轆轤を発明した惟喬親王をわが祖神と崇めています。わが故郷では、養蚕と機織りを伝えてくれた崇峻天皇の妃が地域の神とされています。そのようなことは、このブログで何度も言及してきました。

つまり、日本人にとっての天皇とは多元的、多面的なのであり、だから国民の天皇意識は根強いのです。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦が以下のように述べているとおりです。

「この根強い国体意識は、いかにして形成されたか。それは、ただ単に、日本の政治力が生んだものでもなく、宗教道徳が生んだものでもなく、文学芸術が生んだものでもない。それらすべての中に複雑な根を持っている」(「国民統合の象徴」=「思想の科学」昭和37年4月号)


◇私法レベルの議論

ところが、今回の有識者会議では、多くの識者が、憲法学者ならなおのこと、憲法を起点とする法律論しか語ろうとしません。群◯象を評すがごとき、あるいは寄ってたかって重箱の隅をつつくような議論に終始するのは当然です。つくづく日本人の知性の劣化を疑います。

橋本氏もご多分に漏れず、日本国憲法を引用し、国事行為を説明しています。「象徴としての天皇は、それぞれの時代を反映した役割を担われている」と指摘しつつ、古来、スメラミコトと呼ばれた所以について追究しようという姿勢はありません。

「皇族の減少」についても、「嫡出性」に着目しながら、「皇族」という概念、「皇族性」という意味について、深く探究しようとしているようには見えません。

だから、「仮に男系による継承を維持していく場合は、嫡出性による制限を無くすか、または養子縁組を認めていくことが方策として考えられる」と指摘しつつ、「前者については、現行の民法が一夫一婦制を採用しており、不貞行為は裁判上の離婚原因に該当することから、側室制度への回帰は国民の理解を得難いものだと考える」と結論するにとどまっています。

天皇とは何か、天皇のおつとめとは何か、多面的に、総合的に考察できていないからです。公法のカテゴリーではなく、私法のレベルで議論しようというところに、そもそもの限界があります。

橋本氏は、学問的アプローチもさることながら、歴史的理解も誤っています。つまり、過去の8人10代の女性天皇について、です。


◇「国民感情」で皇室の家法を変える?

橋本氏は、「いずれの女性天皇も皇統に属する男系の女子であり、その子が皇位を継承しても、その父親は皇統に属する男子であるため、男系による皇位の継承は例外のない伝統であるとするのが政府見解である」と説明していますが、女性天皇からその子へと皇位が継承されることはあり得ません。

また「過去の法を見ると、女帝の子も男性天皇の子と同様の身分を取得する旨の規定が存在しており、必ずしも全ての年代において、法律が男系男子以外の継承を禁じていたわけではない」とするのは、資料の誤読でしょう。継嗣令の「女帝子亦同」は「ひめみこも帝の子、また同じ」と読み、天皇の兄弟・皇子が親王とされるように、皇女も内親王とされると解すべきだからです。

したがって、「国民感情の推移によっては、女性が皇位継承資格を持つことも十分に考えられると思う」という結論は誤りです。皇室に伝わる皇位継承の大法を、「国民感情」で変えるなど、もってのほかです。皇位継承は皇室にお任せすべきであり、民草が介入すべきではありません。

橋本氏は、さらに「内親王に皇位継承資格を認めるべきであると考えるし、国民意識の変化によっては、女系天皇の可能性も十分に論じる余地があるものと思う」とか、「日本国民は男性のみによって構成されているわけではないので、女性天皇が日本国の象徴として活動することが不合理であるとは思われない」とか述べていますが、もうこれ以上の検証は不要でしょう。

ヒアリングののち、有識者会議メンバーとの間で質疑応答があり、「大変精緻な議論、法律論」とのお褒めの言葉を頂戴した橋本氏ですが、私は失笑を禁じ得ません。まさに群◯象を評すでしょう。私なら「私法のレベルから、『国民感情』を根拠に、皇室の家法を変えることの是非」を質問します。憲法の国民主権主義で、古来の男系主義を改変させるべきなのか、それほど皇位の男系継承は誤った制度なのかどうか。


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【関連記事】皇室典範特例法を批判する by佐藤雉鳴──取り戻さなければならない皇室の歴史と伝統〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2018-06-24
【関連記事】園部内閣参与の質問を読む──皇室制度ヒアリング議事録から その1〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2012-08-19-1
【関連記事】基本を忘れた女系継承容認論──小嶋和司教授の女帝論を読む〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2011-12-31
【関連記事】血統主義と徳治主義の調和──西尾論文批判の続き〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2008-09-16
【関連記事】女系は「万世一系」を侵す──「神道思想家」葦津珍彦の女帝論(「論座」1998年12月号特集「女性天皇への道」から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1998-12-01

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「斎藤吉久のブログ」令和3年上半期閲覧数ランキング・トップ10 [有識者会議]

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「斎藤吉久のブログ」令和3年上半期閲覧数ランキング・トップ10
(令和3年7月11日)
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遅くなりましたが、「斎藤吉久のブログ」の今年上半期アクセス・ランキングのトップ10を発表します。記事の評価は読者の方々にお任せします。


1位 所功先生、「女系容認」派からの華麗な転身はなぜ?──4月21日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 2(5月17日、月曜日)

2位 生々しい天皇意識を感じない?──過激派もネトウヨも神道学者も(1月31日、日曜日)

3位 女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?(3月14日、日曜日)

4位 本郷恵子先生、これがいまの東大歴史学のレベルなのですか?──4月21日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4(5月22日、土曜日)

5位 皇位継承有識者会議の最重要テーマは「天皇とは何か」だが…(4月4日、日曜日)

6位 伝統を失った日本人と天皇の未来。126代の皇統史に価値があると思うなら(2月14日、日曜日)

7位 新田均先生、「伝統」だけで女系派を納得させられますか──有識者ヒアリングのレジュメを読む 2(4月18日、日曜日)

8位 八木秀次先生、やはり「男系継承」の本質が見えません──有識者ヒアリングのレジュメ+議事録を読む 3(4月25日、日曜日)

9位 君塚直隆先生、126代続く天皇とは何ですか?──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1(6月27日、日曜日)

10位 天下国家は何処へ?──佐野和史宮司の「神社新報」投稿を読む(5月6日、木曜日)

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曽根香奈子先生、さすがの見識と学びですね──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 2 [有識者会議]


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曽根香奈子先生、さすがの見識と学びですね──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 2
(令和3年7月4日、日曜日)
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前回の続きです。今日は曽根香奈子・日本青年会議所監事です。

曽根氏は、自己紹介によれば、愛知県半田市にある製造業の経営者の3代目です。3児の母であり、「ごく普通の民間人」です。「専門的な知識はない」と謙遜されますが、けっしてそうではありません。天皇の祭祀にいっさい言及しない大学教授らがほとんどなのに、曽根氏は天皇の歴史的なお役目を、臆することなく取り上げています。ご立派です。清涼感さえ感じます。

曽根氏は、ヒアリング後の有識者会議メンバーとの意見交換で、今回、ヒアリングに招請される前は、皇室問題にどの程度、関心を持っていたか、と質問されて、「なかった。テレビで見る程度」と正直に告白しています。短期間によくぞここまで深く学ばれたものだと心底、感心します。

言い換えるなら、国民の側に、皇室について、真摯に、謙虚に学ぶという姿勢があれば、女帝・女系継承容認が大半を占めるという現在のお寒い状況は、意外にも簡単に変わり得るということになります。曽根さんはいわばそのお手本です。

それでは、政府の設問に沿って、レジュメを作られ、話しておられますので、それに従って中身を検討していくことにします。


▽2 曽根香奈子氏──「普通の民間人」でもここまで学べる

まず問1の「天皇の役割や活動」について。

曽根氏は、天皇とは日本国と日本国民の象徴、シンボルであり、その役割と活動には、(1)祭り主、宮中祭祀の長であること、(2)お田植えなどを宮中でなさり、農業ほか伝統産業を守り伝えることの大切さを示されること、(3)国家元首として御公務をなさること、の3つがあると説明しています。

順徳天皇の「禁秘抄」に「およそ禁中の作法は神事を先にす」とあるように、天皇は「祭り主」であるというのが皇室の天皇観であり、曽根氏の指摘の第一がまさにこれです。3番目の「国家元首としての御公務」は近代化によって新たに加味されたものと一応、位置付けられます。


◇天皇と皇族の違い

注目したいのは、2の「田植え」です。

日本浪漫派の評論家・歌人として知られる保田與重郎全集の月報には、取材にやってきた新聞記者に、保田が「天皇の仕事でいちばん大切なのは何かね」と逆に質問し、考えあぐねる記者に「田植えだよ」と語り、記者が面食らったという逸話が載っていたのを思い出します。

天皇の稲作は歴史が浅く、昭和天皇が皇位継承後に始められたものでした。平成、令和と受け継がれ、平成以後は稲に加えて粟も栽培されるようになりましたが、その意味は何でしょうか。昭和天皇がお田植えを始められたとき、ある新聞はその目的を「産業振興」と伝えました。曽根氏も今回、同様のニュアンスで述べています。

一方の保田は、天皇の稲作は神話の時代と直結する、祭りであり、祈りであると考えていたようです。むろん記紀神話に描かれた斎庭の稲穂の神勅が前提でした。皇祖天照大神は天孫降臨に際して、「高天原にある斎庭の稲穂をわが子に与えなさい」と命じられたと伝えられます。天孫降臨は日本の稲作と始まりであり、皇室こそは日本の稲作産業の中心なのです。

としたときに、そのような「天皇の役割と活動」というものが、現下の皇位継承問題とどのように関わるのでしょうか。曽根氏はどのように説明しているのでしょうか。

問2の「皇族の役割や活動」について、曽根氏は、「天皇の役割と活動」と「皇族の役割と活動」は別であることを正しく指摘しています。このことはきわめて重要だと思います。

「女性宮家」創設=女系継承容認論は、天皇と皇族の役割を一緒くたにする考えが前提となっています。だから、園部逸夫内閣参与が以前の有識者会議でしきりに繰り返していたように、陛下はご多忙だから、女性皇族にも御公務を分担していただく、そのために「女性宮家」創設が求められるという論理が展開されたのです。

しかし天皇は「上御一人」であり、宮中祭祀がそうであるように、天皇にしかお出来になれないお役目を皇族方が代行することは、そもそも不可能です。まったく曽根氏の仰せの通りです。


◇問題は「皇位継承資格者」の減少

問3は「皇族数の減少」です。

曽根氏は「皇族の活動に一定の支障を来すという心配」を吐露しつつも、「根本の問題ではない」と断言しています。つまり、「安定的な皇位継承の資格を確保するための課題としては、皇位継承資格を有する者の減少が根本の問題である」からです。さすがの見識です。

そもそも「皇族」とは、皇位継承の資格を有する血族の集まりなのであり、本来の「皇族」といわゆる「みなし皇族」とを混同するから、議論は混乱していくのです。

そのうえで曽根氏は、「志ある旧宮家の方々に皇族、皇室へ復帰していただく以外に、根本問題を解決する道はない。ただし、皇族数が減少すれば、天皇および皇族の御公務の御負担が増えるのは確かであるから、何らかの対策は必要だ」と訴えています。

ほかに方法がないわけではないと私は思いますが、それはそれとして、いわゆる御公務の見直し・整理についても言及してほしかったと感じています。

何度も言いますが、先帝陛下の御在位20年を節目として、宮内庁の御公務御負担軽減策が始まりました。ところが、文字通り激減したのは宮中祭祀ばかりで、いわゆる御公務の件数は逆に増えていきました。失敗の反省も検証もなく、「女性宮家」創設=女系継承容認に走るのは、論理の飛躍以外の何者でもないはずです。


◇皇位継承は国民が議論すべきことではない

問4は「皇位継承の原則」についてです。「皇統に属する男系男子である皇族のみが皇位継承資格を有し、女性皇族は婚姻に伴い皇族身分を離れることとしている現行制度の意義をどのように考えるか」について、曽根氏は「たいへん大事な点だと思うので、私が学び、感じ、そして考えに至ったことを少し詳しくお話ししたい」と意を決したように語り始めます。

曽根氏は最初、「社会で女性が活躍し、男女平等が進んでいる今日、皇族も同じようにあるべきでは」と考えていました。皇位継承資格を男系男子に限る必要はないと思っていました。しかし、皇室についての認識が深まり、学んでいくに従って、誤りに気付いたというのです。

すなわち、天皇が「祭り主」であるという伝統が国民の結束の証であること、皇室に入られた女性たちが皇室の「多様性」を担ってきたこと、皇統の男系主義を壊してはならないこと、の3点です。

皇室問題の専門家でもない一民間人が真摯に学んでこられた姿勢に頭が下がる思いがします。そもそもが皇位継承の基本原則は、国民が議論すべきことではありません。

となれば、問5の「内親王・女王に皇位継承資格を認めること」について、賛成のはずはありません。「歴史的には時代状況により、皇族女性が皇嗣となったり、寡婦か未婚の状態で、中継ぎ的役割 で御即位されたりしたことはあった。したがって、男系女子の継承は、一時的にどうしても必要なときは可能だと考えている。しかし、その御子息・御令嬢である女系男子や女系女子への継承はあってはならない」と明言しています。

前にも指摘したように、近代の終身在位が前提なら、女帝即位はたちどころに女系継承容認に転化します。


◇正答を出すべき人たちはほかにいる

すなわち、問6の「皇位継承資格を女系に拡大すること」は認めようがありません。「父系、男系をたどり、初代神武天皇に血統がつながることが天皇」だからです。

そのうえで、曽根氏は「女系天皇というのは天皇には当たらず、もしも今後、女系天皇なるものが誕生すれば、それは天皇ではなく、新たな王朝を開くこととなり、皇室の歴史が終わり、ひいては日本の歴史が終わり、新王朝の下、新たな国家を開くことになる」と強く警告しています。

問7の「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することについて」も同様で、曽根氏は「必要ない」ときっぱり。「その配偶者と御子息・御令嬢は皇族ではない」からです。まったくその通りです。

問8の「婚姻により皇族の身分を離れた元女性皇族が皇室の活動を支援することについて」は、「菊栄親睦会や新たな組織などがあれば、御活動いただくべきだ」と指摘するにとどまっています。

問9の「皇族に属する男系の男子を、養子縁組または皇籍復帰により皇族にすることについて」は、もともと旧宮家の臣籍降下はGHQによる不当なハーグ陸戦条約違反だから、「旧宮家の志ある方を養子縁組することのみ可能にすべきだ」し、皇籍復帰にも「賛成」しています。

最後に、問10の安定的な皇位継承を確保するための、あるいは皇族数の減少に係る対応としての「そのほかの方策」について、曽根氏は「旧宮家の皇籍復帰しかない」と言い切り、「旧宮家の方々と丁重に議論を重ね、志ある方々に皇族、皇室にお戻りいただければと思う」と締め括っています。

最後に、一点だけ指摘すると、天皇第一のお役目が祭祀にあるとして、なぜそのことが男系主義と関わるのか、曽根氏のヒアリングからは答えは見つかりません。しかしそのことは何ら批判されるべきことではないでしょう。正答を出すべき人たちはほかにいるからです。その人たちの不作為と無能力こそ、大いに批判されるべきなのです。


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