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先帝陛下「米寿」のお誕生日に、将来の皇位継承を思う [皇位継承]


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先帝陛下「米寿」のお誕生日に、将来の皇位継承を思う
(令和3年12月23日、木曜日)
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先帝陛下は今日、88歳の米寿をお迎えになった。歴代最高齢である。心からお祝い申し上げたいが、惜しむらくは、在位のまま迎えていただけなかったことである。

これまでの経緯を簡単に振り返ると、先帝が「私は譲位すべきだと思っている」と参与会議で仰せになったのは、平成22年7月と伝えられる。6年後、28年7月のNHKのスクープに端を発して、「生前退位」なる奇妙な新語がメディアを席捲するようになった。

翌月にビデオメッセージで「お気持ち」が表明されると、あれよあれよという間に「退位」特措法が作られ、御代替わりを迎えることとなったのである。

特措法の採決時には「政府は女性宮家の創設など安定的な皇位継承のための諸課題について、皇族減少の事情も踏まえて検討を行い、速やかに国会に報告する」との附帯決議が行われ、その結果、今回の有識者会議が設けられたのだった。

今年3月から13回の会合を経て、昨日、報告書がまとめられ、岸田首相に提出された。官邸のサイトに載る報告文によると、「附帯決議」とは大きな変化が見受けられる。「附帯決議」に関する有識者会議なのに、報告書には「附帯決議」にある「女性宮家の創設」が見当たらない。この変化は何によるものなのか。


▽1 皇位継承策の脱落

すでに7月の会議資料では「今上陛下から秋篠宮皇嗣殿下、次世代の悠仁親王殿下という皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない」「当面は皇族数の確保を図ることが喫緊の課題ではないか」と報告書の内容が先取りされていた。

また、前回、12月6日の会合に配られた「報告書骨子案」では、「皇位継承のあり方」が脱落し、「皇族数の確保」に焦点が絞られていた。

そして今回、報道でも指摘されているように、「皇位継承策については示さず」(朝日新聞)とされたのである。岸田総理は「大変バランスの取れた議論」と評価したが、女系継承容認派には「結論の先送り」と受け止められることだろう。

とにもかくにも、女性天皇・女系継承容認にブレーキがかかったことは、伝統派から見れば一定の評価はできるということになる。

平成17年11月に皇室典範有識者会議が「皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することが必要」「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」(結び)と明記する報告書をとりまとめたときとは隔世の感がある。

今回の報告書は関係各位の尽力の結果であり、その労を多としたいが、糠喜びは禁物だろう。女系派の巻き返しがあることは目に見えているからだ。


▽2 説明されざる「ありがたさ」

ところで、これに関連して、先日、私も参加したチャンネル桜の討論会で、外交評論家の加瀬英明先生が「皇室をいただくありがたさ」を何度も繰り返されたのが印象に残っている。そのことについて蛇足ながら書いておきたい。

討論会の出席者は男系派ばかりだから、「ありがたさ」を疑問に思うなどということはまずない。しかし一般論として、「ありがたさ」が情緒的にではなくて、理性的に、科学的に自覚できる日本人はどれほどいるのだろうか。

「天皇陛下、万歳」と三唱する光景は、戦後はほとんど見かけなくなった。忌まわしい戦前・戦中の記憶と戦後の民主教育の結果、忌避する人たちは相当数いるに違いない。そんな人たちにとっては「ありがたさ」はあり得ないかも知れない。

それでも「ありがたさ」をいうのであれば、その意味が誰にでも分かるように合理的に説明されなければならない。保守派にはその責任があるのではないか。説明責任が十分に果たされていないことが、皇位継承問題をめぐる今日の混乱の大きな原因だと私は思う。

いみじくも政府は、皇室の「ありがたさ」が安定的に継続されることを目的として、皇室典範有識者会議などを設置してきたのではない。あくまで憲法に定められた「象徴」天皇、すなわち「国事行為」をなさる特別公務員の安定継承が目的なのであった。

他方、国民は「象徴」天皇に「ありがたさ」を感じるのではない。有識者会議での議論とはそもそも次元が異なるのである。そして、「ありがたさ」の理由は皇位の男系継承主義の理由とも通じているはずだ。けれども、いずれの理由もいまだ説明されずにいる。

となると、皇位の男系継承は将来も守られていくのだろうか。

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「皇嗣」と「皇太子」の違いを強調し過ぎ──高森明勅先生の「立皇嗣の礼」痛烈批判を読む [皇位継承]


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「皇嗣」と「皇太子」の違いを強調し過ぎ──高森明勅先生の「立皇嗣の礼」痛烈批判を読む
(令和3年10月10日、日曜日)
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幻冬社のサイトに、「前代未聞の立皇嗣の礼」と題するエッセイが載っている。筆者は高森明勅氏である。タイトルだけなら私も同意見だが、中身を読むとずいぶんと違う。批判すべき論点が違うということだろうか。

同氏のエッセイは新著『「女性天皇」の成立』の試し読みらしい。編集部が作ったらしいリードは、「天皇が切望し、国民が圧倒的(87%,2021年共同通信の世論調査より)に支持する「女性天皇」を阻むものは何か? 「男尊女卑」「女性差別」社会はいらない。わたしたちの「女性天皇」が日本を変える——。緊急提言」と物々しい。

女性天皇・女系継承容認論のパイオニアとしてのエッセンスが凝縮された著書に、立皇嗣の礼批判の一章が立てられたものらしい。


▽1 皇位継承が確定していない

高森氏は「二つの不審点」を指摘している。「一つは、そもそもこのような前代未聞の儀式を行うべき必然性があったのか、ということ。もう一つは、この儀式が天皇陛下のご即位に伴う『一連の儀式』と位置づけられたことだ」という。

まず「立皇嗣の礼」自体の不可解さについて、高森氏は、「皇嗣」と「皇太子」の違いから説き起こそうとする。つまり、「皇嗣」とは「皇位継承順位が第一位の皇族」であり、「その皇嗣が皇子である場合」に「皇太子」と呼ばれる。

今上天皇の場合、平成時代は「皇太子」、つまり、「次の天皇になられることが確定したお立場」だった。その事実を内外に宣明するため、立太子の礼が行われた。

ただ、「皇太子の場合、お生まれになった瞬間、又は父宮が即位された瞬間に、次の天皇になられることが『確定』する。儀式はただ、その既定の事実を『宣明』するまでのこと」と高森氏は説明し、「ところが」と続け、「『傍系の皇嗣』の場合はどうか」というのである。

つまり、「儀式の『前』に、すでに皇嗣のお立場になっておられる点では、皇太子と事情は変わらない」けれども、「次の天皇になられることが必ずしも『確定していない』という点で、大きく異なっている」というのだ。


▽2 「立皇嗣の礼」が行われた論理

高森氏は秩父宮雍仁親王殿下の実例を取り上げる。

殿下は大正天皇の第二皇子で、明治35年6月25日にお生まれになった。昭和天皇が皇位を継承されたとき皇子はなく、昭和8年12月23日に昭和天皇の第一皇子がお生まれになるまでの8年間、殿下が皇嗣であり続け、その後は皇嗣ではなくなった。

「このように、傍系の皇嗣は継承順位の変動がありうるお立場だ。その点で皇太子とはまるで違う」と高森氏は説明し、「ならば、『立皇嗣の礼』を行わなければならない必然性はないだろう」と畳みかけている。

そして、「令和の時代に前代未聞の立皇嗣の礼が行われたこと」の「不可解」を指摘し、「これは憲法上の『国事行為』。なので、『内閣の助言と承認』によって行われ、『内閣が、その責任を負ふ』(第三条)べきものだ。内閣の意思によって行われ、天皇陛下や秋篠宮殿下ご自身のお考えとは直接、関係がない」と言い切っている。

さらに、「立皇嗣の礼というのは、単に前代未聞というだけでなく、客観的には天皇・皇后両陛下が今後、決して『直系の皇嗣』には恵まれられない、という見立てを前提にしなければ行えないはずの行事であることに思い至る。実はかなり非礼で不敬な儀式だったことになろう」と痛烈に批判している。

高森氏の批判には論理の筋が通っている。それならばなぜ、「立皇嗣の礼」は行われたのかである。そこには政府ならではの論理があったものと私は想像する。女性天皇・女系継承を容認する、高森氏とは別の論理である。同じ女系派とはいえ、呉越同舟なのである。


▽3 皇嗣=皇太子である

高森氏は、「皇太子」と「皇嗣」の違いを強調しているが、強調しすぎではないか。そもそも両者に違いはない。『帝室制度史』の「第2章 皇位継承」の「第四節」は「皇太子」ではなくて「皇嗣」と題されている。また本文には、以下のように書かれてある。

「皇嗣は天皇在位中にこれを選定冊立したまふことを恒例とす」
「皇嗣の冊立ありたるときは、その皇嗣が皇子または皇孫なると、皇兄弟またはその他の皇親なるとを問はず、これを皇太子と称す」

皇嗣=皇太子なのである。

皇嗣は皇太子と異なり、皇位継承が確定していないと解釈するのも誤りである。『帝室制度史』は「皇嗣の改替」にも言及し、さまざまな理由から「ひとたび皇嗣冊立のことありて後も…遂に皇位に即きたまふに至らざりしこと、その例少なしとせず」と明記する。

立太子の礼は皇位継承を必ずしも「確定」させるものとはならないし、皇太子ではなく皇嗣だから、次の天皇に確定したわけではないという論理も成り立たない。

『帝室制度史』は、近代以降、皇室典範の制定によって、「皇嗣の冊立」について4つの点で「重要な変革」を遂げたと指摘している。そのうち興味深いのは以下の2点である。

1、旧制では、皇太子の称号は必ずしも皇子に限らなかった。しかし新制では、皇太子の称号は儲嗣たる皇子に限られる。儲嗣たる皇孫の場合は皇太孫と称される。皇兄弟その他の場合は特別の名称を用いない。

2、旧制では立太子の儀によって皇嗣の身分が定められた。しかし、新制では立太子礼は皇嗣の身分にあることを天下に宣示し、祖宗に奉告する儀礼である。傍系の皇族が皇嗣にあるときはこの儀礼は行われない。

秩父宮雍仁親王殿下の立皇嗣の礼が行われなかったのは、近代の改革によるものである。


▽4 似て非なる女系容認論

ならば、今回、なぜ立皇嗣の礼は行われたのかである。次の皇位継承者を早期に確定させることは皇位継承の安定化にはきわめて重要で、であればこそ、御代替わりの一連の儀礼のひとつとして、政府は位置付けたのであろう。高森氏も皇統問題なればこそ、立皇嗣の礼に着目したのであろう。

しかしながら、高森氏と政府・宮内庁では皇統論の目的が異なるのではないか。平成8年以降、宮内庁内で非公式検討が始まり、政府が女性天皇・女系継承容認論に舵を切っていった目的は、国事行為・御公務をなさる特別公務員としての継承の安定化であり、高森氏の考える皇統連綿とは似て非なるものであろう。

政府が、立皇嗣の礼を、御代替わり行事のひとつに位置づけたのも、国家機関としての皇太子の御公務の継承を、御代替わり直後に確定化させる必要があるからではないか。

蛇足ながら、私が今回の立皇嗣の礼に違和感を覚えるのは、立皇嗣の諸儀礼のうち、もっとも中心的な宮中三殿での儀礼が「国の行事」とされなかったこと、おそばにあるはずの壺切御剣の所在が不明であること、などだ。つまり、皇位継承問題と同様に、皇室の歴史と伝統が蔑ろにされているのである。

高森氏は国民の大半が女系継承を支持していると胸を張る。国民の支持は重要だが、皇室のことは皇室のルールに従うべきだろう。そのように啓発するのが知識人の役割というものではないか。


【関連記事】「皇太子を望まれなかった」? 皇太弟は何をお悩みなのか、『帝室制度史』から読み解く〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-11-23
【関連記事】朝日新聞が「立皇嗣の礼=憲政史上初」を強調する隠れた思惑〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-11-09
【関連記事】来月8日に立皇嗣の礼。儀礼の主体は誰なのか?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-10-25
【関連記事】「皇統は一系にして分かつべからず」とは男系継承固持にほかならない〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-05-17
【関連記事】壺切御剣が殿下のおそばにない──ふたたび考える「立皇嗣の礼」の延期〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-04-19
【関連記事】「立皇嗣の礼」の延期は大前に奉告されるのか。蔑ろにされる皇祖神の御神意〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-04-12
【関連記事】男系継承派と女系容認派はカインとアベルに過ぎない。演繹法的かつ帰納法的な天皇観はなぜ失われたのか〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-04-05
【関連記事】衝撃の事実!!「立皇太子儀」は近世まで紫宸殿前庭で行われていた──『帝室制度史』を読む 前編〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-03-31
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【関連記事】「立皇嗣の礼」=国事行為を閣議決定。もっとも中心的な宮中三殿での儀礼は「国の行事」とはならず〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-03-24


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河野太郎・総裁候補の非「保守」的皇位継承論──天皇を論ずる資格がない [皇位継承]


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河野太郎・総裁候補の非「保守」的皇位継承論──天皇を論ずる資格がない
(令和3年9月12日、日曜日)
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10日に自民党総裁選立候補を表明した河野太郎・行政改革担当大臣が記者会見で、持論とする女性天皇・女系継承容認を封印したという。

「日本を日本たらしめているのは、長い歴史と文化に裏付けられた皇室と日本語だ。そういうものに何かを加えるのが保守主義だ」と語り、「保守主義」に基づいた政治を強調したと伝えられる。

持論は持論として、現実主義的な路線変更の姿勢を示すことで、党内の不安感を払拭し、支持を広げようという姑息な選挙戦術は明らかである。


▽1 「皇男子孫継承」を明記した明治人の英断

報道によれば、河野氏は2日前の8日には、安倍晋三・前総理と会談し、立候補の意向を伝えるとともに、「男系で続いてきているというのが、日本の天皇のひとつのあり方なんだと思う」と語った。さらには、青山繁晴参院議員ら党内保守派議員とも会談し、「自分は女系容認論者ではない」と述べ、不安解消に余念がない。

しかし、一年前の昨年8月、インターネット番組に出演した際には、当時は安倍政権の防衛大臣だったが、明確に女系継承容認論を展開していた。男系継承主義に疑問を投げかけ、「女性宮家」創設、「愛子さま天皇」待望論を開陳していた。

君子は豹変したのである。

持論とされる女性天皇・女系継承容認論の詳細は、河野氏の公式サイトに載っている。「皇室の危機を回避する」(ブログ「ごまめの歯ぎしり」2016年10月19日)がそれである。〈https://www.taro.org/2016/10/皇室の危機を回避する.php〉

河野氏は冒頭、「皇室はかつてない存続の危機に瀕している」と言い切っている。「天皇陛下より若い皇族男子は、皇太子殿下、秋篠宮文仁親王殿下、秋篠宮悠仁親王殿下の3人しかいらっしゃらない。将来、悠仁親王家に男子がお生まれにならなければ、男系の皇統が絶えることになる」というわけである。

しかし何度も書いてきたことだが、「存続の危機」はいまに限ったことではない。ほかならぬ女系派が「危ない綱渡りを繰り返してきた」(高橋紘・所功『皇位継承』)と述べているし、明治憲法制定当時こそ、女帝の認否は「火急の件」だった。明治天皇には皇男子はなく、皇族男子は遠系の4親王家にしかおられなかったからだ。

それでも明治人は「万世一系」「皇男子孫継承」を憲法に明記したのだ。河野氏は明治人の英断をどこまで理解しているだろうか。


▽2 なぜ男系継承が固持されてきたのか

河野氏はブログで、皇室の男系継承の歴史を認めている。その一方で「しかし、(今後)維持できるかどうか」と疑問を投げかけている。「現実は容易ではない」というのだ。

河野氏は男系維持のための3つの方法を取り上げ、検討し、そして男系主義を否定している。

ひとつは旧皇族男子の婿入りで、新宮家を創設し、男子が皇位を継承する方法だが、内親王、女王に結婚を強制できないし、旧宮家は「600年近く、現皇室との間に男系の繋がりはなく、その男系が皇室を継ぐことが国民的に受け入れられるだろうか」と疑問を投げかける。

しかし、皇室の歴史においては、しばしば「婿入り」はある。ただ、河野氏の「婿入り」と違うのは、光格天皇の例で明らかなように、先帝の崩御後、親王家から養子となり、皇位が継承された。そして先帝の内親王は中宮となった。

国民が受け入れるかどうかではなく、それが皇室のルールである。

ふたつ目は側室の復活、3つ目は人工授精など医学的方法を用いる方法だが、いずれも現実的でないと否定し、男系維持を主張するなら、国民に広く受け入れられる具体的な方法を提示せよ、と男系派をけしかけている。

しかし天皇は天皇であり、皇室は皇室である。皇室の皇位継承の鉄則は国民に受け入れやすいかどうかではない。むしろ河野氏は皇位が男系で維持されてきた理由を追究すべきではないのか。「綱渡りを繰り返して」さえ、古来、男系継承が固持されてきたのは何故なのか。

けれども河野氏は逆に、皇室の歴史と伝統を弊履のごとく捨て去り、「男系、女系に関わらず皇室の維持を図るべき」と論理を飛躍させている。明治人が「万世一系」と表現した「王朝の支配」の意味を忘れているのである。


▽3 女系継承容認どころか祭祀の変更をも要求

そして、あまつさえ、「皇統断絶」より「皇室のあり方を変えよ」と訴えている。皇位が男系主義で紡がれてきたこと、女帝は容認されても、夫があり、もしくは妊娠中もしくは子育て中の女帝が否定されてきたことの意味を理解しようとせず、典範改正、長子継承への変革を要求するのである。

しかし、その目的は何だろうか。男系主義を否定した皇位継承は皇位継承に値しないし、それでも「皇統」を強弁するのは何のためなのか。

さらに河野氏は「継承ルールの変更の議論を速やかに始めよ」と急かしている。そしてさらに、「長子継承なら、天皇家の祭祀の変更が必要かどうか、確認せよ」と迫っている。女性天皇には祭祀がお務めになれないなら祭祀を変えよとのご託宣である。

つまり、河野氏の皇位継承論とは革命論に等しいということだろう。世界の王室を見ても、それぞれに独自の王位継承法があるが、固有の歴史と伝統を無視して、根底からの変革を要求するのは下剋上にほかならない。

繰り返しになるが、歴史上、8人10代の女性天皇が確かに存在するとはいえ、夫があり、あるいは妊娠中・子育て中の女性天皇はおられない。その理由は、皇室がもっとも重視する「祭り主」天皇論に根拠があることは明らかである。「およそ禁中の作法は神事を先にす」(禁秘抄)である。

女系継承を容認し、祭祀の変更をも要求する河野氏の天皇論は、保守主義とは無縁のものである。

最後に河野氏は、「宮内庁の改組」に言及している。皇室の危機を放置してきた責任、宮中祭祀や陵墓等の情報公開に消極的だった宮内庁の責任を問いかけているのだが、荒唐無稽で論評に値しない。政府・宮内庁が25年も前に女系継承容認に舵を切ったことが今日の混乱の原因であることなど知らないのだろう。皇位論を論ずる資格がないのではないか。お調子者の素人論議である。


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【関連記事】新田均先生、「伝統」だけで女系派を納得させられますか──有識者ヒアリングのレジュメを読む 2〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-04-18
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【関連記事】だから「隔たり」が生じる。有識者会議が期待する「天皇の役割」と本来のお役割が違う〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-04-10
【関連記事】皇位継承有識者会議の最重要テーマは「天皇とは何か」だが…〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-04-04
【関連記事】政府が「皇位継承」有識者会議開催へ。正念場を迎えた男系派の覚悟は?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-03-21
【関連記事】女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-03-14

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かつて安倍官房長官と対決した高市早苗・前総務大臣のいたってまともな皇位継承論 [皇位継承]


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かつて安倍官房長官と対決した高市早苗・前総務大臣のいたってまともな皇位継承論
(令和3年8月28日、土曜日)
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自民党総裁選に出馬を表明した高市早苗・前総務大臣が、雑誌インタビューに応え、皇位継承問題について、男系継承の維持を強調した。「万世一系という2000年以上の伝統は、天皇陛下の『権威と正統性』の源だ」と語っている。きわめてまともである。

高市氏が男系継承維持を訴えたのは、今回が初めてではない。高市氏の個人ブログには、15年前、2006年(平成18年)2月1日更新の「皇室典範問題について」と題するコラムが載っているので、ご紹介したい。〈https://www.sanae.gr.jp/column_detail256.html

ちなみに、皇室典範有識者会議が「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」との報告書をまとめたのが前年11月で、悠仁親王の御誕生はこの年の9月。皇位継承の根幹が覆りかねない、危なっかしい時期だった。


▽1 皇室典範有識者会議直後の国会で質問

高市氏のコラムは、内閣府職員の来訪で始まっている。1週間前の1月25日、皇室典範一部改正のための法律案概要についての説明がその目的だった。まだ条文化されていない、ごく簡単なペーパーには、以下のような「改正のポイント」が綴られていた。

(1)皇位継承資格者に、皇統に属する女子及びその子孫の皇族を含める(現行では、皇統に属する男系男子に限定)。
(2)皇族女子は、婚姻しても皇室にとどまる(現行では、皇族女子は婚姻により、皇室を離れる)。
(3)皇位継承順序は、直系の長子を優先することとする(現行では、直系・長系・近親優先)。

要するに、「女性天皇容認」「女系天皇容認」「第1子優先」が皇室典範一部改正の骨子だった。有識者会議の直後であれば当然だった。

しかし高市氏は一読して「不安に思った」。とくに、「皇族女子が婚姻後も皇室にとどまる」とすれば、「皇室予算にも変化が生じる」。そこで高市氏は、2日後の1月27日の衆議院予算委員会で急遽、質問することにした。

当時は第三次小泉純一郎内閣(改造)で、この案件の担当閣僚は安倍晋三官房長官だった。短い割り当て時間で、ほかにもテーマはあったから、関係項目はわずか2点。結局、安倍長官の考え方を聞くにとどまったが、その後も続いてきた議論の核心をつく本質的な内容だった。


▽2 官僚の作文を読まされた安倍長官?

高市氏はまず女系継承への危惧を語った。

「私自身は、『女性天皇』には反対しないが、『女系天皇容認』と『長子優先』については、慎重に検討していただきたいし、党内でも議論を深めたいと希望している。
 恐れ多い例えではあるが、仮に、愛子様が天皇に即位されたら、『男系の女性天皇』になられる。そして、愛子様が山本さんという皇族以外の方と結婚されて、第1子に女子の友子様が誕生し、その友子様が天皇に即位されたら、『女系の女性天皇』となられる。
 この友子天皇の男系の祖先は山本家・女系の祖先は小和田家ということになるから、今回の法改正により、2代目で天皇陛下直系の祖先は女系も男系も両方民間人になる可能性がある。
 また、男親から男の子供、つまり『男系男子』に限って正確に受け継がれてきた初代天皇のY1染色体は途絶する。
 男系の血統が125代続いた『万世一系』という皇室の伝統も、『天皇の権威』の前提でもあると感じている。
 官房長官は、皇位が古代より125代に渡って一貫して『男系』で継承され続けてきたことの持つ意味、皇室典範第1条が『男系男子による皇位継承』を定めている理由は何だったとお考えか?」

高市氏は言及していないが、近代以降の終身在位制のもとで、女帝が立てられる状況というのは近代以前とは異なり、けっして「中継ぎ」ではないから、女性天皇容認は取りも直さず女系継承容認を意味し、万世一系の歴史と伝統を侵すことになる。

その暗黙の前提に立って、政府は男系継承主義の意味に配慮したうえで、皇室典範の一部改正案を提出しようとしているのか、と問いただしたのである。これに対して、安倍官房長官の答えは不十分だった。

「憲法第2条に規定する世襲は、天皇の血統につながるもののみが皇位を継承するということと解され、男系、女系、両方が含まれる。
 皇室典範第1条が男系男子に限定してることについては、過去の事例を見る限り男系により皇位継承が行われてきており、それが国民の意思に沿うと考えられること、女性天皇を可能にした場合には、皇位継承順位など慎重な検討を要する問題があり、なお検討を要すること、男性の皇位継承者が十分に存在していること、この3つが当時の国会の論点だった。
 男系継承の意義については、学問的な知見や個人の歴史観、国家観に関わるもの。私は官房長官として政府を代表する立場なので、特定の立場に立つことは差し控えたい。
 いずれにしても、政府としては、男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを受け止めつつ、皇位継承制度の在り方を検討すべきものと考える」

安倍氏の答弁を読むと、少なくとも当時の安倍氏は、「保守派」との評価とは全然異なり、男系継承の基本をまるで理解していない。「皇位の世襲」とは単に血がつながっていることだと言わんばかり。官僚の作文を読まされただけなのか。


▽3 「皇位継承の安定化」の目的は?

次に高市氏が質問したのは、政府が皇室典範改正作業を急ぐ理由である。

「昨年11月下旬に提出された有識者会議報告書が法案のたたき台だと思うが、まだ多くの国会議員は報告書を入手していない。国民の皆様の理解も進んでいないと思う。
 また、『女系天皇』が即位される可能性は、皇太子殿下が『男系男子の天皇』として即位され、現在4歳の愛子様が『男系女子の天皇』となられた後、数十年先に即位されるかもしれない天皇のことなので、まだ十分に検討の時間はあると思う。
 今国会で急いで皇室典範一部改正法案を提出される理由は?」

これに対する安倍長官の答弁が興味深い。政府が考える「皇位継承の安定化」の本当の目的を図らずも暴露している。

「皇位継承は、国家の基本にかかわる事項。天皇が内閣の助言と承認のもとに内閣総理大臣や最高裁長官の任命、国会の召集など重要な役割を担う以上、どのような事態が生じても、安定的に皇位が継承されていく制度でなければならない。
 皇太子殿下の次の世代に皇位継承者が不在であるという不安定な状態は、早期に解消される必要があると、政府は考えている。
 将来の皇位継承者には、それに相応しいご養育を行う、いわゆる帝王学だが、その必要を考えれば、緊急の課題である。
 このような認識から議員各位や国民の皆様のご理解を賜りながら、今国会に法案を提出していく考えだ」

つまり、政府にとっての「皇位の安定化」は、これまで何度も指摘してきたように、「皇統連綿」でも「皇室弥栄」でもなく、あくまで「国事行為の安定化」でしかない。要するに、政府にとって、天皇は国事行為をなさる特別公務員という位置付けに過ぎない。

しかし、高市氏はそこを追及することはしない。「なぜ急ぐのか?」「なぜ今国会か?」と問い続けるばかりであった。

「まだ40代の皇位継承者が複数おられる中で、今国会で慌てて提出される必要があるのか。
 私たち日本人にとって、祖先が守り続けてきた非常に大切な伝統をどう変えるのか、守るべき伝統は何で、変えるべき伝統は何なのか、という議論も深めたいので、十分な議論の時間をいただきたいと希望する」

なぜ皇位は男系で紡がれてきたのか、そもそも皇位とは何か、を議論するには時間が短すぎたのであろう。質疑はここで終わっている。平行線である。


▽4 安倍官房長官の路線継承はあり得ない?

他方、高市氏のコラムは続き、「いずれ法案が条文化されたら、党の内閣部会などで、安定的な皇位継承の対案も含めて、積極的に議論に参加したい」と希望を述べ、次のような意見を表明している。

「これは、単純に『男女平等』などという価値観で判断してよい問題ではない。
 私は、『女系』『長子優先』には幾つかの懸念を覚えるものの、決して『女性天皇』に反対しているわけではないが、現実的には女性が皇位を継ぐということ自体も、肉体的には大変なことなのだろうと想像している。
 多くの国事行為、外国賓客への対応、宮中祭祀など、お休みの間もなく過密なご日程ををこなされている天皇陛下。皇位につかれた女性天皇が、激務をこなしながら、お世継ぎを妊娠し、出産されるということも、肉体的にも精神的にも想像を絶する大変なことなのだろうと思う」

たしかに現代の天皇は激務である。御公務は無限に増えていくが、生身の天皇には肉体的限界がある。だから先帝も「譲位」を表明せざるを得なかった。

それはそれとして、高市氏はいま「アベノミクス路線の継承」を明らかにしている。けれども、安倍氏の官房長官時代の皇位継承論の「継承」はあり得まい。

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「伝統」を見失った現代日本人に皇室の「伝統」が回復できるのか [皇位継承]

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「伝統」を見失った現代日本人に皇室の「伝統」が回復できるのか
(令和3年4月12日、月曜日)
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▽1 皇室までICU化した日本社会

もう30年以上も前になるが、雑誌の企画で「大学評判記」なるものを連載することになった。偏差値中心とは角度の違う大学紹介シリーズで、最初に取り上げられたのが早稲田の社学(社会科学部)、次が国際基督教大学、ICUだった。「ICUには純ジャパ、変ジャパ、ノンジャパの3種類の学生がいる」と聞いて、単純に面白いと思った。ワクワクしながら、取材に出かけたものだった。

「純ジャパ」は純粋の日本人、「変ジャパ」は帰国子女、「ノンジャパ」は外国人学生で、キャンパスは国際色が溢れ、輝いていた。だが、それから30有余年、日本社会がICU化していることに気づき、驚かされる。企業は国際化し、国際結婚は身近になった。街は変ジャパ、ノンジャパだらけだ。

国民だけではない。国際経験のある民間人が皇室に嫁ぎ、皇族が留学し、ICUに通う時代になった。しかし30年前の輝きがあるかどうかは別である。

純ジャパが人口構成的に少数派になったというだけではない。純ジャパからして、日本的、伝統的という概念が実感として縁遠くなっているように思う。保守派の人たちでさえ、いうところの「日本」「伝統」はせいぜい明治から戦前のことを指していて、それがたかだか150年の近代的日本だということに気づかないでいる。伝統回復が単なる戦前回帰になっている。近代=伝統なら矛盾も甚だしい。

しかも、その矛盾をいくら説明しても理解されない。保守派というのはおよそ頑迷で、頑迷だからこそ保守派であり、理性より感性が優ることが多いからである。理性的に考えよといくら求めても、思わぬ感情的対立に及ぶのが必定で、無駄骨に終わることになる。溜息しか出ない。

眼前で急展開する「女性宮家」問題は、まさに皇室の歴史と伝統が問われている。しかし、皇室も国民もすでに歴史と伝統の意義と価値を見失っているのだとしたら、議論の行方は目に見えている。男系継承を支持する保守派には、どんなに期待薄ではあるにしても、それだけに極力、理性の回復を求めざるを得ない。


▽2 日本最大の保守団体にして解決できない

ところで、先般、保守系の国民運動団体から今回の御代替わりを写真で振り返るグラビア集が送られてきた。書店で買えば、数千円はすると思われる豪華本である。編集の手間と苦労はしのばれるし、手に取る保守派を満足させ得る内容だとは十分に想像がつく。

しかしである。それなら、今回の御代替わりをこの団体はどう検証し、総括しているのだろう。たしか、改元については最後の最後まで「践祚即日改元」を主張し、安倍政権にきびしく要求していたはずだ。安倍総理は国会議員懇談会の特別顧問で、国会議員の何割かは懇談会のメンバーとされる。団体は「安倍政権の黒幕」とさえ目されていた。実現可能性を少なからぬ国民は期待したはずだ。

しかしそれでも「践祚当日改元」は実現されなかった。そればかりではない。歴史にない「退位の礼」なるものが創作され、「退位」と「即位」は無惨にも分離され、大嘗宮は角柱、板葺きに変えられた。前代未聞の事態。伝統重視を訴えたはずの団体の願いは完全に足蹴にされている。

ふつうなら怒りの声が全国的に昂然と湧き上がっていいはずだが、裏切りへの抗議はまったく聞こえてこない。それどころか、践祚1か月前、新元号発表の日に団体は政府批判どころか、新元号が国民に広く受け入れられるよう念願するとのメッセージを公表している。そして今度の豪華本である。団体は国民運動体というより政権の追認団体になっているかに見える。

昨秋には、同議員懇が菅総理に対して、男系継承の確保を申し入れたと伝えられているが、散々な御代替わりを本格的に検証することもないのなら、眉に唾するしかないだろう。日本最大の保守派の国民運動体を組織し、潤沢な資金を集めた手腕には心から敬意を表しなければならないが、もっとも肝心な、日本の文明の根幹に関わる皇室問題に大きな汚点を残した反省はどこまであるのだろうか。やってる感だけのパフォーマンスでは済まされないのだ。

この団体の組織力、資金力、政治力をもってしても、皇室問題を解決できないのだとしたら、いったい原因はどこにあるのか、よくよく理性的になって、考えなければならない。団体の無能、力不足と簡単に断定できないからである。日本社会に巣食う、もっと深い構造的な問題があると想像されるからである。つまり、日本の社会、日本人自身が変わったということである。

もしそうだとしたら、現下の問題である、歴史と伝統が大きく揺らいでいる皇位継承に関する議論はどうなるのかである。皇室も国民も歴史と伝統についての意識が変わってしまっているとしたら、議論の行方はどうなるのだろう。


▽3 よほどの劇薬が用いられないかぎり

日本人の伝統的感性というものは四季折々に美しさと厳しさを見せてくれる自然と深く関わっている。けれども現代では、とくに都会では、自然は失われ、コンクリートとアスファルトに一様に覆われている。伝統的自然観が失われているのは、その結果である。

かつては日本人の宗教心の根幹には生まれ育った土地への強い思いがあったが、人と土地との結びつきは失われている。人々は定住性を失い、遊牧民化している。「産土神」「氏神」はほとんど死語と化している。

生まれた土地で一生を過ごす人はいまどれほどいるだろう。インテリ、エリートほど異動の回数が多い。いやそれどころか、ふつうの庶民が常時、移動している。国民の大半は勤労者で、サラリーマン社会はグローバル化しているから、国内にとどまるとも限らない。

さらに明治以来の近代化と戦後の教育がある。明治の近代化はキリスト教世界の一元的文物を積極的に学び、導入することだった。その先頭に立ったのは皇室だった。あまりに急激な欧化主義に席巻される日本の教育を見かねた明治天皇の発案に始まった教育勅語の煥発も、非宗教性、非政治性、非哲学性が大方針とされたのに、下賜直後から一神教的崇拝の対象とされていった。

皇位継承の男系主義は皇室古来の「祭り主」天皇観と一体のものであり、日本社会が多元的ルーツを持ち、多様な文化を育んできたことと関わっている。多様性のある統一のために、天皇は皇祖神のみならず天神地祇を祀り、米と粟を捧げて、国と民のために公正かつ無私なる祈りを捧げてきたのだ。そして民には民の多様な皇室観があった。

しかし近代化は行政、貨幣、金融、教育、鉄道など日本社会をことごとく一元化したのである。それでも戦前まで天皇は「祭り主」であり続けたし、日本社会には伝統と近代とが共存していたが、戦後は「祭り主」天皇が否定され、天皇の祭祀は「皇室の私事」とされている。地域の信仰も忘れられている。

そして日本人は一元化された社会にどっぷりと浸かり、日本人自身の考え方が一元化している。一元論に染まった戦後のエリートたちが憲法を最高法規と信じて疑わず、皇室の歴史と伝統を破壊しようとしている。ICU化した国民の多くもまた同じである。先述した保守団体が主張した「践祚当日改元」も、皇室伝統の「踰年改元」とは異なるのに、彼らは気づかない。

などと言ってみても、理性より感性が優る保守派にはなかなか通じない。とすると、よほどの劇薬が用いられない限り、眼前の皇位継承問題を形勢逆転させることは不可能だということになる。


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だから「隔たり」が生じる。有識者会議が期待する「天皇の役割」と本来のお役割が違う [皇位継承]


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だから「隔たり」が生じる。有識者会議が期待する「天皇の役割」と本来のお役割が違う
(令和3年4月10日、土曜日)
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皇居二重橋.jpeg
皇位継承有識者会議のヒアリングが8日、始まった。「意見には隔たりがある」とメディアは伝えているが、当然だろう。10の「聴取項目」のうち、皇位継承問題を考えるうえでもっとも重要な、天皇統治の本質に関わる、次の2項目について、考え方が根本的に異なるからである。〈https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/taii_tokurei/dai1/siryou8.pdf

問1 天皇の役割や活動についてどのように考えるか。
問2 皇族の役割や活動についてどのように考えるか。

天皇・皇族のお役目、お務めについての基本的認識が異なれば、当然ながら、皇位継承についての考え方もがらりと変わる。平成8年に政府、宮内庁が非公式検討を開始し、女性天皇・女系継承容認に大きく舵を切ったのは、いかなる天皇観に基づいていたのかが問われているのである。

ならば、政府・宮内庁は、今回のヒアリングで、どのような答えを期待しているのか、逆に本来的にはどのように考えられるべきなのか、おさらいしてみたい。そうすれば、皇室の歴史と伝統を重視する男系派にとって、いかにいま絶望的な状況なのか、あらためて身に沁みるだろう。男系派はいまこそ本気になるべきだ。もはや傍観者ぶってはいられない。


▽1 目的は2.5代「象徴」天皇の「安定的継承」

皇室本来の伝統的天皇観は、「およそ禁中の作法は神事を先にす」(順徳天皇「禁秘抄」1221年)とする、「祭り主」天皇である。国と民のため公正かつ無私なる祭祀をなさることが天皇が統治者であることを意味する。男系継承主義はこの「祭り主」天皇観と密接不可分である。

ところが、最初に行われた平成16年の「皇室典範に関する有識者会議」からして、皇室の天皇観など視野にはなかった。検討されたのは、主権者とされる国民個人のさまざまな天皇観であった。

そのことは有識者会議の報告書の「はじめに」を読めば容易に分かる。「天皇の制度は、古代以来の長い歴史を有する」と認めながら、皇室の歴史と伝統に沿った吟味は行われなかった。「(制度に関する)見方も個人の歴史観や国家観により一様ではない」から「様々な観点から論点を整理する」と述べつつ、皇室古来の天皇観は排除され、「現行憲法を前提として検討すること」とされたのだ。〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html

つまり、この有識者会議が目的とした「安定的な皇位継承の制度」とは、「長い歴史を有する」126代の皇位継承ではなく、「国事行為」「ご活動など」をなさる、日本国憲法が定める2.5代「象徴天皇」の「安定」的継承なのであった(「基本的な視点」)。

そして、案の定、「古来続いてきた皇位の男系継承を安定的に維持することは極めて困難」「国の将来を考えると、皇位の安定的な継承を維持するためには、女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」(「結び」)と結論づけられたのだった。

有識者会議が男系継承の「意義」や「論拠」をまったく検討しなかったとまではいえない。しかし、天皇がスメラギ、スメラミコトと拝された時代から天神地祇を祀る「祭り主」であったこと、そのことが男系主義とどのように関わるかを追究した形跡は見当たらない。過去の歴史にない女系継承容認に走るのは当然であった。

官邸のサイトには会議の報告書のほかに、50ページを上回る「資料」が載っているが、「天皇の行為」のなかで、「宮中祭祀」は「国事行為、公的行為以外の行為」と区分され、皇室第一のお務めとされてきた歴史の説明は見当たらない。


▽2 天皇はすでに歴史的な天皇とは異なる

平成24年に行われた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」、いわゆる「女性宮家」有識者ヒアリングでは、問題関心の中心は「皇室の御活動」の維持であり、「両陛下の御負担」軽減であった。そのための「女性宮家」創設が検討されたのだった。

「現行の皇室典範の規定では、女性の皇族が皇族以外の方と婚姻された時は皇族の身分を離れることになっていることから、今後、皇室の御活動をどのように安定的に維持し、天皇皇后両陛下の御負担をどう軽減していくかが緊急性の高い課題となっている」(「有識者ヒアリングの実施について」)〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/yushikisha.html

つまり、126代続く「祭り主」天皇の伝統は最初から念頭に置かれてはいなかった。代わりに、天皇が御公務をなさる2.5代「象徴」天皇であることは議論の余地のない所与のこととされた。そして、いつのまにか「天皇の御公務」は「両陛下の御活動」に衣替えし、「皇室の御活動」にすり替わっていた。驚いたことに、「天皇」と「皇族」の違いまでが失われたのである。

ヒアリングの過程で、園部逸夫内閣官房参与は繰り返し「陛下のご負担軽減」を説明したが、ヒアリングを踏まえた「論点整理」ではさらに論理のすり替えが起きた。緊急性のあるご負担軽減から悠仁親王殿下の時代に話題はすっかり切り替えられていた。支離滅裂だった。なぜか。

平成20年の御不例以後、宮内庁は陛下の御公務御負担軽減を進めた。だが、祭祀のお出ましが激減した反面、いわゆる御公務は逆に増えた。つまり宮内庁の軽減策はみごと失敗したのだが、政府・宮内庁は失敗の原因も究明しないまま、歴史にない「女性宮家」創設へと暴走し始めたのだった。

ならば、そもそも「御公務」とは何か、「論点整理」では驚くべきことに、天皇の御公務と皇族の御活動が同列に論じられていた。

「天皇陛下や皇族方は、憲法に定められた国事行為のほか、戦没者の慰霊、被災地のお見舞い、福祉施設の御訪問、国際親善の御活動、伝統・文化的な御活動などを通じて、国民との絆(きずな)をより強固なものとされてきておられる」

皇族とは本来、皇統に属し、皇位継承の資格を持つ血族の集まりを指すが、女性皇族に「御活動」を「分担」させるという意図のもと、皇族の伝統的概念は崩壊した。日本国憲法の「象徴」天皇主義が皇室の歴史と伝統を凌駕した結果である。すでに天皇は歴史的天皇ではなくなっている。

そこまでして維持しなければならない「御活動」とは具体的に何なのか、不思議なことにヒアリングで論じられた形跡はまったくない。ようやく「論点整理」の段階になり、参考資料として12ページにわたって説明された。

たとえば常陸宮殿下は、日本鳥類保護連盟、日本肢体不自由児協会、発明協会など数々の団体の総裁や名誉総裁をお務めで、妃殿下とともに、全国健康福祉祭や全国少年少女発明クラブ創作展などに御臨席になると説明されている。天皇の御公務・ご活動と同列に論ずべきことではあるまいに。

どうしても必要ならやむを得ない。しかしこれは違う。官僚たちの責任逃れと暴走が天皇統治の歴史的大原則を革命的に一変させようとしているのだ。だとしたら男系派は、本来のあり方、男系主義の意義と価値を訴えるべきだ。ところが、ヒアリングで「祭り主」天皇に言及した識者が、皆無というわけではないが、本質に深く踏み込むものではなかった。溜息が出るほど理解が浅いのである。


▽3 問われているのは憲法だ

先帝陛下の「譲位」のご表明を受けて、平成28年から翌年にかけ、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」、通称「生前退位」有識者会議が開かれた。これも不思議な会議だった。〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/

「生前退位」なる皇室用語はないが、いったい誰が言い出したのか、誰が報道機関に内部情報を漏らしたのか。先帝陛下のビデオ・メッセージが発せられたのにはいかなる経緯があってのことなのか、その真意は何だったのか。お気持ちの実現に本当は何が必要だったのか、なぜ有識者会議は「ご公務ご負担軽減」と銘打たれることとなったのか。

そして案の定、有識者会議の設問には「生前退位」はないのに、「生前退位」実現の法的手法についての激論が始まり、「ご負担軽減」とは名ばかりで、「退位」実現の検討に終始したのだった。

憲法上は「譲位」も「退位」もあり得ない。昭和天皇は側近による祭祀簡略化「工作」に耐えかねて「退位」を表明されたことが側近の日記に記録されているが、実現はされなかった。それならなぜ、先帝の「譲位」は翻意されなかったのか。先帝は、今上も同様だが、歴代天皇の歩みと憲法の規定遵守の両方を繰り返し表明されていたのに、である。

そして憲法・皇室典範が認めていない「譲位」は、国民主権主義に基づき、特例法によって「退位」にリセットされ、実現されたのだった。憲法遵守に務められた先帝によって、それゆえに憲法の矛盾が明らかにされたのである。御公務中心の「象徴」天皇のあり方の不備を、主権者に率直に問いかけられたのが先帝なのである。天皇の高齢化はご活動なさる「象徴」天皇像とは両立できないのだ。

しかし政府・宮内庁は、憲法に基づき、その行動主義的天皇像を疑うことなく、ご活動の維持に拘り続けている。その結果、人事異動する宮内庁職員の「拝謁」、海外に赴任する大使夫妻の「お茶」はいっこうに減らない。逆に、天皇の祭祀は際限なく蹂躙されている。

そしていま、「女性宮家」創設がいよいよ本格的に議論されることになった。つまり、問題の核心はほかならぬ日本国憲法なのである。

公布から100年にも満たない憲法を「最高法規」とし、国民主権主義なるものに基づいて、126代続いてきた悠久なる皇位継承の大原則を革命的に変更することが許されるべきなのか。歴代天皇は公正かつ無私なる「祭り主」であり、そのための男系主義であったとすれば、その意味も価値も顧みられることなく、変革することは正しい選択といえるのか。

男系派こそ問われなければならない。憲法の「最高法規」「国民主権」と本気で対決する気はあるのかどうか。政府・宮内庁は、憲法が「不磨の大典」だからこそ「女性宮家」創設に走るのである。憲法に叛旗を翻せない官僚たちが、天皇および祖国への謀叛を企てるのである。


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【関連記事】女系は「万世一系」を侵す──「神道思想家」葦津珍彦の女帝論(「論座」1998年12月号特集「女性天皇への道」から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1998-12-01

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皇位継承有識者会議の最重要テーマは「天皇とは何か」だが… [皇位継承]

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皇位継承有識者会議の最重要テーマは「天皇とは何か」だが…
(令和3年4月4日、日曜日)
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▽1 「祭り主」天皇を説明できる識者はいるのか

先月23日、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議(皇位継承有識者会議)の第1回会合が開かれた。そのときの配布資料に今後、行われる有識者ヒアリングでの聴取項目(案)が列記されている。〈https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/taii_tokurei/dai1/siryou8.pdf

すなわち、以下の10項目である。

問1 天皇の役割や活動についてどのように考えるか。
問2 皇族の役割や活動についてどのように考えるか。
問3 皇族数の減少についてどのように考えるか。
問4 皇統に属する男系の男子である皇族のみが皇位継承資格を有し、女性皇族は婚姻に伴い皇族の身分を離れることとしている現行制度の意義をどのように考えるか。
問5 内親王・女王に皇位継承資格を認めることについてはどのように考えるか。その場合、皇位継承順位についてはどのように考えるか。
問6 皇位継承資格を女系に拡大することについてはどのように考えるか。その場合、皇位継承順位についてはどのように考えるか。
問7 内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することについてはどのように考えるか。その場合、配偶者や生まれてくる子を皇族とすることについてはどのように考えるか。
問8 婚姻により皇族の身分を離れた元女性皇族が皇室の活動を支援することについてはどのように考えるか。
問9 皇統に属する男系の男子を下記(1)又は(2)により皇族とすることについてはどのように考えるか。その場合、皇位継承順位についてはどのように考えるか。
(1)現行の皇室典範により皇族には認められていない養子縁組を可能とすること。
(2)皇統に属する男系の男子を現在の皇族と別に新たに皇族とすること。
問10 安定的な皇位継承を確保するための方策や、皇族数の減少に係る対応方策として、そのほかにどのようなものが考えられるか。

今回の有識者会議は、「附帯決議」に示された課題、すなわち「安定的な皇位継承を確保する」こと、とりわけ「女性宮家」創設などがテーマとなる。上記質問項目のうち問4以降はずばりこのテーマと関わっている。

しかし、皇位継承をテーマとしたとき、もっとも重要なことは、天皇のお務めとは何か、皇位とは何かである。126代にわたって男系で維持されてきた天皇とは、国と民のために公正かつ無私なる祭祀をなさる「祭り主」だが、平成8年以降、政府・宮内庁が非公式検討を始め、推し進めてきたのはこれとは異なる、日本国憲法が規定する国事行為および御公務をなさる特別公務員としての象徴天皇である。

まさに質問項目の問1と2は、この天皇・皇族の役割について問いかけているのだが、「祭り主」天皇の歴史について答え、その伝統が男系主義とどう関わるのか、その意義と価値を現代人に対して、分かりやすく説明できる識者は現れるだろうか。

天皇が祭祀をなさっていることなど国民の何割が知っているだろう。そんな状況下で、「祭り主」天皇論を語れる識者が現れないとしたら、皇位継承の男系主義は歴史的変革を迫られざるを得ないだろう。私たちは歴史的な瀬戸際に立たされている。


▽2 厄介者扱いされる天皇の祭祀

今回の有識者会議は、皇室継承問題に関連する有識者会議・ヒアリングとしては、平成16年の「皇室典範に関する有識者会議」、同24年の「皇室制度に関する有識者ヒアリング」、同28年の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」に続くものである。

これまでの有識者会議・ヒアリングでは、活動し、行動する近代的天皇像が暗黙の前提となっている。国事行為や御公務をなさる天皇の安定的確保がすなわち国家の安定に直結する、その観点から官僚たちはここ二十数年、女性天皇・女系継承容認=「女性宮家」創設を推し進めてきたのである。

逆に皇室の「祭り主」天皇観、男系主義は検討されてこなかった。それどころか、意見を表明する皇族方を厳しく口封じする宮内庁長官さえいた。彼らには皇室固有の悠久なる歴史と伝統ではなくて、百年にも満たない憲法上の象徴天皇制の維持がすべてなのである。そのことは外部の識者たちに向けられた質問項目の誘導ぶりを見れば、明らかである。

最初の皇室典範有識者会議では、「質問は内容の確認程度のもの」(第5回議事要旨)とされ、具体的な質問項目は立てられなかったが〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai5/5gijiyousi.html〉、次の皇室制度有識者会議では、以下の6項目がヒアリング事項とされた。〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/pdf/120220koushitsu.pdf

1 象徴天皇制度と皇室の御活動の意義について
○現在の皇室の御活動をどのように受け止めているか。
○象徴天皇制度の下で,皇室の御活動の意義をどのように考えるか。
2 今後,皇室の御活動の維持が困難となることについて
○現在の皇室の構成に鑑みると,今後,皇室典範第12条の規定(皇族女子は,天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは,皇族の身分を離れる)などにより皇族数が減少し,現在のような皇室の御活動の維持が困難になることについて,どのように考えるか。(皇室典範改正の必要性・緊急性が高まっていると考えるが,このことについてどう思うか。)
3 皇室の御活動維持の方策について
○皇室の御活動維持のため,「女性皇族(内親王・女王)に婚姻後も皇族の身分を保持いただく」という方策について,どう考えるか。
○皇室の御活動維持のため,他に採りうる方策として,どのようなことが考えられるか。また,そうした方策についてどのような見解を持っているか。
4 女性皇族に婚姻後も皇族の身分を保持いただくとする場合の制度のあり方につ いて
○改正後の皇室の規模はどのくらいがふさわしいか。
○配偶者及び子の身分やその御活動についてどのようなあり方が望ましいのか。皇族とすべきか否か。
5 皇室典範改正に関する議論の進め方について
○皇室典範について,今回,今後の皇室の御活動維持の観点に絞り緊急課題として議論することについてどう考えるか。
6 その他
○女性皇族に婚姻後も皇族の身分を保持いただくとした場合,婚姻等が円滑になされるよう,どのような配慮が必要か。
○その他,留意すべきことは何か。

象徴天皇制と行動主義的天皇は同義なのである。先帝も今上も歴代天皇の歩みと憲法の理念、すなわち「祭り主」天皇と象徴天皇の両方を追求してこられたが、政府・宮内庁はそうではない。政府が目的とする「安定的な皇位継承」とは、すなわち行動主義的天皇の継承なのである。

実際、天皇の祭祀=私的活動と断じる一方で、過去の歴史にない「女性宮家」創設論を言い出した火付け役は、側近中の側近であった。今回の御代替わりでは、政府は祭祀にはノータッチで、もっとも重要なはずの賢所の儀の細目を宮内庁が決めたのは最後の最後だった。祭祀は厄介者扱いされているのだ。


▽3 議論の行方は目に見えている!?

公務軽減等有識者会議も同様だった。聴取項目とされた以下の8項目を概観すれば、126代にわたって続いてきた「祭り主」天皇の歴史とその意義など、政府・宮内庁の眼中にまったくないことが分かるだろう。〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/dai3/shiryo1.pdf

1 日本国憲法における天皇の役割をどう考えるか。
2 1を踏まえ、天皇の国事行為や公的行為などの御公務はどうあるべきと考えるか。
3 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として何が考えられるか。
4 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第5条に基づき、摂政を設置することについてどう考えるか。
5 天皇が御高齢となられた場合において、御負担を軽くする方法として、憲法第4条第2項に基づき、国事行為を委任することについてどう考えるか。
6 天皇が御高齢となられた場合において、天皇が退位することについてどう考えるか。
7 天皇が退位できるようにする場合、今後のどの天皇にも適用できる制度とすべきか。
8 天皇が退位した場合において、その御身位や御活動はどうあるべきと考えるか。

先帝の「譲位」の御表明のあと、この有識者会議が開かれ、やがて特例法が成立し、先帝は国民の意思に基づいて、「譲位」ではなく「退位」されたのである。そして今回の有識者会議である。議論の出発点は日本国憲法の国民主権主義以外にはない。政教分離の厳格主義に立てば、天皇の祭祀は取り上げようがない。

古来、固持されてきた男系継承主義の根拠は「祭り主」のほかには見出し得ない。したがって、「祭り主」天皇論を抜きにして、歴史と伝統に基づく皇位継承論を語ることは不可能であるが、政府が進める皇位継承論議は祭祀論を避けている。だとすれば、議論の行方は目に見えているのではないか。


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【関連記事】女系継承は天皇の制度といえるのか──皇室典範有識者会議を批判する(「正論」平成17年12月号から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2005-12-01

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台湾先住民の「粟の祭祀」調査。男系派こそ学びたい戦前の日本人の探究心 [皇位継承]


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台湾先住民の「粟の祭祀」調査。男系派こそ学びたい戦前の日本人の探究心
(令和3年3月23日、火曜日)
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▽1 オウンゴールをもたらす知的探究の不足

前回、皇位が男系で継承される理由は、天皇が祭り主であること、天皇の祭りが天神地祇を祀る多神教儀礼であることにあるなどと指摘したが、天皇が多神を祀り、祈ることは当然、米のみならず、米と粟を捧げて祈るという、皇室第一の重儀たる新嘗祭の中心儀礼の祭式と密接不可分の関係にある。「米と粟」を考えることなくして、皇統の男系主義の理由を探ることはできない。
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新嘗祭、大嘗祭がもし皇祖天照大神のみを祀り、皇室の弥栄を祈る一神教的な神事であるなら、天孫降臨神話に基づいて、大神を祀る賢所に稲の初穂を捧げて祈れば、それで十分のはずである。しかし実際は、祭神も祭場も祭式も多神教的に厳修され、それこそが天皇のお務めとされてきた。古代律令に「およそ天皇、即位したまはむときはすべて天神地祇祭れ」(神祇令)と明記されたとおりだ。

つまり、祭りの根拠を神勅にあるとする一神教的かつ演繹的な考えでは天皇の祭祀の実態を説明することはできない。したがって、一神教的見方を変えなければ、祭り主天皇の本質は理解できず、男系主義の意味も捉えられない。

ところが、まことに残念なことに、「米と粟」の客観的事実すらいっこうに理解が進まず、女系派はいうに及ばず、男系派も「稲の祭り」に固執している。大嘗祭が「米と粟の祭り」であることをいち早く指摘してきた研究者でさえ、「飢饉対策」と説明するばかりで、本義を深く理解しようとしない。これでは天皇の祭祀の実態から皇位継承の原理を探究する学問的アプローチなど夢のまた夢である。

とりわけ男系派を自認する知識人は自らの不明を自覚し、恥じることなくして、目の前の皇位継承問題を解決することは不可能だということを肝に命ずるべきだ。天皇の祭祀について謙虚に学び直すことなくして皇位の男系継承を守ることは不可能である。

その点、意外すぎるほど、戦前の日本人の方がはるかに学究的だった。以下にご紹介する、台湾先住民の「粟の祭祀」に関する調査報告書がそのことを端的に物語っている。

男系派の知識人には、戦前の日本人にもまさる知的意欲がいまこそ求められているのではないか。旺盛な学問的探究心を失えば、オウンゴールをもたらすだけである。もうこれ以上、敵失の山を築くのはやめるべきだ。


▽2 天皇はなぜ粟を供されるのかを探れ

天皇の祭りは秘儀とされてきた。卜部兼豊「宮主秘事口伝」には「大嘗祭者、第一之大事也、秘事也」(元治元年=1415年)と書かれている。このため平安前期の「貞観儀式」も大嘗宮でもっとも重要な神饌御親供について、「亥の一の刻、御饌を供す。四の刻、これを撤す」と記述するばかりで、詳細は略されている。

けれども一方、祭祀に直接関わる人たちが書き残した資料には、「米と粟」が明記されている。たとえば、京都・鈴鹿家に伝わる「大嘗祭神饌仮名記」(宮地治邦「大嘗祭に於ける神饌に就いて」)は、「御はん、稲、粟を三はしづつ、枚手に盛らせたまひて」と生々しく記録している。祭祀関係者は天皇の祭祀が「稲の祭り」ではなくて、「米と粟の祭り」であることを知っている。

ところが、近現代の文献には「粟」が見出せない。もともとが秘事であり、一般人の知らぬ間に、「米と粟の祭り」は「稲の祭り」に書き換えられている。平成の御代替わりに内閣官房、宮内庁がそれぞれまとめ上げた公式記録は、大嘗祭を「稲作社会の収穫儀礼」と説明しているのみである。

むろん祭祀から「粟」が消えたわけではない。昭和天皇の祭祀に携わった宮内省掌典の八束清貫は、「(新嘗祭の神饌で)なかんずく主要なのは、当年の新米・新粟をもって炊いだ、米の御飯(おんいい)および御粥(おんかゆ)、粟の御飯および御粥…」(八束「皇室祭祀百年史」=『明治維新神道百年史第1巻』1984年所収)と解説している。

また、昭和、平成期に天皇の祭祀に関わった掌典職の職員らによると、ほとんど知られていないことだが、宮中三殿での祭祀は米が神饌に供される一方、神嘉殿の新嘗祭および大嘗祭の大嘗宮の儀では米と粟が捧げられるという。

実態として昔も今も皇室第一の重儀は「米と粟の祭り」であるのに、なぜ「粟」の存在は無視されるのか。そもそも粟とは何か、なぜ天皇は粟を捧げて祈られるのか、皇位継承の核心に関わることであるならば、男系派は是が非でも科学的に探究すべきである。


▽3 台湾総督府の学術報告書に載るパイワン族の「粟祭」

国会図書館のデジタルコレクションに、台湾総督府蕃族調査会が調査し、まとめた『番族慣習調査報告書』『蕃族調査報告書』と題するレポートが何冊か収められている。そのなかの『番族慣習調査報告書 第五巻第三冊』(大正11年)には、台湾原住民のひとつ、「ぱいわぬ族」(パイワン族)の宗教・祭祀について記述されている。

同書によると、パイワン族は宗教面において、ほかの種族と比較して、きわめて進歩しているのだという。霊の存在を信じ、霊に対して飲食を供して祀り、祈願する慣習を持っている。

祭祀の種類はとくに多く、祖先祭祀のほか、雨乞いなど天候に関するもの、土地の異変や集落の凶事を鎮める祭祀などがある。

農業に関する祭祀として、まずあげられるのは粟に関する祭祀で、播種前祭、播種後祭、収穫前祭、収穫後祭の4種があり、収穫後祭は、もっとも重視される祖先祭祀の「五年祭」に次ぐ大祭として位置づけられている。日本人には「粟祭」として知られ、五年祭と同様、共同で行われる。

祭祀において霊に捧げられるのは、祖先が常日頃、食していたもので、常儀では豚の脂肪や骨が用いられる。盛儀では、このほか粟の穂、粟酒、粟餅、さらに豚の生贄が捧げられる。

粟や稗、芋に関する祭祀が行われるのは、これらがパイワンの主食物だからである。彼らが信ずるところでは、粟などをつかさどる神霊がいて、上天にあって下界を照らし見て、作物の稔りを保護している。そのため豊穣を願い、災厄のないよう祈りが捧げられる。

粟に関する祭祀は、農作物に関する祭祀のなかでとくに重視され、どこでもかならず行われる。収穫後祭は収穫ののち数日にわたって行われ、粟の団子が作られ、これを石焼きにし、また粟の雑炊が作られ、新粟が粟神と祖先に捧げられる。

日本の「常陸国風土記」には民間に「粟の新嘗」があったことが記述されているが、パイワンの粟祭とのつながりはあるのか。滋賀県大津市・日吉大社の山王祭には「粟津御供」が登場し、古人が土地の神に粟飯を供したことを今に伝えているが、パイワン族との共通性はあるのだろうか。


▽4 女性天皇・女系継承容認を阻む祭祀研究の深まり

私が宮中祭祀の「米と粟」に興味を持ったのは、平成の御代替わり時に、大嘗祭について解説するため、神社本庁が編集発行したパンフレットを手にしたことだった。

大嘗祭は「稲の祭り」ではなく、「米と粟の祭り」であることが正確に説明されていたのは、さすがであった。致命的な誤植があったのは残念だが、そのおかげで「米と粟」は、私の脳裏に強烈な印象を残してくれた。

しかしなぜ米だけではなく、米と粟なのか、粟とは何か、神道人も神道学者も教えてはくれなかった。考えるヒントを与えてくれたのは、民俗学者であり、文化人類学者だった。いち早く「米と粟」に注目した神道学者は多くを語らず、近年の解説は科学的センスが感じられるものではない。

粟の新嘗に関する神道学上の文献は、私が知るかぎり1本しかない。それだけではない。平成の御代替わりの諸儀礼に掌典として参加した著名な神道学者が残した解説書は、資料編では「米と粟」を正しく記録しながら、本文では「稲作儀礼」と説明していた。なぜそうなるのか、まったく理解に苦しむ。

そのことからすると、台湾総督府が台湾先住民の粟の祭祀について調査報告していたのは、いやでも高く評価される。男系派は先人たちの知的探究心を謙虚に学ぶべきではないか。繰り返しになるが、学問的な未熟が敵失をもたらし、過去にない女系継承容認論の跳梁跋扈を招いてきた。その失敗をこれ以上、繰り返してはならない。天皇の祭祀についての知的探究こそ、女性天皇・女系継承容認の防波堤となる。


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【関連記事】精粟はかく献上された──大嘗祭「米と粟の祭り」の舞台裏(「神社新報」平成7年12月11日号から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1995-12-11-1

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政府が「皇位継承」有識者会議開催へ。正念場を迎えた男系派の覚悟は? [皇位継承]

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政府が「皇位継承」有識者会議開催へ。正念場を迎えた男系派の覚悟は?
(令和3年3月21日、日曜日)
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政府は先週16日、延び延びになっていた皇位継承に関する有識者会議(「天皇の退位に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議)を設置し、第一回会合を今週にも開催することを閣議決定した。〈https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202103/16_a.html

今回の御代替わりは皇室典範特例法による。明治以後、天皇の譲位は制度として否定されてきたが、平成29年6月に「退位」を認める特例法が成立した。その際、「安定的な皇位継承の確保」のため「検討」を行うことを政府に要求するなどの「附帯決議」が可決された。このときの官房長官がいまの菅総理で、法案可決の際、菅氏は「附帯決議の趣旨を尊重したい」と述べていた。
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それから4年、内閣も代わって、政府はようやく動き出したのだが、とくに男系派にとっては待ったなしの正念場を迎えることとなった。前回も申し上げたが、形勢逆転の方策を真剣に模索しなければ歴史に禍根を残すことになる。その覚悟が男系派にあるのかどうか、本気度が問われている。


▽1 官僚主導の政治的通過儀礼であることは明らか

「附帯決議」は3項目から成り立っていた。うち、皇位継承に関するのはふたつである。

ひとつは、政府が、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について検討し、結果を国会に報告すること。ふたつ目は、その後、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うことの2点である。〈https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119304024X03120170601

過去の歴史にない「女性宮家」が、国会の議事録にカギカッコなしで載っていることは、きわめて重大である。皇室用語として存在しない「女性宮家」が、政治の世界ではすでに市民権を得ている。この惨状を覆さなければならないが、そのために要するエネルギーたるや生半可ではない。

秋までに予定される解散総選挙や自民党総裁選などの政治日程と絡みながら、歴史を無視した皇室改革の議論が一気に進んでいくのかどうか、予断は許されない。

報道によると、有識者会議のメンバーとなるのは6人。それぞれ華麗なキャリアの持ち主で、いわゆる「生前退位」有識者会議のメンバーも含まれており、議論の継続性が予想されるが、逆に皇室研究の専門家はいない。したがって、政治的通過儀礼としての検討会議が官僚主導で進められるであろうことは目に見えている。

官僚たちには基本的に、126代続く天皇の歴史と伝統を重視する姿勢はない。日本国憲法が発想の原点であり、国事行為ほか御公務を行う象徴天皇=特別公務員としての地位の安定化が官僚たちの目的のすべてである。

行政や司法のトップを任命し、法律や条約を公布し、国会を召集するなどの国事行為を行うのに、男女の別はあり得ない。憲法を出発点とする2.5代象徴天皇論からは、男系継承維持の考えは生まれようはずはない。官僚主導の皇位継承論では、皇室の歴史と伝統に立つ男系固守の皇統は一顧だにされず、弊履のごとく捨てられるだろう。


▽2 祭祀の意味と意義を追究せずに形勢逆転はあり得ない

つまり、男系継承が今後も維持されるためには、なぜ皇位は男系で維持されてきたのか、現代人に十分に理解されなければならない。男系によって126代続いてきた過去の意味のみならず、現代的な価値が見出されなければならない。

古くはスメラギ、スメラミコトと拝され、祭り主とされてきた天皇とは何だったのか、探求の努力を男系派はどこまで真剣に行ってきたのかが問われているのではないか。

仏教公伝に際して、伝統主義に立つ物部らは「我が国家(みかど)の、天下に王(きみ)とましますは、恒に天地社稷(あまつやしろくにつやしろ)の百八十神(ももあまりやそかみ)を以て、春夏秋冬、祭拝(まつ)りたまふことを事(わざ)とす」と反論、反対したと記録されている。

承久の変前夜、皇室存亡の危機にあって、順徳天皇は「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(禁秘抄)と書き記し、歴代天皇は仏教に帰依してもなお、祭祀第一主義を貫いてこられた。天皇は皇室の歴史と伝統に従えば、祭り主なのである。

天皇の祭りは特定の信仰に偏した特定の宗教儀礼ではない。皇室第一の重儀たる新嘗祭は皇祖神のみならず天神地祇を祀り、ひたすら国と民のために祈りが捧げられる。一世一度の大嘗祭で、天皇は「伊勢の五十鈴の川上に坐す天照大神、また天神地祇、諸の神に明らけく曰さく」と祈られる。

天皇の祈りは一神教の祈りでもなければ、一身のための祈りでもない。天皇はあらゆる神々に対して、「国中平らかに、民安かれ」と無私なる祈りを捧げられるのである。

そうした古来、続いてきた皇室の天皇観と実践にこそ、男系主義の意味と意義は見出される。126代祭り主天皇観以外に、男系主義の核心部分は見出し得ない。

男系主義は、正確に言えば、女性天皇否定ではない。過去の歴史において否定されているのは、愛する夫がいる、あるいは妊娠中、子育て中の女性天皇である。なぜそうなのか、天皇の公正かつ無私なる祈りとはいかなるものなのか、追究せずに、女性天皇・女系継承容認に席捲された現状を逆転させることは不可能だろう。男系派は大胆不敵に挑戦しなければならない。


【関連記事】女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2021-03-14
【関連記事】八木秀次教授の「皇位継承論」は女系容認論にどこまで有効なのか?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-05-04
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女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか? [皇位継承]

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女系派が大多数を占める今日、男系維持派は何をすべきなのか?
(令和3年3月14日、日曜日)
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「皇太子殿下(今上天皇)の次の世代の皇位継承資格者がおられない」という「皇統の危機」が過剰に意識され、問題解決のために宮内庁内で資料収集・研究が開始されたのは、平成8年ごろのことらしい。
皇居二重橋.jpeg
しかしその方向性は、皇室の歴史と伝統に従って、男系を維持するための方法を模索するものではなかった。側近たちは日本国憲法に基づく「象徴天皇制」維持を錦の御旗に掲げ、歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設をも要求していったのである。

官僚たちは御用学者を首尾よく味方につけ、開明的なマスコミ人に情報を小出しに流し、官界-学界-マスコミのトライアングル体制を整えて、男系維持否定=女系容認の世論を作り上げていった。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づくのだから、世論こそ重要なのだった。

最初に目をつけられたのは、私も一時期、関わっていた、政財界のVIPに読者を限った会員制総合情報誌であり、当時随一の皇室記者だった。政府内で非公式研究が始まってから1年後、侍従長が編集部に「会いたい」と接触を試みてきて、やがて「『皇室典範』改定のすすめ──女帝や養子を可能にするために」という記事が出来上がった。情報リークと世論操作の第一歩である

記事は、「皇族女子は結婚すれば皇族の身分から離れるが、これを改め、天皇家の長女紀宮(注:清子内親王)が結婚して宮家を立てるのはどうか。そこに男子が誕生すれば、男系男子は保たれることになる」と締め括られていた。「男系」と「女系」を混同する致命的欠陥はあるが、「女性宮家」創設の提案をも含んでいたのはきわめて先駆的だった。侍従長らの第一の目的は達成された。

側近たちの攻勢はその後、25年間、陰に陽にずっと続いてきた。そして、多数派が着実に、確実に築かれていった。劣勢の男系派は瀬戸際にまで追い詰められている。


▽1 祭り主天皇はもはや存在しない

朝日新聞社総研本部・中野正志主任研究員の『女性天皇論─象徴天皇制とニッポンの未来』(朝日選書) が出版され、話題になったのは平成16年。冒頭の書き出しはいかにもショッキングだった。

「天皇制を廃止したければ、ただ待っていればよい。天皇制が消滅する日もそう遠くないからだ」

中野研究員は女性天皇容認が天皇制廃止論と結び付いていることを明言していた。宮内官僚が主導する女帝容認、女系継承容認はとりも直さず天皇制の終焉なのである。側近たちは皇室をお守りするどころか、謀叛による宮廷革命を画策していたのだ。しかし中野研究員の所論はそれゆえに左派の支持を確実に獲得し、女帝容認論は天皇制反対の衣を纏い、多数派を形成していったのだろう。

4年後の平成20年春、原武史・明治学院大学教授(元日経記者)が宮中祭祀廃止論「皇太子一家『新しい神話づくり』の始まり」を月刊「現代」(特集「危機の平成皇室」)に載せた。論攷には、「宮中祭祀の廃止も検討すべき時がきた」という、これまたセンセーショナルなサブタイトルがついていた。

原教授は、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)とする、天皇は祭り主であり、祭祀こそ天皇第一のお務めであるという皇室の伝統的な考え方に、真っ向から挑戦し、読者を挑発した。

危機的な状況にある皇室は、形骸化した祭祀を抜本的に見直してはどうか。ネットカフェ難民を直接救済し、格差社会の救世主になるなら、皇室への関心が広げられると主張したのだ。原教授にとっての皇室は、悠久なる歴史を紡いできた皇室ではもはやない。いや、祭祀廃止論の震源地は原教授ではないのだろう。原教授は危機を煽られ、廃止論を書かされたということではないか。

それから10年、愛子内親王殿下が18歳になられた令和元年の暮れ、こんどは文春オンラインに、河西秀哉・名古屋大学大学院准教授のインタビュー記事が載った。河西准教授は女系継承容認のみならず、長子優先主義への転換を主張していた。

河西准教授は『近代天皇制から象徴天皇制へ』などの著書で知られる売れっ子研究者だが、その皇室論には、皇室第一の務めとされてきた祭祀論が欠落している。祭祀廃止論ではなくて、そもそも祭祀は研究対象にない。歴史的な存在としての祭り主天皇は存在していないのである。

つまり、皇室をめぐる言語空間はこの25年で一変したのである。そして過去の歴史にない女系継承容認が社会の隅々に浸透したのである。


▽2 松井秀喜NY開幕戦満塁弾のような一発を

環境の激変を端的に示したのが、河西准教授インタビューの半年前、令和元年6月に発表された日本共産党・志位和夫委員長のインタビュー「天皇の制度と日本共産党の立場」(聞き手は小木曽陽司赤旗編集局長)だ。〈https://www.jcp.or.jp/web_policy/2019/06/post-807.html

志位委員長によると、共産党はすでに2004年(平成16年)の綱領改定で、以前の「君主制廃止」を削除している。憲法上、日本は国民主権の国なのであって、君主制の国ではない。廃止を訴える必要はないからだ。天皇の地位の根拠は「万世一系」ではなく、主権者・国民の総意に基づく。したがって国民の総意が変われば、天皇の地位も変わる。天皇・天皇制は国民の完全なコントロールのもとにある。

将来、日本国民が、「民主主義および人間の平等の原則」と両立しない天皇制の廃止を問うときが必ずやってくるだろうが、そのとき党は、「民主共和制の政治体制の実現」を訴える。しかし同時に、答えを出すのは、あくまでも主権者である。その間、長期にわたり、天皇制と共存するとき、「国政に関する権能を有しない」という規定の厳守が原則となる。

「皇室典範」の改正も、「日本国憲法の条項と精神に適合する改正には賛成する」。したがって憲法に照らして女性・女系天皇を認めることに賛成する。多様な性をもつ人々で構成される日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもない。「皇室典範」を改正し、女性天皇を認めることは、憲法に照らして合理性をもつ。女系天皇も同じ理由から認められるべきだ。

つまり、日本国憲法のもとで国民主権国家に変わっている以上、天皇制廃止を急ぐ必要はないが、女性天皇・女系継承は憲法上、認められるべきだというのが共産党の立場ということになる。古来、男系で継承されてきた、歴史的存在としての天皇のあり方は完全に否定されている。

しかしこの日本国憲法的象徴天皇論、皇位継承論こそ、宮内官僚らが推進する女性天皇、女系継承容認と同工異曲なのである。官僚たちが求めるのは、祭祀を行う祭り主天皇の皇位継承の安定化ではなく、憲法に基づく御公務を行う特別公務員の安定的人的確保であって、当然、男女差は問われない。

結果として、平成10年当時の世論調査では「女子が天皇になってもよい」は5割程度だったのが、いまや女性天皇、女系継承容認は8割を超えると報道されている。

ならば、である。男系派が分の悪い状況を打開し、一発逆転を図るにはどうすればいいのだろうか。

男系固守派は古いオヤジ連中が、古臭い考えに固執し、時代遅れの手法を用い、内向きの運動でお茶を濁しているとたいてい見られている。それだと、渡米した松井秀喜がNY開幕戦に放った目の覚めるような満塁弾など夢のまた夢である。新しい葡萄酒には新しい皮袋が求められるのに、どっちも見当たらない。清新な陣容と新鮮な主張、斬新な手法が何としても必要なのである。

具体的に指摘すべきこと、提案したいことはもっとあるが、ここに書けば手の内をさらし、敵失になりかねないので、このあたりで筆をおくことにする。


【関連記事】天皇の祭祀を完全無視する河西秀哉准教授の「愛子さま天皇」容認論〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-03-21
【関連記事】天皇制をやめるんですか──伊藤智永・毎日新聞編集委員の皇室記事を読んで〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2020-01-05
【関連記事】〈第1期〉「皇統の危機」を背景に非公式研究開始──4段階で進む「女性宮家」創設への道〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2017-09-23
【関連記事】もっとも先駆的な記事──「女性宮家」創設の本当の提案理由 5〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2017-05-29?1615765977
【関連記事】4段階で進む「女性宮家」創設への道──女帝容認と一体だった「女性宮家」創設論〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2012-06-09-1
【関連記事】原武史教授と宮内官僚の連係プレー──宮中祭祀廃止論の震源〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2008-06-24
【関連記事】宮中祭祀を廃止せよ?〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2008-04-15
【関連記事】女系継承は天皇の制度といえるのか──皇室典範有識者会議を批判する(「正論」平成17年12月号から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2005-12-01
【関連記事】女系は「万世一系」を侵す──「神道思想家」葦津珍彦の女帝論(「論座」1998年12月号特集「女性天皇への道」から)〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/1998-12-01

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