SSブログ
生前退位 ブログトップ

もっぱら「退位」を検討した「負担軽減」会議の矛盾──有識者会議の最終報告書を読んで [生前退位]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2017年4月23日)からの転載です

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もっぱら「退位」を検討した「負担軽減」会議の矛盾
──有識者会議の最終報告書を読んで
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 おととい、天皇の公務の軽減等に関する有識者会議の最終報告書が安倍総理に提出された。昨秋以来、短期間の間によくぞここまでまとめられたものだと思う。関係者各位のご努力にまず敬意を表したいと思う。

 ただ、報告書の中身を眺めていると、結局のところ、「天皇の公務の軽減等に関する」という会議の名称とは完全に相違し、もっぱら「退位」問題の検討に終始したのだとあらためて感じ入っている。


▽「退位ファースト」になった理由

 報告書は以下のように6章立てになっている。1はいわば序章だから、6章以外本論はすべて「退位」問題だということになる。

 1 最終報告のとりまとめに至る経緯
 2 退位後のお立場等
 3 退位後の天皇およびその后の事務をつかさる組織
 4 退位後の天皇およびその后に係る費用等
 5 退位後の天皇のご活動のあり方
 6 皇子ではない皇位継承順位第一位の皇族の称号等

 なぜ「退位ファースト」の会議になったのか。報告書がいちおう説明するところによれば、こうである。

 まずご負担軽減について検討するようにという安倍総理の要請を出発点として、有識者会議は議論を重ねてきた。軽減策にはさまざまな方策があることがわかったが、今年3月、衆参正副議長による「『退位等についての立法府の対応』に関する議論のとりまとめ」が政府に伝えられ、安倍総理が直ちに特例法立案に取り組む発言があったのを踏まえ、関連する課題について議論を進めてきた、というのである。

 ここにはメディアが伝えてきた、陛下による「生前退位」の御意向表明や昨年8月のお言葉がない。一連の動きは陛下のお気持ちが出発点であることは誰の目にも明らかなのに、その事実にはフタをするかたちで議論が進められ、報告書がまとめられている。

 それはなぜかといえば、天皇は「国政に関する権能を有しない」とする憲法上の制約があるからだろう。天皇の発議によって新たな法制度をつくるなどということは憲法上あり得ない。あえて行うというなら、皇室典範どころか、まずは憲法を改正するのが筋である。

 この法的な制約を打開しつつ、陛下の御意向に添うにはどうすればいいのか、関係者にとっては最大の苦心だったろう。会議の名称が「退位」でなかったのもその結果だろう。

 逆にいえば、なぜそこまで手の込んだ援護を必要とするむずかしい事態に立ち至ったのか、である。


▽翻意を促すべきだった

 おとといの日経新聞は、その辺の事情を浮かび上がらせていて、おもしろい。

 退位のご意向が宮内庁から官邸に伝えられたのは平成27年10月ごろだったが、「即位と退位の自由は憲法上、認められない」が官邸側の結論で、同年暮れの誕生日のお言葉での表明も見送られた。官邸サイドは風岡宮内庁長官に「摂政ではダメか」と繰り返し陛下の翻意を促したが、否定的な返答しか返ってこなかった。

 そこへ昨年7月、NHKのスクープ報道があり、官邸は方針転換を余儀なくされていった、と伝えている。とすると、あのスクープは誰が何の目的でリークした結果だったのか。日経によれば、情報提供者は長官でも次長でもないらしい。

 さらに日経は、8月8日のお言葉の作成段階に、異例にも安倍総理が関与したことを伝えている。「宮内庁の初稿は海外の退位事例を紹介するなど、陛下の退位の意向があらわになる文面だった」から、官邸は削除を要求した。

 なるほど陛下ご自身が発表されたメッセージは、メディアが「退位の意向をにじませた」といくら報道しても、「退位」表明と素直に読めないのは道理である。文章のつながりが不自然に感じられるところがあるのは、削除の結果だったろうと想像される。

 ここでどうしても指摘しなければならないのは、宮内庁トップの役割である。退位の否認は官邸のみならず、宮内庁の方針でもあり、国会でもそのように何度も答弁してきたはずである。長官は職を賭してでも翻意を促すべきではなかったか。

 もうひとつ、なぜ陛下は憲法や皇室典範の規定に基づく、従来の政府の方針にまっこうから抵抗なさるような「譲位」表明をなさることになったのだろうか。皇位継承以来、何度も「憲法を守る」と表明されてきたはずなのにである。最大の謎といえる。


▽もう時間がない

 ともかく来年12月には御代替わりがやってくることは確実らしい。即位の礼・大嘗祭は再来年の秋という日程になるだろう。ある宮内庁OBによると、御代替わり儀礼を瑕疵なく執行するには、祭儀を担当する職員の人数を増やす必要があるし、練習も必要で、来年の新嘗祭を経験させる必要があるという。

 そのことは当然、来年度の予算にも関わってくる。宮廷費、内廷費の増額が必至である。だとすると、今年夏に来年度予算の概算要求があり、12月に財務省原案が策定され、政府案が閣議決定されるというタイムスケジュールにあわせて、作業を急ぐ必要がある。

 ましてや御代替わり諸儀礼の正常化を願うなら、実質的にはほとんど時間的余裕はない。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

世論誘導に簡単に乗る「生前退位」支持派の人々 ──小林よしのり先生のブログなどを読む [生前退位]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.9.8)からの転載です

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世論誘導に簡単に乗る「生前退位」支持派の人々
──小林よしのり先生のブログなどを読む
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「生前退位」論議がどんどん先走りしている。

 ご意向の実現には典範改正か特措法かという議論もさることながら、こんどはNHKの報道が今年の新聞協会賞に選ばれたという。

 たしかに「国民的議論を提起した。与えた衝撃は大きく、皇室制度の歴史的転換点となり得るスクープ」(授賞理由)かも知れない。だが、もともと宮内庁関係者によるリークだろうし、それどころか宮内庁幹部たちが仕掛け人ともいわれる。格調高い皇室報道というにはほど遠く、不審さがぬぐえないスクープは、受賞に値するのだろうか。

 それにしても、どうにも分からない。陛下の本当のお気持ちは「生前退位」(「退位」「譲位」ではない)なのか。ビデオ・メッセージは、なぜ「生前退位」の表明と簡単に解釈されているのだろうか。

 ここでは「生前退位」支持派の代表格といえる漫画家の小林よしのり先生のブログ〈http://yoshinori-kobayashi.com/category/blog/〉などを読み、検証してみたい。

 結論からいえば、根拠らしいものはほとんどないように見える。メディアを利用し、「生前退位」論議を仕掛けたらしい知恵者の誘導に、まんまと乗せられているのではないか。あるいは逆に、陛下のお気持ちとされるものに便乗しているのか。


▽1 報道に一片の疑問も感じていない不思議

 NHKがスクープした先月13日、小林先生はさっそく「おそるべき天皇、生前退位の真相」〈http://yoshinori-kobayashi.com/10725/〉を書いている。

 ブログは冒頭、「天皇陛下が『生前退位』のご意向を示されたという報を聞いて、思わず身震いした。まったくおそるべき陛下です」に始まる。

 この日、夜7時のNHKニュースは、「天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る『生前退位』の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました。数年内の譲位を望まれている……」と伝えた。

 ほかのメディアも後追いし、たとえば朝日新聞は、「天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る『生前退位』の意向を示していることが、宮内庁関係者への取材でわかった」と伝えている。

 陛下への直接取材は不可能だから、あくまで「宮内庁関係者」を通じた二次情報なのだが、小林先生のブログでは、ご意向は明々白々な既成事実となってしまう。

 ブログは「このご意向を、このタイミングで発表されたこと自体に、陛下のおそるべき覚悟を察しなければなりません」と続く。「このタイミング」とはどういうタイミングなのか、わかりづらい。しかも「発表」ではなくて「リーク」だろう。「リーク」なら「陛下の覚悟」とはいえない。それとも陛下が「リーク」させたのか。そんなことはないだろう。

 先生は、8月4日のブログでは、「男系男子」にこだわる日本会議を「国賊集団」と罵倒し、最大級の激しい批判を加えているのに、議論のきっかけとなった「生前退位」報道には一片の疑問すら感じていないらしい。不思議といわねばならない。


▽2 「生前退位」なる皇室用語はない

 もともと「生前退位」なる皇室用語はない。NHKニュースには「譲位」もあるが、同義とみるべきだろうか。同じ意味なら、なぜ「譲位」と表現せずに、聞き慣れない新語を用いるのか。誰がそう表現したのか。陛下か、「宮内庁関係者」か、それともNHKか。

 8月28日のメルマガに書いたように、国会審議では昭和58年3月に参院予算委で江田五月議員が使用したのが最初らしい。

 その後、国会答弁に立った宮内庁幹部は「生前退位」という表現を避けてきた。

 昭和天皇はたいへんお元気である。皇室典範は退位の規定を持たない。天皇の地位を安定させるためには退位を認めないことが望ましいと承知している。摂政、国事行為の臨時代行で対処できるから皇室典範を再考する考えはない、というのが当時の宮内庁の姿勢だった。今日とはまったく正反対である。

 だとすると、なぜいま「生前退位」なのか。先例が破られ、方向転換するのは、ご意向だからなのか。昭和40年代、昭和天皇が、側近が進める祭祀簡略化に対して、「御退位」「御譲位」のご意向を示されたことが「入江日記」(昭和48年2月9日)に記録されているが、当時の宮内庁当局者は実現しようとはしなかった。

 まして先帝と同様、皇室の伝統を大切にされてきた今上陛下がみずから、歴史にない「生前退位」と仰せになるとは思えない。とすれば、陛下のお気持ちを、誰かがある種の意図をもって、「生前退位」と言い換えたのであろう。少なくとも、陛下のご意向とされているものと本当のお気持ちとは別だ、と考えなければならないのではないか。

 今上陛下が「生前退位」のお気持ちを示されたのではなくて、陛下のお気持ちが「生前退位」と表現されたのであろう。それは誰によってなのか。「宮内庁関係者」か、NHKか。目的は何なのか。

 私ならどうしてもそのように推論せざるを得ないのだが、小林先生はまるで火を見るより明らかだといわんばかりに、陛下の「生前退位」のご意向を慮り、皇室典範改正論議へと大胆に話を進めている。

「現行の『皇室典範』は天皇の譲位を認めていないため、天皇陛下のご意向をかなえるには『典範改正』は必須です」

 正確にいえば、日本憲法第2条は「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めている。だが、現行の皇室典範には退位規定がない。そのため典範改正が必要だという先生流の結論が導かれるのだろう。

 しかし、そうでもない。


▽3 つきまとう胡散臭さ

 小林先生と同様、「生前退位」支持派の1人に所功先生がいる。両先生は女系継承容認でも一致している。

 そのお二人の対談が「週刊ポスト」8月5日号〈http://www.news-postseven.com/archives/20160725_432414.html?PAGE=1#container〉に載った。

 小林先生が「皇太子殿下が継ぐのだから、そのあとは直系の子である愛子さまが継ぐのがいちばん自然だ。男系絶対という古い風習に囚われるべきではない」と持論を展開すると、所先生は「いまはまず、陛下のご意向実現を最優先に考え、皇室典範第4条を終身在位に限らず、生前退位を可能にするよう的を絞るべきだ」と応じている。

 所先生もまた、「生前退位」報道を無批判に受け入れているらしいことが分かる。

 そういえば、「女性宮家」創設論議のきっかけとなった読売新聞の特ダネでも、同様のことが起きたのを思い出す。

「羽毛田長官が野田首相に伝えた」というスクープは長官本人によって強く否定された。歴史に前例のない「女性宮家」を、いったい誰が、何の目的で言い出したのか。提案者がかげに隠れたまま、わずか数か月後には有識者ヒアリングがスタートし、男系維持派と女系継承容認派との甲論乙駁が繰り返された。

 そして、いままた両者の対決が始まったのである。

 皇室制度は国家の基本中の基本である。であるからには、その変更には公明正大な議論が望まれる。それなのになぜこうも胡散臭さがつきまとうのか。


▽4 退位が認められない理由

 話を戻すと、皇室典範改正は簡単ではない。

 所先生も代表編者として参加し、まとめられた『皇室事典』(皇室事典編集委員会、平成21年)には次のように説明されている。

「退位規定 『皇室典範』に退位条項はない。天皇の地位は国民の総意に基づくものとされ、天皇個人の発意があっても『国民統合の象徴』は、国民の総意がなければ退位できないと解される。『皇室典範』の審議過程で天皇の自由意思で退位を認めるとすれば、退位に対応する即位辞退の自由も認めなれれば一貫しない。即位は憲法、典範の規定に基づいており、象徴の安定性からいっても自由意思は認められない。退位や即位の自由を認めれば、誰も即位しないことも考えられ、皇位は不安定になるなどとして、退位規定は入れられなかった」

 この項目の執筆者は高橋紘・元共同通信記者(故人)である。高橋氏も女系継承容認派の1人だった。

 小林先生は7月13日のブログで、「皇室典範改正は国会が決めること」で、「天皇陛下が直接、改正を要求できない」ので、「ご高齢になったことから、『憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ』として譲位のご意向を表明された」とお気持ちを推量している。

 だが、少なくとも『皇室事典』によれば、天皇の自由意志による退位を認めないというのが憲法および皇室典範の精神なのである。

 陛下はお言葉で「象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ」られたが、制度的安定のために「生前退位」を法制化し、その結果、皇位の不安定化を招くとしたら、矛盾以外の何ものでもないだろう。


▽5 お気持ちの尊重ではなく便乗か

 陛下のご意向を想像するのは自由だが、匿名のリークを元にし、歴史に例のない「生前退位」なる造語で伝えられたご意向報道を鵜呑みにするかのように、小林先生は、「現在の状態で譲位すると次の皇太子がいないという事態になります」「典範改正となると、女性天皇・女性宮家を認め、愛子さまを皇太子にしようという議論が浮上しないわけにはいきません」と議論をどんどんエスカレートさせている。

 繰り返して強調するが、「生前退位」なる言葉は少なくとも皇室の歴史にはない。皇室の伝統を重んじる陛下ご自身が「生前退位」と仰せになるとは思えないし、かつての宮内庁は「生前退位」を避けてきた。

 とすれば、ご意向を「生前退位」と言い換えて表現した誰かがいるはずで、報道を丸呑みにすることはできない。まして、女系継承=「女性宮家」創設容認論へと引き込むのは我田引水そのものだろう。陛下のご意向を尊重するのではなくて、逆に便乗していることにならないか。

 小林先生は8月8日のブログでは、政府内で浮上した特別立法案に反対を表明している。いわく、「なんとしても『皇室典範改正』を妨害したいらしい。典範改正の折に、女性宮家を創設せざるを得なくなることを恐れているのだ」。

 さらに8月21日のブログでは、「これは天皇陛下と安倍政権の戦争なのである」と、安倍内閣の特別立法案に敵対姿勢を一段と強めている。

 小林先生の反対表明は理解できなくもないが、「生前退位」論議を超えて、女系継承容認=「女性宮家」創設を実現させたい先生ご自身の並々ならぬ決意を浮かび上がらせる。


▽6 息を吹き返した女系継承容認論

 小林先生が7月13日のブログで、「天皇の譲位が禁止されたのも、女性天皇が禁止されたのも、たかだか明治の皇室典範からのことで、長い皇室の歴史から見れば、わずかな期間に過ぎないのです」と解説するのはなるほど正しい。

 けれども、いままさに議論されている「生前退位」(「退位」「譲位」ではない)は、ご公務をなさる天皇の行動主義が前提となっているのであり、天皇がほとんど御所からお出ましにならなかった近世まではあり得なかった。

 明治になり、ヨーロッパの王制に学んで近代君主となり、行動主義を原理とするようになったからこそ、高齢化に伴う制度のあり方が問われるのである。

 古来の祭り主というお立場から立憲君主となった明治以後の天皇のあり方を否定するのなら、「国会議員は、今度こそ天皇陛下のご意向をくんで、皇室典範の改正を行わなければなりません!」(7月13日のブログ)とは別の選択肢もあり得るだろう。

 ところが、現実は、NHKのスクープによって、すっかり下火になったはずの女系継承容認=「女性宮家」創設論をふたたび燃え上がらせたのである。リークの目的は、「生前退位」のお気持ち実現より、むしろそこにあったことを疑わせる。

 そして果たせるかな、小林先生らの女系継承容認論が息を吹き返したのである。

 だから胡散臭いのである。女系継承容認論者にとっては待ちに待ったチャンス到来であり、お気持ち報道のいかがわしさなど、どうでもよいということになるのだろうか。


▽7 お言葉は「生前退位」の表明か

 8月9日のブログは、前日、陛下のビデオ・メッセージを拝した先生の感想である。

「天皇陛下のお言葉を聞いて、ただただご希望どおりにして差し上げたいと思ったのは、わしも一般国民とまったく同じである。

 陛下のこれまでの『全身全霊』の国民のためのお務めに、素直に感謝しているから、そのお礼に皇室典範を改正してあげたい。政府は早急にこれに取り組んでほしい。

 そう願わずにはいられなかった」

 いかにも忠良なる臣民を思わせる文章だが、ここには「生前退位」の「せ」の字もない。陛下はお言葉で「生前退位」のお気持ちを表明された、と完全に信じ切っているからか。マスメディアもおおかた同様だから、仕方がないかも知れない。

 しかしお言葉は正確には「象徴としてのお務めについての……」と題され、「生前退位」ではない〈http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12〉。むろんお言葉のなかに「生前退位」という表現は用いられていない。

 NHKのスクープ報道に由来する先入観念を排して、お言葉を素直に読めば、陛下は「天皇もまた高齢となった場合、どのような(象徴天皇の)あり方が望ましいか」を問いかけられたのではないか。

 陛下は、身体の衰えから象徴としてのお務めを果たしていくことが難しくなるのではないかと案じられ、一方で、国事行為や公的行為の縮小、摂政を置くことにも疑問を投げかけられ、また、ご大喪関連行事が長期にわたって続くことにも言及し、懸念を示されたうえで、象徴天皇の務めが安定的に続くことを念じられたのだ、と私は思う。

 陛下は仰せになった。「これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるか」

 これを「生前退位」の表明と読むのは単純すぎないだろうか。「譲位」のご意向があるとしても、それはお気持ち全体の一部なのではないか。

 一部を拡大解釈し、過去に例のない「生前退位」表明と決め込んで、その実現のため、やれ典範改正だ、いや特別立法だと突き進み、あわよくば女系継承=「女性宮家」創設をも実現しようと企てる、匿名の仕掛け人たちの思惑に乗って社会が動いていくことに、私は大きな危険性を感じる。小林先生はどうだろうか。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

これは「生前退位」問題ではない ──陛下のビデオ・メッセージを読んで [生前退位]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.8.17)からの転載です

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
これは「生前退位」問題ではない
──陛下のビデオ・メッセージを読んで
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 遅ればせながらですが、今月8日に発表された、陛下のお言葉をあらためて読んでみたいと思います。

 結論から先にいえば、これは巷間伝えられているような、「生前退位」の表明ではないと私は考えます。

 それはお言葉のなかに「生前退位」なる表現がどこにも見当たらないからではありません。制度上の制約を考えれば、「生前退位」の表明などあるはずもないのですが、もともと陛下のお気持ちはほかにあるのだと私は考えます。

 いみじくもお言葉は「象徴としてのお務めについての」と題されています。高齢化社会という現実を踏まえたうえで、「象徴天皇」のあり方について、国民が主権者であるならば、主権者の立場において、国民に深く考えてほしいというのがお気持ちなのでしょう。

 憲法上の制約をわきまえつつ、「個人として」という異例とも思える表現を用いながら、国民に対して呼びかけられたのは、それだけ強い思いがおありなのでしょう。

 それはここ数年の問題というより、戦後70年の「象徴天皇」制度のあり方そのものに対する国民への、じつに率直な問いかけなのだろうと思います。


▽1 歴代3位のご長寿

 議論の前提は「高齢化」です。「天皇もまた高齢となった場合、どのようなあり方が望ましいか」と、陛下は問いかけておられます。

 歴史を振り返ると、推古天皇以後、宝算70歳を超えてご長命なのは12人おられ、そのなかで82歳の今上陛下は、昭和天皇(87歳)、後水尾天皇(84歳)に次いで、歴代3位となられました。

 多くの天皇は若くして退位なさっているため、70歳を超えてなお皇位にあるのは、古代の推古天皇、光仁天皇のほか、昭和天皇、今上天皇のお二方のみであり、75歳を超えられたのは昭和天皇と今上陛下だけです。

 天皇の高齢化はきわめて現代的な現象だということが分かります。明治以後の終身在位制度が重くのしかかっているのと同時に、近代以降の「行動する」天皇のあり方に大きな要因があると考えられます。

 装束を召され、神々の前に端座される祭り主であるだけでなく、洋装し、ときに軍服に身を包むこととなった近代天皇の原理は行動主義です。この原理に立つとき、いずれ否応なしに立ちはだかるのが、ご健康・高齢化問題です。

 実際、「2度の外科手術」をも経験され、お年を召された陛下は、「次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じて」おられます。


▽2 行動主義

 陛下は「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましいあり方を、日々模索しつつ過ごしてきた」と仰せです。

 お言葉によれば、天皇のご公務とは、「国事行為」および「象徴的行為」のほか、「伝統」です。「伝統」とはすなわち宮中祭祀でしょうが、慎重な陛下は「祭祀」とは表現されませんでした。

 政府・宮内庁の考えでは、祭祀は「皇室の私事」であり、ご公務として扱われません。

 しかし陛下は「天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来」られたのでした。そしてそのことが重要なのです。

 まず国事行為があるという憲法第一主義ではなくて、「国平らかに、民安かれ」という古来の祭祀の精神に立ち、祈りの延長上に、憲法上の務めがあると陛下はお考えのようです。政府・宮内庁の理解とは異なり、皇室の伝統と憲法の規定とはけっして対立しません。

 今上陛下が皇后陛下とともに、地方を訪ね、国民と親しく交わられることを「大切なもの」とされたのは、祈りが出発点だからでしょう。

 しかし政府・宮内庁による、行動主義に立つ象徴天皇制は、天皇の高齢化という現実に対して、行動主義的ご公務のご負担軽減どころか、皇室の「伝統」に強烈な圧迫を加えたのでした。

 それが昭和の悪しき先例にもとづく、平成の祭祀簡略化でした。陛下の問いかけはこのとき始まったのでしょう。


▽3 祈りの精神

 国事行為ほかご公務を、「限りなく縮小していくことには無理があろう」と陛下はお考えです。

 実際、御在位20年を過ぎて実施された宮内庁のご負担軽減策にもかかわらず、ご公務は逆に増え続けていったことは、当メルマガの読者なら周知のことでしょう。逆に文字通り激減したのは、皇室の伝統たる祭祀のお出ましでした。

 行動主義に立ち、地方へのお出かけや国民との交わりを重視するなら、ご公務はむしろ永遠に拡大し続けるのが宿命です。A県にお出かけになって、B県にはお出ましにならないというのは、民が信じるすべての神々を祀るという祈りの精神に反します。

 選択肢としては摂政を置くという考え方もありますが、陛下は疑問を投げかけました。お言葉では「求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません」と踏み込まれました。

 陛下は、実際に象徴としての務めを十分に果たせる者がその地位にあるべきだとお考えであることは間違いないようです。

 しかしそれは直ちに「生前退位」の表明であるとはいえないでしょう。

 日本国憲法も皇室典範も想定していない「高齢化」という現実を前に、天皇の「あり方」を問題提起しておられるのだと思います。


▽4 戦後の国民主権が問われている

 陛下は続けて、御代替わりの諸儀式にも触れられました。「社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」と語られました。

 ずいぶん衝撃的ですが、さもありなんです。

 昭和から平成への御代替わりのとき、政府は準備らしい準備をしていなかったと聞きます。泥縄的に識者の意見などが参考にされましたが、結局、国家主義華やかなりし大正から昭和への御代替わりがモデルとされました。

 祭祀に造詣の深かったといわれる高松宮宣仁親王は、とくに大嘗祭について、「大嘗宮は要らない。神嘉殿で足りる」というお考えだったようですが、昭和の先例が踏襲され、大がかりな大嘗宮が造営されました。

 英知を結集し、時間をかけて、現代に相応しい制度作りができなかったからです。

 明治の時代は、宮務法の頂点に立つ皇室典範の制定から約20年後に皇室祭祀令が裁定されたほか、皇室法の体系が順次、整備されました。

 しかし戦後は皇室典範自体が一般法となり、皇室令はすべて廃止され、もっとも重要な皇位継承でさえ抽象的な規定しかなく、原理原則を失ったまま、何十年もの時間が空費されました。政府・宮内庁が正式に御代替わりの準備を始めたのは昭和63年夏でした。

 平成になってからも同様です。朝日新聞は、陛下のお言葉を受け、翌日の社説で、「政治の側が重ねてきた不作為と怠慢」を指摘し、とくに安倍内閣の消極性を批判していますが、ものごとをけっして矮小化すべきではないと思います。

 問われているのは、個々の内閣の取り組みではなくて、明文法的基準を失った戦後70年の象徴天皇制のあり方そのものではないでしょうか。不作為と怠慢は、主権者たる国民とその代表者すべてに帰せられるべきでしょう。

 むろん天皇・皇族のお出ましをイベント・ビジネスに利用してきたメディアもまた、追及を免れることはできないでしょう。


▽5 誘導される世論

 前回、「生前退位」論議には、以下の4つの問題があると申し上げました。

(1)「退位」「譲位」と異なる「生前退位」は、いつ、誰が、なぜ言い出したのか?

(2)NHKのスクープをリークした「宮内庁関係者」の目的は何か?

(3)陛下の本当のお気持ちはどこにあるのか?

(4)「生前退位」実現には皇室典範改正など何が求められるのか?

 スクープ以後の議論がもっぱら(4)に集中している歪さも指摘しましたが、今回、謎がもうひとつ増えました。

 すなわち、(5)陛下のお言葉が発せられるようになった理由は何か、です。

 すでに指摘したように、陛下のお気持ちは「生前退位」ではないと思います。陛下のお気持ちを、「生前退位」と意図的に表現したうえで、メディアにリークした「宮内庁関係者」がいるということでしょう。

 そのことと、陛下みずから語られることになったこととは、いかなる関係にあるのでしょうか。

 メディアの議論は、お言葉以後もなお、「生前退位」に集中しています。日経の世論調査では、「生前退位」を「認めるべきだ」がじつに89%に達したと伝えられています。

 陛下のお気持ち表明にもかかわらず、これとは別に、「生前退位」の創作者によって世論は誘導され続けています。

 今上陛下が「生前退位」したとしても、陛下の問題提起は何ら解決されないのです。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

「生前退位」は陛下の「ご意向」ではなかった!? ──NHKではなく「週刊現代」のスクープだった [生前退位]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.7.24)からの転載です

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「生前退位」は陛下の「ご意向」ではなかった!?
──NHKではなく「週刊現代」のスクープだった
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 陛下の「生前退位」報道は、「ご意向」の真偽が確認されることもなく、リークした「宮内庁関係者」が表舞台に出ることもなく、どんどん独り歩きしています。

 とりわけ女系継承容認の改革派は意気軒昂で、まるで錦の御旗を得たかのようなハイテンションです。

 けれども、NHKのスクープ以前に「生前退位」を報道したメディアがあり、その内容が今回の「ご意向」報道とはまったく別物だったとしたら、話は完全に変わります。

 特ダネに逐一反応し、振り回されるのは考え物です。むしろその背後に何があるのかを冷静に考えるべきです。


▽1 「宮内庁関係者による」報道

 今月13日の夜7時のNHKニュースでは、

(1)陛下が「生前退位」の「ご意向」を宮内庁関係者に示されていることが分かった、

(2)陛下は数年内の譲位を望まれている、

(3)陛下ご自身が内外にお気持ちを表す方向で調整が進められている、

 と伝えられました。

 その背景には、

(4)「憲法上の象徴としての務めを十分に果たせる者が行為にあるべきだ」というお考えがあり、

(5)皇后陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下なども受け入れられている、

 とされています。

 また、

(6)陛下がこうした「ご意向」を示されたのは5年ほど前である

 とも伝えられました。

 しかし「宮内庁関係者による」報道はどこまで事実か、分かりません。匿名の「宮内庁関係者」が「ご意向」とされるものをNHKにリークしたというのが考えられる最低の事実です。陛下に直接、事実関係を確認できないのですから、それが皇室報道の限界です。


▽2 今年5月半ばに始まった

 後追いしたメディア報道で、面白いのは毎日新聞です。

 翌日の報道では、陛下の「ご意向」を受けて、宮内庁の幹部5人が今年5月半ばから会合を重ね、検討が本格化させてきたと伝えています。

 5人というのは、風岡典之長官ら宮内庁トップ2人と侍従職トップの2人、そして皇室制度に詳しいOBで、「4+1」会合と呼ばれ、早朝に会合を開き、杉田和博内閣官房副長官とすり合わせし、両陛下には河相周夫侍従長らが報告してきたとされています。

 陛下は7年前から皇太子殿下、秋篠宮殿下と3者会談を設けられていて、それを受けて、「4+1」会合が開かれることもあり、皇室典範改正、元号、退位後の呼称などが検討されたとされています。

 きわめて具体的ですが、なぜ「今年5月」なのかは説明されていません。


▽3 「5年ほど前」ではなく「7年前」

 その謎に迫っているのが「週刊新潮」です。

 同誌は、「ご意向」が示されたのは、NHKニュースが伝えた「5年ほど前」ではなくて、「さらに1、2年遡る」と伝えています。

 平成20年2月、羽毛田長官が「愛子さまのご参内が少ない」と皇太子殿下に異例の「苦言」を呈するほど、御所と東宮との間にすき間風が生じていたころ、皇后陛下の発案で翌21年、3者会談が実現します。毎日新聞も伝える「7年前」でした。

 折しも同年には国体でのお言葉廃止などご公務削減が始まり、23年には東日本大震災が起こり、これが「ご意向」の遠因となりました。被災者に寄り添おうとなさる陛下のお体は悲鳴を上げていたのです。

 ブータン国王歓迎行事は陛下ご欠席のまま行われ、その年の秋には秋篠宮殿下がお誕生日会見で「陛下の定年制」に言及されました。

 翌24年、心臓手術を受けられ、手術は成功したものの、陛下は「天皇としての任を果たせないのならば」と「ご意向」を3者会談の場で漏らされるようになりました。

 同年6月に風岡長官が就任すると3者会談は定例化し、長官もオブザーバーとして同席し、当然、「ご意向」を聞き及ぶことになり、やがて侍従らにも伝わりました。

 けれども実現性は疑問視され、遅々として進みません。ところが今年5月、宮内庁による大幅なご公務軽減策をめぐって、陛下は強い難色を示されました。

「ご公務削減案を出すのなら、なぜ退位できないのか」

 原案を突き返された官僚たちは、遅まきながら仕組み作りに走り出したというのです。

 つまり、陛下の強い「ご意向」が宮内庁を走らせたということになりますが、だとすると「生前退位」なる新語は陛下ご自身の創作なのでしょうか。


▽4 小泉時代に検討されていた

 どうも違うのです。

 陛下の「生前退位」は「ご意向」ではなくて、ほかならぬ宮内庁の「計画」であり、「5年ほど前」でも「7年前」でもなく、十数年前に遡れると報道されているのです。

 それが「宮内庁『天皇生前退位』“計画”の背景」と題する「週刊現代」2005年5月21日号の3ページの記事です。

 サイパン御訪問が閣議決定されたが、強行スケジュールは71歳の陛下にはかなりのご負担で、「生前退位」検討の動きが庁内に出ていると職員の証言を伝えています。

 折しも小泉内閣時代で、皇室典範有識者会議が開かれているから、「即位」条項だけでなく、「退位」についても詳しく明記すべきではないかという声が出ているというのです。

 しかも、退位後のお住まいは京都迎賓館とするという、皇族方の京都移住を提案する「双京」構想論者が泣いて喜びそうなプランまで検討されているとされています。

 とすると、「退位」でも「譲位」でもない「生前退位」なる新語の創作者は「宮内庁関係者」なのか。当時、「宮内庁関係者」が提案したという「生前退位」と7年来の陛下の「ご意向」とされる「生前退位」とはいかなる関係にあるのでしょうか。


▽5 無視される祭祀のお務め

 私にはやはり、現行憲法が定める「象徴」天皇制度の下でのご公務ご負担軽減問題ではなくて、もうひとつの問題としての宮中祭祀簡略化が背景にあるように思えてなりませんが、報道からは完全に無視されています。

 21年には祭祀簡略化が始まり、23年には古来、皇室第一の重儀とされてきた新嘗祭が夕の儀、暁の儀とも簡略化されました。「ご意向」を漏らされた時期と重なります。

 陛下は即位以来、皇室の伝統と憲法の規定の両方を「追い求める」と仰せです。ご公務だけが「ご意向」の原因であるはずはありません。むしろ主因は祭祀かも知れません。

 平成の祭祀簡略化は昭和の先例に基づいていますが、昭和天皇は側近による祭祀簡略化に抵抗され、「退位」「譲位」を口にされたと側近の日誌に記録されています。

 今上陛下は「憲法上の象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」とお考えなのではなくて、「祭祀を十分に行い、ご公務を十分に果たせる者が」と仰せなのではありませんか。

 その「ご意向」が曲げてリークされ、さらに曲げられて報道されているのではないでしょうか。宮中祭祀とご公務のうち、前者を軽視し、後者ばかりを重視してきたのが当局であり、メディアです。まして皇室典範改正、女系継承容認論が消えたわけではありません。

 陛下の「ご意向」は改革派に利用されているのでしょう。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

「ご意向」を操る大胆不敵な「宮内庁関係者」!? ──陛下の「生前退位」表明報道を考える [生前退位]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.7.12)からの転載です

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ご意向」を操る大胆不敵な「宮内庁関係者」!?
──陛下の「生前退位」表明報道を考える
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 どう考えてもおかしい。女系継承容認論、「女性宮家」創設論がなりを潜めたいまなお、蠢き続ける何かがあるようです。


▽1 「生前退位」という用語はない

 発端はNHKのスクープでした。

 陛下が「生前退位」のご意向を宮内庁関係者に示されていることが分かった。数年内の譲位を望まれている。陛下ご自身がお気持ちを表明する方向で調整が進められている、と伝えられました。

 そもそも「生前退位」という皇室用語など聞きません。

 試しに国会図書館の検索エンジンで「生前退位」を調べると、3件の雑誌記事がヒットします。いずれもごく最近のもので、うち2件は2013年2月に、ローマ教皇ベネディクト16世の「生前退位」に関して、相前後して発表された記事です。

 そして、残る1件がもっとも古く、といっても、十数年前に書かれた「宮内庁『天皇生前退位』“計画”の背景」(「週刊現代」2005年5月21日号)でした。

 タイトルから見ると、すでにこのころ宮内庁内では「生前退位」計画が持ち上がっていたということでしょうか。とすると、なぜいま一気に議論が沸騰したのでしょう。

 興味深いことに、A.N.ウイルソンがベネディクト16世について書いた「Newsweek」の記事は、日本版では「生前退位」ですが、原文では単に「retire」のようです。なぜ「生前退位」と翻訳されなければならないのでしょう。

 ちなみに今回も海外メディアは「retire」と伝えているようです。それなら、なぜ日本のメディアは「譲位」「退位」と素直に表現しないのか。歴史上の「退位」とは別だととくに強調したい意図でもあるのでしょうか。


▽2 なぜリークなのか

 NHKニュースが意味するのは、「宮内庁関係者」が匿名を前提に、陛下の「ご意向」、および庁内の対応について、NHK記者にリークし、その結果、特ダネとして報道されたということでしょう。なぜリークなのでしょうか。

 知られているように、譲位は光格天皇が最後で、明治以後はありません。明治の皇室典範も現行の皇室典範も規定はありません。となると、当然、制度改革のための法改正が必要になります。天皇のご発意から法改正の議論が開始されるとすれば、前代未聞です。

 首相や宮内庁長官はコメントを差し控え、官房長官は「検討していない」と報道を否定しているのは、さもありなんです。といって、名指しされたはずの宮内庁は「スクープ」したメディアを批判し、抗議するわけでもありません。

 皇位継承という国家の最重要案件について、宮内庁トップが公式発表するのならまだしも、それどころか、匿名の「宮内庁関係者」が「ご意向」をメディアにもらすという手法が用いられたのは、法制度上の問題を自覚するからでしょうか。

 けれども、それはどう考えてもおかしいのではありませんか。

 後追いした大新聞は、「ご意向」が宮内庁関係者への取材で分かったと伝えていますから、「ご意向」をほかの媒体にももらし続ける「宮内庁関係者」は特定できるのでしょう。それなら、なぜみずから名乗り出て、説明しないのか。匿名の理由は何でしょうか。

 陛下に直接、確認できるはずもない「ご意向」は、改革派にとって切り札なのでしょう。情報の精度をどこまで把握しているのか、軽率な政治家は国民的議論が必要だなどと記者に答え、女系継承容認派の有識者もさっそく反応し、議論の本格化に向けて既成事実ばかりが積み重ねられています。


▽3 表に出ない関係者

 平成の皇室制度改革は、20年前に始まったといわれています。平成7年、自民党総裁選に立候補した小泉純一郎議員(のちの首相)が女性天皇容認を打ち出したのを受けて、翌年、鎌倉節宮内庁長官の指示で、皇位継承に関する基礎資料づくりが非公式に始まったといわれます。

 やがて水面下の動きは表面化していくことになりますが、その場合、メディアを選び、記者を選び、小出しに情報を漏らし、世論の動向を見極めながら、関係者は黒幕に徹して、「改革」を進めていったのです。

 私が知るかぎり、利用された最初のメディアは総合情報誌「選択」で、10年6月号に掲載された「『皇室典範』改定のすすめ──女帝や養子を可能にするために」は女帝容認を問題提起するとともに、「女性宮家」にも言及していました。

 というより、女系継承容認は「女性宮家」創設論と一体のものとして進められたのです。であればこそ、女系継承容認に踏み込んだ皇室典範有識者会議の報告書には「女性宮家」創設が内容的に含まれていたし、悠仁親王殿下ご誕生で女系継承容認論が一気に沈静化したあと、こんどは「女性宮家」創設論に姿を変え、復活したのです。

 先般の「女性宮家」創設論もリークで火を噴きました。23年11月、読売は「『女性宮家』の創設検討 宮内庁が首相に要請」と伝えました。

 世間では羽毛田長官が野田総理に要請したかのように受け止められましたが、記事はそのようには書いていません。長官本人も否定しています。実際に提案した「宮内庁関係者」はほかにいたのですが、ついに表舞台には現れませんでした。

 今回はどうでしょうか。


▽4 問われない当局の責任

 NHKの報道では、陛下が「ご意向」を示されたのは「5年ほど前」で、背景にあるのは陛下の「ご高齢」であって、「象徴としての務めを果たせるものが天皇の位にあるべきで、十分に務めが果たせなくなれば譲位すべきだ」というお考えを一貫して示されてきたと説明されています。

「ご高齢」という理由は理解できないわけではありません。実際、善意の国民はご高齢になった陛下のご健康を心配しています。

 しかし、そうだとすればなおのこと、まず「宮内庁関係者」にとって必要なことは、「ご意向」をリークして世論を煽ることではなくて、宮内庁自身のご公務ご負担策の失敗をみずから認め、原因を謙虚に見定めることではないでしょうか。

 いみじくも「5年ほど前」といえば、陛下の「ご高齢」「ご健康」を理由に、昭和天皇の先例に基づいて、宮内庁がご公務ご負担軽減策に踏み出したときですが、その結果、何が起きたでしょう。

 天皇第一のお務めとされる宮中祭祀ばかりが標的にされ、逆にご公務は増えたのではないですか。当時、宮内庁がもっとも気にかけていたのは拝謁の多さですが、のべ約一週間にわたって続く春秋の勲章受章者の拝謁のご負担はどれほど軽減されたでしょうか。

 宮内庁は失敗したのです。その責任を問わないまま、情報リークという手法が繰り返され、世論を誘導しようとしているのは、陛下の「ご意向」に沿うのでしょうか。


▽5 昭和天皇の苦悩

 NHKの解説は、「象徴」天皇制を定める現行憲法下にあって、護憲派の陛下が「象徴」としてのお務めを十分に果たせなくなることをいたくお気になさっているかのように読めますが、事実は違うと思います。

 第一に陛下は単純な護憲派ではありません。陛下は即位以来、皇室の伝統と憲法の規定の両方を「求め続ける」と仰せなのに、メディアは後者ばかりを伝え、護憲派の「象徴」に祭り上げてきたという経緯があります。

 今回の「ご意向」も、憲法に関連するご公務ではなくて、皇室の伝統である宮中祭祀のお務めを気にかけておられるのではないのでしょうか。

 思えば、昭和天皇も同様でした。まだご高齢というほどでもなかった昭和40年代に、入江相政侍従長の登場で、祭祀の簡略化が急速かつ大胆不敵に決行され、皇室第一の重儀とされる新嘗祭のお出ましが夕(よい)の儀のみで、暁の儀は御代拝となったとき、昭和天皇は神嘉殿からのお帰りのお車の中で、

「これなら何ともないから、急にも行くまいが、暁(の儀)をやってもいい」

 と仰せになったと『入江日記』(46年11月23日)に書かれています。入江は続けて、「ご満足でよかった」と述べていますが、逆でしょう。

 それどころか、その後、なおも祭祀簡略化を断行する入江に、昭和天皇は「退位」「譲位」を口にされたと入江自身が記録しています。

 今上陛下は昭和天皇の当時の苦悩が身にしみておられるのではないかと拝察します。今回の「退位」報道が正しいなら、陛下は昭和天皇と同様、平成の祭祀簡略化へのご不満を、数年来、表明し続けてこられたのではないかと推測されます。

 とすると、ご不満を逆手にとって、独善的な皇室制度改革に三度、火を付けようとする、よほど大胆きわまる知恵者がいるということでしょうか。まるで伏魔殿です。


▽6 メディアへのお願い

 さて、蛇足ながら、マスコミ関係者にお願いします。

 もともと皇位継承は皇家の家法であり、国民的議論には相応しくありません。宮務法は国務法とは別に定められるべきだと私は思いますが、議論の出発点であるご公務問題に関して、国民的議論が必要だと本気でお考えなら、むしろメディア主催のご公務にメスを入れていただけないでしょうか。

 先月、天皇陛下は皇后陛下とともにラグビーの国際試合を観戦されました。夜8時を回ってからのお出ましは、ご高齢の陛下に相応しいご公務とは思えませんが、親善試合の後援者は大手全国紙で、みずから首を絞めるような議論の余地はありません。

 天皇・皇族方がお出ましになるイベントを主催するメディアはこの一社に限りません。それどころか、新聞ビジネスのご公務利用は常態化し、その結果、ご負担はますます増えているように見えます。

 7年前、習近平・中国国家副主席の特例会見は「政治利用」との批判を浴びましたが、メディアの皇室利用は話題にもなりません。

 みずから身を削る見直しを提起することなくして国民的議論は始まらないと、少なくとも私は考えますが、スネに傷があることを十分に知る政府関係者は、であればこそメディアを利用するのでしょう。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース
生前退位 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。