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祈りの大地 最終回 天皇の稲作 [天皇・皇室]

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祈りの大地 最終回 天皇の稲作
(「農業経営者」52号。農業技術通信社。平成12年5月)
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皇居二重橋.jpeg
案外、知られていないことのようですが、皇居には天皇が稲をお育てになる水田があります。この水田で天皇がみずから稲作をおはじめになったのは昭和天皇が最初とされていますが、今上天皇(先帝)はその精神を受け継がれ、平成2年から、お田植えと稲刈りだけでなく、播種も行われるようになりました。

世界には30カ国ほど君主制をとる国があるそうですが、日本の天皇のように、ご自分で水田に入り、稲を育てるというようなことをされる君主というのはほかにないでしょう。汗をかき、泥だらけになるのは「労働者」の仕事、と決めてかかるようなお国柄のところだってあるのですから。

天皇の稲作は『古事記』『日本書紀』に描かれた神話に基づいています。『日本書紀』には、天孫降臨に際して、皇室の祖神アマテラスオオカミが、「高天原(たかまがはら)にある斎庭(ゆにわ)の稲穂をわが子に与えなさい」と命じられた、と記されています。

大神の孫に当たられる天孫ニニギノミコトの神名それ自体が、稲がニギニギしく豊かに稔るようすを表現している、ともいわれますが、天孫降臨は日本の稲作のはじめであり、皇室こそは日本の稲作の中心だ、ということになります。

記紀神話には、じつはもうひとつの稲作起源神話が描かれています。

『日本書紀』ではツクヨミノミコトによるウケモチノカミ殺害の場面に載っているのですが、アマテラスオオカミはこの蛮行を大いに怒り、以来、アマテラスオオカミとツクヨミノミコトとは昼と夜とに分かれて、交替で住まわれた、という物語になっています。

そしてこのとき、ウケモチノカミの遺体の頭部から牛馬が、額には粟、眉からは蚕、目から稗、腹には稲、陰部には麦と大豆、小豆が生じ、大神は稲について、「これは民が生きていくのに必要な食べ物だ」と喜ばれた、と書いてあります。

アマテラスオオカミをまつる伊勢神宮で毎年10月に行われる、一年でもっとも重要な神嘗祭(かんなめさい)は、この神話に基づいている、といわれます。

それではなぜ、天皇がみずから稲作を行い、神前に捧げるのでしょうか。
二重橋石橋.jpeg
保田與重郎(やすだよじゅうろう)という日本浪漫派の評論家・歌人がいますが、自宅を訪ねてきた新聞記者に、「天皇の仕事でいちばん大切なのは何かね」と質問し、考えあぐねる記者に「田植えだよ」と語り、記者を驚かせた、という逸話を読んだことがあります。

保田氏が「稲作神話の実修」を天皇の重要な仕事だと語ったのは、けっして突飛なことではありません。天皇の稲作は神話の時代と直結する祭りであり、祈りなのです。

日本の天皇は「祭祀王」「祈る王」だといわれます。歴代の天皇は政治的権力ではなく、祭りの力によってこの国を治めてこられました。

祭りこそは天皇の第一のお務めであり、毎朝、はるかに伊勢神宮を拝する石灰壇御拝(いしばいだんのぎょはい)を欠かすことはありませんでした。明治以後は侍従による毎朝御代拝(まいちょうごだいはい)に代わりましたが、御代拝の間、天皇は御座所でお慎みになるのです。

昭和天皇はこうお詠みになっています。

わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々

天皇は人が見ないところで日々、祭りを行い、「国平らかに、民安られ」とひたすら神に祈っているのです。

天皇の祈りと祭りの精神を余すことなく物語るものとして、明治初年に残念ながら廃止されてしまったのですが、それまで1000年以上、続いた「さば」と呼ばれる、知られざる宮中行事があります。

天皇は毎食ごとに皇祖アマテラスオオカミと相対され、「さば」の行事を行われたのです。食膳の料理を一品ずつ、少しずつかたわらの皿にお分かちになり、そのあとはじめて召し上がったというのです。

皇祖神の神意を重んじ、「わがしろしめす国に飢えた民が一人あっても申し訳ない」という思いから、名もなき民のためにこの行事を続けられたといわれます。

人は誰しも食によって命をつなぎます。食べるという行為は、単に物質的、栄養学的な意味にとどまりません。神人共食の神祭りであり、祖先への感謝の祈りなのでした。宮中行事の「さば」は皇祖と天皇と国民との一体化、そして命の共有を象徴する食儀礼なのでしょう。
皇居お濠.jpeg
天皇が祈りとともにお育てになった稲は、秋には伊勢神宮の神嘗祭、宮中での新嘗祭にお供えされます。


追伸 この記事は「農業経営者」52号(農業技術通信社、平成12年5月発行)に掲載された拙文「祈りの大地 最終回 天皇の稲作」に若干の修正を加えたものです。


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