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君塚直隆先生、126代続く天皇とは何ですか?──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1 [有識者会議]

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君塚直隆先生、126代続く天皇とは何ですか?──5月31日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1
(令和3年6月27日、日曜日)
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今日から、5月31日に開かれた有識者ヒアリングの議事録を、読むことにします。

一番手は君塚直隆・関東学院大学教授です。君塚氏は、ヒアリングで自己紹介しているように、専門はイギリス政治外交史あるいはヨーロッパ王室研究です。イギリス王室関連の著書のほかに、『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか』などを著しています。

結論からいうと、君塚氏は日本の歴史全体から皇位継承問題を考えようとはしません。イギリス王室と日本の皇室との違いも理解しようとしていません。つまり、126代続いてきた天皇とは何だったのか、歴史的に深く探ろうとせずに、皇位継承を論じています。


▽1 君塚直隆氏──天皇は社会活動家なのですか?

君塚氏は、政府の設問に従い、ヨーロッパと比較しながら、話を進めています。

まずは「天皇の役割や活動」ですが、君塚氏の「天皇」は個人なのです。「現在の天皇陛下は」「今の天皇陛下は」と君塚氏は述べています。日本の天皇には姓も名もなく、固有名詞では呼ばれないという伝統が顧みられません。

つまり、国と民の中心に、公正かつ無私なるお立場の天皇がおられ、その地位が126代続いてきた歴史に想いを馳せ、皇位の継承の安定化を考えようという発想がありません。


◇学問的レベルを逸脱している

126代続いてきた天皇は、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)という「祭り主」である、というのが皇室の伝統的天皇観ですが、君塚氏の「天皇」は公務をなさる社会活動家です。それが「国民に近い」「国民に見える」天皇であり、「現在の天皇陛下」の「理想」でもあると仰せなのでした。

キリスト教の絶対神信仰を背景とする「地上の支配者」であるイギリス国王と、皇祖神の「ことよさし」に基づき、「しらす」お立場の天皇は根本的に異なるはずなのに、君塚氏の比較政治論にはその差異がうかがえません。そしてイギリスの方が公務は多い、SNSで宣伝していると同列に議論を展開しています。

そして、であればこそ、皇族方には「さらに各種団体とも関わり、今まで以上に公務に携わっていただきたい」し、だから、「男系男子にのみ皇位継承資格を与えるという現行制度を改定し、女性皇族にも皇位継承資格を与えるとともに、現行の男性皇族と同様に、婚姻時もしくは適切な時期に『宮家』を創設し、ご自身、配偶者、お子さまを皇族とすべきである」と結論づけるのです。

皇統に連なり、皇位継承の資格を有する血族の集まりが「皇族」なのだという基本的概念が、完全に忘れられています。もはや学問的なレベルを逸脱しています。

あまつさえ、「内親王・女王といった女性皇族にも皇位継承資格を与えるべき」だし、「皇位継承資格を女系に拡大することには『賛成』」となるのは当然です。


◇「天皇とは何か」を理解しないのはご自身では?

さらには、「黒田清子さま、千家典子さま、守谷絢子さまなど、ここ20年以内に結婚された元女性皇族にも『皇族』としてお戻りいただきたい」「皇族数が足りないといった場合には、養子縁組を行う方向にしていただきたい」「旧皇族の皇籍復帰は基本的に『反対』だが、女性の皇族方と家族によっても公務が充分に担えない場合には検討の余地がある」と議論が果てしなく広がっていくのです。

君塚氏はご専門のヨーロッパ王室の現象を盛んに例示し、議論を展開するのですが、ヨーロッパの王位継承は父母の同等婚、すなわち王族同士の婚姻が大原則であり、父系の皇族性のみをきびしく要求してきた日本の皇室とはまったく違うという理解に欠けています。

女王が王位を継承したあとは王朝が交替するイギリス王室と、「万世一系」の皇室とでは同列に議論できないことぐらい、素人でも分かるのに、君塚氏は理解していません。

いみじくも君塚氏は、「皇室と国民との間をより親密なものにしていくべきである」と述べ、だからこそ、「皇室とは何か、皇族の方々は日々どのような活動をなさっているのかをより積極的に広報し、国民全体に現下の問題の深刻さを理解してもらうことが重要なのではないか」と訴えています。

しかしながら、君塚氏こそ、仰せの「天皇とは何か」を理解しようとしていないのではありませんか。126代続いてきた天皇とはけっして社会的活動家ではないことに、君塚氏は思い至っていないのです。


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百地章先生、結局、男系継承の理由は何ですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4 [有識者会議]


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百地章先生、結局、男系継承の理由は何ですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 4
(令和3年6月20日、日曜日)
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前回の続きです。

本題に入る前にひと言。先日、若い編集者と言葉を交わす機会があり、皇位継承問題に話が及んで、私が編集の企画を提案したところ、「議論は出尽くしている」と否定されてしまいました。出尽くしていないからこそ、迷走するのだろうと私は思うのですが、残念ながら通じません。

たとえば、今回、取り上げる百地章・国士舘大学特任教授(憲法学)は男系派の代表的な論客ですが、肝心のことについて、議論を避けています。つまり、皇統はなぜ男系で続いてきたのかという、もっとも核心的な命題についてです。

男系継承の理由が現代人に分かるように理路整然と説明されるなら、女系継承容認派を説得し、納得させ、男系継承支持へと翻意を促すことができるはずなのです。そうできないのは、間違いなく、男系派の力量不足です。議論はまだまだ尽くされていません。


▽4 百地章氏──「歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢」

百地氏はヒアリングの冒頭、「皇室の伝統は、いうまでもなく男系、126代の天皇はすべて男系である」と言い切ります。そして訴えます。

「先人たちは、男系を維持するため英知を傾け、血のにじむような努力を払ってきた。それゆえ私たちも、先人たちの努力に倣い、世界に比類のない、2000年近い皇室の長い伝統を後世に守り伝えていく責務がある。そのためには、まず歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢が必要であり、現代人の価値観を優先させてはならない」

たいへんご立派な主張ですが、要するに、先人に倣うべしと呼びかけているだけで、先人がなぜそうしてきたのか考究しようという問題意識は感じられません。むしろ思考停止状態というべきです。

皇位の男系主義は当然、天皇の役割と関わります。いみじくも政府の設問の1は「天皇の役割や活動」ですが、百地氏は今回のヒアリングでは答えていません。

レジュメによれば「以前のヒアリングで述べたから割愛する」とのことなので、平成28年の公務負担軽減有識者会議をあらためて振り返ると、たしかに「象徴」論に続いて「御公務」論を展開するなかで、天皇の「お祭り」に言及していることが、当時のレジュメに記されています。

とすると、百地氏は、天皇が「祭り主」であることに、男系継承の理由を見出しているのかといえば、残念ながら、そうではありません。「明治維新頃までは、天皇が直接、国民の前に出られることは少なく、天皇は皇居の中で、宮廷文化の継承に務め、ひたすら『お祭り』をされていた」とたった2行、天皇の日常にふれているだけです。

126代続いてきた男系主義の理由が、皇室の「祭り主」天皇観に潜んでいることは明らかなのに、百地氏は宝物を探ろうともしません。仰せの「歴史と伝統に謙虚に向き合う姿勢」が欠けていませんか。

そもそも事実認識に誤りがあります。何度も書いてきたように、少なくとも京都周辺の民は、即位礼・大嘗祭を部分的ながら拝観していました。『更級日記』には後冷泉天皇の御禊のことが描かれ、人々が拝観に押し寄せていたことがうかがえます。最近では、江戸期に即位礼拝観の切手札(チケット)が配られていたことが分かっています。


◇「世襲」とは「王朝の支配」なのでは?

百地氏は「天皇はひたすら『お祭り』をされていた」と仰せです。けれども、いかなる「お祭り」なのかが重要で、そこが男系継承の本質と関わるはずですが、百地氏にはその考察も欠けています。

主著である『政教分離とは何か─争点の解明』には、「大嘗祭の本質」について、一般向けの歴史雑誌を引用し、「稲の祭り」論と「真床覆衾」論の両論併記にとどまっているのを知り、仰天したことがあります。いずれも間違いです。

天皇は公正かつ無私なる「祭り主」であり、そのことは皇祖神のみならず天神地祇を祀り、米と粟を捧げて祈る祭祀に、その本義がうかがわれることなど、考察すらされていません。今回のレジュメに「28年のヒアリングで述べたから割愛する」と仰せであるからには、少なくともここ5年間、ご研究の深まりはまったくないということになります。

百地氏は、ご専門の憲法論でも、混乱しています。

「憲法第2条は、皇位は世襲のものであると定めており、これを受けて皇室典範第1条は、『皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する』と定めた。つまり、憲法による世襲とは男系を意味するというのが立法者意思である。そして、歴代政府も一貫して、皇位の世襲とは男系、少なくとも男系重視を意味すると解釈してきた」と述べながら、「確かに政府見解は男系を絶対条件とするものではない」と正反対の話を続けています。

これでは「戦後70年以上積み重ねられた政府の公式見解はきわめて重いものがある。それゆえ、このような立法者意思や確立した政府見解を無視して、安易に女系を容認するのは憲法違反の疑いがあり、許されない」と勇ましく振りかぶったところで、説得力は半減します。

憲法は「皇位は世襲のもの」と記しているだけです。だからこそ、前回取り上げた、同じ憲法学者の宍戸常寿・東大大学院教授は「憲法第2条の定める世襲は女性を排除するものではない」と断言しているのです。

百地氏が「立法者意思」としての「男系主義」を訴えたいなら、憲法制定過程に立ち返って説明すべきです。すなわち、小嶋和司・東北大教授(憲法学、故人)がそうしているように、「世襲」はdynasticの和訳であり、「王朝の支配」を意味していると説明すべきです。なぜそうなさらないのですか。


◇歴史論争を呼び覚ます可能性

最後に、何点か、簡単に批判を加えます。

ひとつは、百地氏が「女系天皇」という表現を使用していることです。

平成14年の皇室典範有識者会議の報告書は「結び」で、「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」と書いていますが、「女系天皇」など歴史にはなく、皇室用語としてあり得ません。皇室の歴史と伝統に謙虚に向き合おうとする男系派なら、安易に用いるべきではないでしょう。

ふたつ目は、「女系天皇は万世一系の皇統を否定するものであって、認められない」として、イギリス王室の王朝交替を例示していますが、そもそもヨーロッパ王室の王位継承は参考になりません。

小嶋和司教授が指摘するように、イギリスでは王族同士の婚姻=父母の同等婚および女王即位後の王朝交替が大原則ですが、日本の皇室は父系の皇族性が厳格に求められてきました。ましてや、イギリスの王位継承はいま原則が崩れつつあります。

3つ目は、「女性天皇の問題点」に言及して、「女性天皇は御在位中伴侶を持たれることはなかった。これは女系の子の誕生を防ぐためであった」と説明していますが、根拠は何でしょうか。

女性天皇は近代以前の歴史に存在します。存在しないのは、夫があり、妊娠中・子育て中の女性天皇です。なぜそうなのかです。近代以後、女性天皇が否定されたのは終身在位制との兼ね合いがあるからでしょう。終身在位のもとでの女性天皇即位はたちどころに女系継承に転換します。百地氏はなぜそのことを指摘しないのでしょうか。

最後に、4点目。百地氏は「旧皇族の男系男子孫を皇族として迎え、男系による皇位の安定的継承を」と訴えています。敗戦後の旧宮家の皇籍離脱は「きわめて例外的なもの」との認識は私も同じですが、百地氏が触れていない厄介な歴史問題があることを見落としていませんか。

すなわち、旧宮家を皇籍離脱に追い込んだアメリカとの歴史論争を呼び覚ます可能性です。いわゆる国家神道論、靖国問題など戦後問題が一気に噴き出すことも考えられますが、ご覚悟はできているのでしょうか。「首相の靖国参拝は私人による私的行為」などという政教分離論程度で、お茶を濁すわけにはいかなくなるはずです。

ついでに、もうひとつ加えるなら、男系維持のために、ほかに方策はないのでしょうか。もっと知恵を絞ることはできないのでしょうか。


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宍戸常寿先生、日本国憲法は「王朝の支配」を規定しているのでは?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 3 [有識者会議]

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宍戸常寿先生、日本国憲法は「王朝の支配」を規定しているのでは?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 3
(令和3年6月19日、土曜日)
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前回の続きです。

3番手は宍戸常寿・東京大学大学院法学政治学研究科教授(憲法学)でした。議事録によると、皇室制度が専門ではない。日本国憲法の全体構造や統治機構における天皇制の在り方については、自分なりに先行研究に触れ、ある程度の考えを持ってきたと仰せで、そのお立場からのご意見でした。

設問に沿ったレジュメがありますので、これに従って検証したいと思います。

結論からいえば、いかにも教科書的な憲法論だと思いました。日本の最高学府の頂点に立つ東大大学院教授のご意見ながら、寂しいことに、知的刺激らしいものをほとんど受けませんでした。日本人の知的劣化をつくづくと痛感せざるを得ません。そんな時代の有識者なる人たちに意見を求め、文明の根幹に関わる皇位継承問題を議論し、非伝統的な制度設計を決めていいものかと私は思うのです。


▽3 宍戸常寿氏──歴史的考察がないゆえの女系容認論

宍戸氏は設問への回答の前に、「はじめに」で前提となる基本的考え方を提示しています。つまり、日本国憲法を大前提とした天皇論です。レジュメから抜粋すると、以下の6点となります。

1、 国⺠主権原理をはじめ、日本国憲法の全体像と整合ある制度であるべきだ
2、主権を有する国⺠の総意に基づき維持されるよう、『伝統』とともに、現在及び今後の日本社会のあり方と両立すべきである
3、日本国憲法施行後の天皇制の運用も『伝統』の一部をなすこと
4、大日本帝国憲法下の皇室自律主義や華族制度・貴族院・枢密院等の諸制度が日本国憲法においてはそれらが明示的に否定され、国⺠と天皇・皇室との間に、いわば媒介が存在しないことに留意する必要がある
5、憲法上の国家制度としての天皇制を維持するという前提なら、全国⺠の代表である国会に天皇制の安定的運用を図る第一次的責務がある
6、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」にあるとおり、その解決は切迫した課題である

以上を見ると、現代憲法論としてきわめて常識的で、まったく代わり映えがしません。宍戸氏にとって、憲法とは成文憲法以外にはなく、考慮されるべきは2.5代象徴天皇制にほかなりません。したがって、皇室の長い歴史と伝統などはほとんど不問とされます。明治人なら憲法制定に際して考えた、「しらす」という歴史的な天皇統治の概念など一顧だにされないのは当然でしょう。

つまり、日本国憲法論としては論理的に成立し得たとして、日本という国家の基本的制度の将来を考えようとするとき、それで十分なのかどうか、です。少なくとも私はまったく不十分だと思います。

以下、設問項目にしたがって、具体的に、そして簡潔に見ていくことにします。


◇終身在位制が前提なら

設問の1は「天皇の役割や活動」ですが、したがって当然、天皇とは「象徴」として国事行為およびそれに準ずる行為を行う役割ということになります。

ただ、注目されるのは、宍戸氏が、「国事行為に準ずる活動については、国政に関する権能に当たらないこと、内閣がその責任を負うことが条件であるが、私的な活動と整理されるものについても、当然、国政に関する権能ではないこと、また、日本国の象徴及び日本国民統合の象徴としてふさわしくないものは除かれるべきだ。また、その該当性については宮内庁、最終的には内閣によるコントロールが必要である」と指摘していることです。

つまり、宍戸氏は、伝統的な「祭り主」天皇観についてきわめて否定的だということです。皇室の天皇観によれば、天皇は公正かつ無私なる「祭り主」であり、だからこそ古来、「象徴」なのであり、そのためにこそ皇位は男系で紡がれてきたはずですが、宍戸氏にはその歴史的考察がありません。

設問4の「男系男子による皇位継承」、5の「内親王・女王に皇位継承権を認めること」については、宍戸氏は、男系継承が「伝統」と認めるばかりで、その理由について考究するという視点がありません。だから当然、「内親王・女王に皇位継承権を資格を認めることに賛成する」となるわけです。

宍戸氏は「憲法第2条の定める世襲は女性を排除するものではない」と断言しているのですが、近代以後の終身在位制を前提にした場合、内親王・女王の皇位継承容認は、すなわち女系継承容認に直結するのではないのか、と考えられますが、宍戸氏の説明はありません。

これまで何度も指摘してきたように、同じ憲法学者の小嶋和司・東北大教授(故人)は、憲法の「世襲」はdynasticの和訳で、「王朝の支配」を意味するものだと解説しています。内親王・女王継承=女系継承なら、憲法が定める「王朝の支配」に反する憲法違反のはずです。


◇「伝統」の意味を追究せず

ところが宍戸氏は、設問6「皇位継承資格を女系に拡大すること」にも「賛成」しています。

根拠は、既述したように、「憲法の世襲は女系を排除するものではない」こと、加えて、「国事行為及びそれに準ずる活動は女系の天皇でも可能である」ことですが、もし国事行為をすることが天皇の役割だとするなら、誰が考えても同じ結論になるのであり、わざわざ東大教授に聞く必要はないのです。

宍戸氏はさらに続けて、「『伝統』を理由として皇位継承資格を男系に限定すべきであるとの見解は傾聴に値するが、皇室の現状及び旧11宮家の現皇室からの『遠さ』に照らした場合、男系女系を問わず、日本国憲法施行時の天皇であった昭和天皇の子孫であることが、皇位継承の安定性・連続性という要請に適い、また日本国⺠統合の象徴としての国⺠の支持を得やすいものと考える」とも述べています。

つまり、宍戸氏は男系継承という外形的「伝統」のみを見て、「伝統」の意味を探るという知的営みを拒否し、あまつさえ、皇位継承の血統主義は「遠さ」や「近さ」ではなく、父系の皇族性の「有無」によることを無視しています。議論が本質的に間違っています。

以前、紹介したように、小嶋和司は、「男系」制をくつがえさない女帝制をさまざま模索して、たとえば、子に皇族身分を認める女帝制は、皇配もまた皇族である場合に限られるが、それには(1)女帝より皇配の方が皇位継承順位が下位であること、(2)皇統に属する遠系の男子が多数いること、の2つが必要だと指摘し、「こうまでして女帝の可能性は実現されなければならないのか」と問いかけました。言い換えれば、なぜ素直に男系の絶えない制度を模索しないのか、ということです。

設問7の「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持すること」に関連して、宍戸氏は「女系にも皇位継承資格を認め、その前提として内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持する場合には、生まれてくる子はもちろん、配偶者も皇族とするのが適当と考える」と述べています。

小嶋和司がやはり指摘したように、父母の王族性を要求するヨーロッパとは異なり、日本では父系の皇族性が厳格に求められ、「王朝の支配」が固持されてきました。女系継承を容認する宍戸氏の意見は長い皇統史への革命的挑戦といえます。

同時に、「皇族」概念も混乱しています。皇族とは本来、皇統に連なり、皇位継承資格を有する血族の集まりを指します。内親王の配偶は「皇族」ではあり得ません。

設問8は「婚姻により皇族の身分を離れた元女性皇族が皇室の活動を支援すること」について、宍戸氏は「『皇室の活動』が国事行為及びそれに準ずる活動を指すものであるならば、反対する」と明言していますが、これも至極当たり前のことです。

しかし、すでに先帝御不例のときに、皇后陛下は、外国に赴任する日本大使夫妻と「お茶」に臨まれ、離任する外国大使を「ご引見」になったのを宍戸氏はご存知でしょうか。憲法は「外国の大使及び公使を接受すること」を天皇の国事行為に定めており、天皇が皇后を伴って、外国大使を「ご引見」なさるのは理解できますが、現実には「見なし皇族」であるはずの皇后お一人によって、国事行為に準ずる活動が行われています。


◇ヒアリングで唯一まともな答え

設問9「皇統に属する男系の男子を養子縁組または皇籍復帰により皇族とすること」について、宍戸氏は、まず「皇族間」なら「可能」だとします。問題は「皇族ではない男系男子との養子縁組」で、いくつかの「論点」を提起しています。すなわち……。

「法律等で、養子たりうる資格を皇統に属する男系男子に限定するならば、一般国⺠の中での門地による差別に該当するおそれがある。さらに、仮に旧11宮家の男系男子に限定する場合には、皇統に属する男系男子の中での差別に該当する」
「現在の制度では、皇族となるには生物学的に皇族の子孫であるだけでなく、皇室会議の議を経た婚姻から生まれた子であることを前提としているが、男系男子であることを養子縁組の要件とすれば、これまでの考え方と整合性が取れるのか」
「現在の制度では、皇位継承資格者であるためには出生時より皇族であることが条件であり、そのことが本人の皇位継承への準備及び国⺠の予期を形成してきたが、これまで一般国⺠として生きてきた者を養子縁組により皇位継承資格を有する皇族とすることは、これまでの考え方と整合性が取れるのか」
「皇統に属する男系の男子が、本人の意思による養子縁組により、皇位継承資格を有する皇族となるとすれば、皇位継承資格者について天皇の地位に就任するかどうかについて、意思決定の自由を認めないこれまでの考え方と整合性が取れるのか」

また、旧皇族の皇籍復帰についても、「門地による差別として憲法上の疑義がある」ときびしく戒めています。

宍戸氏の指摘は純粋な法理論としては理解できます。けれども、宍戸氏自身が「切迫した課題」と理解する状況を打破する場合には抽象論だけでは済まないのではないか。とくに旧11宮家の場合は、皇籍離脱の歴史的経緯をどう評価するのか、「一般国民」と言い切っていいものなのかが問われます。

最後の設問10は「ほかの対応策」を問うものでしたが、宍戸氏が、「皇族数が減少した場合には皇室の活動量も減少するというのが自然かつ適切な対応で、皇室の活動量を維持するために皇族数を増やすという発想に立つ対策は採るべきでない」と答えているのは、じつにもっともです。

宍戸氏のヒアリングで、唯一まともな答えがこれでした。

そもそも政府・宮内庁が女系継承容認に舵を切ったのも、先帝が譲位することとなったのも、発端は増え続ける御公務御負担問題でした。御負担軽減策がとられたものの、宮内庁内人事異動者と赴任大使の「拝謁」はいっこうに減りませんでした。皇室の「伝統」を曲げ、女系継承を認めるなどというのは、論理の飛躍であり、本末転倒以外の何者でもありません。

宍戸氏が仰せのように、まず御公務を見直すべきです。御負担軽減が失敗したことを認め、なぜ失敗したか、具体的に検証すべきです。そして先帝を譲位に追い込んだ責任者を処罰すべきなのです。

次回は、百地章・国士舘大学特任教授です。


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大石眞先生、男系の絶えない制度をなぜ考えないのですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 2 [有識者会議]

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大石眞先生、男系の絶えない制度をなぜ考えないのですか?──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 2
(令和3年6月13日、日曜日)
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前回の続きです。

2番手は大石眞・京都大学名誉教授(憲法学)でした。大石氏は以前、取り上げたことがあります。そのときは改元がテーマでした。保守主義の立場に立つ、じつに見識ある改元論で、感銘を受けました。

その大石氏が今回のヒアリングで、女系継承容認を表明されたのには、正直、大きな衝撃を受けました。日本の保守派を代表する知識人が女系継承を容認するという現実に、現下の問題の難しさをあらためて痛感させられました。

それならなぜ、大石氏は女系継承容認に傾いたのか、資料を読んでみると、歴史的考察の欠落という保守主義者にとって致命的な欠陥が浮かび上がってきます。視点がまるで違うということです。

以下、レジュメに沿って、かいつまんで検証します。


▽2 大石眞氏──憲法論の箱庭を飛び出せないのか

聴取項目の1は、「天皇の役割や活動」です。大石氏は憲法学者らしく、あくまで憲法論を展開しています。これですべてが氷解されます。大石氏の天皇とは、仰せのように「憲法的な機関」であって、それ以上ではありません。

たしかに、日本国憲法に基づき、国事行為ほか御公務をなさる「象徴天皇」の継承問題を論じるのであれば、大石氏の議論は正しいかも知れません。けれども、日本の天皇は憲法上の国家機関という位置付けだけではすみません。だからこそ国民的議論を呼んでいるのです。

大石氏にとっての天皇は2.5代なのでしょう。しかし私たちが考えたいのは、126代続く天皇の皇位継承なのです。それが保守主義の立場ではないのでしょうか。

設問3は、「皇族数の減少」についてで、大石氏は、皇族数が減少すると、(1)皇室会議の議員を充足できなくなる、(2)午餐会・晩餐会、園遊会などで「歓迎」「交流」の実質を確保できなくなる、(3)とくに男子皇族の減少は皇位継承自体の危機をもたらす、と説明しています。

まったく正しい指摘ですが、肝心のポイントが抜けています。先帝時代に増え続けた御公務の見直しについてです。先帝の譲位も、御高齢で、しかも健康問題を抱えつつ、御公務を行うことの肉体的限界性が契機となりましたが、その後、見直し問題は忘れられています。御負担軽減のために、女性皇族に御公務を「分担」していただく、「女性宮家」創設も必要だという議論はどこへ行ったのでしょうか。

先帝の在位20年のあと、宮内庁は御負担軽減に着手しましたが、見事に失敗し、御公務は逆に増えました。その失敗の反省も検証もないままに、「男系『女子』への拡大と『女系』皇子孫への拡大」などと安易に論理を飛躍させるべきではありません。

設問4は「男系男子による皇位継承」についてですが、大石氏は、「皇族女子の皇籍離脱制度は、少なくとも皇室典範の立案・制定過程において、女帝否認以外に説明を見いだせない」「男系主義と女子の皇籍離脱との間に必然的な関係はない」として、「女性皇族の皇籍離脱制度は再考する必要があろう」と訴えています。

つまり、大石氏は、1点目として、126代続く天皇とは何だったのか、なぜ男系主義が採られてきたのか、について踏み込もうとしません。皇室の天皇観によれば、天皇は「公正かつ無私なる祭り主」であり、そのことと男系主義とは密接不可分のはずですが、ほとんどの知識人と同様、その本質を追究しようとはしません。だから、たやすく女系容認に走るのでしょう。

たとえばイギリス王室なら、王族同士の婚姻、父母の同等婚が大原則でした。しかし日本の皇室の場合は、小嶋和司・東北大教授(憲法学、故人)が指摘したように、父系の皇族性を厳格に要求してきました。その結果として「万世一系」が堅持されてきたのです。

2点目は、女性天皇が歴史的に存在するのに、明治以降、否定されたのには、以前、指摘したように、終身在位制との兼ね合いがあるからでしょう。大石氏の提案はこれを無視しています。

皇籍離脱の否定は、終身在位制を前提としたとき、何をもたらすのか、大石氏に分からないはずはないでしょう。それでも「女性天皇・女系天皇の実現可能性は、女性皇族の存在を前提としている」「女性皇族の皇籍離脱制度の改正が最優先に検討されるべきであろう」と仰せになるのなら、革命を煽ることと同じではありませんか。

設問5は「男系女子への皇位継承権拡大」、6は「女系への拡大」で、大石氏は、これまで説明してきたことから容易に想像されるように、「基本的な方向としては妥当」と仰せです。

ただ、「しかし、古来、皇位が男系のみで継承されてきた伝統は重い」「一挙に、皇位継承資格を内親王・女王に認め、女系にも拡大するという大転換が最善とも思えない」として、現実主義に基づく「段階」論を提示しています。「まずは、これまでの皇位継承法を維持することが可能な限り、それによるものとする」というわけです。

つまり、大石氏には、男系の絶えない制度を追求しようという意思がまったく感じられません。大石氏は保守主義を捨てたのですか。

設問7は「皇族女子が婚姻後も皇族身分を維持する」ことについてです。

大石氏は「当然ありうる」「生まれてくる子を皇族とすることは当然」「その配偶者についても皇族とすることが適当」と述べていますが、すでに述べたように、これは父系の皇族性を厳格に要求する「万世一系」の皇統を根本的に変更する革命的挑戦です。なぜそこまで飛躍するのか、説明が求められます。

設問9は、「養子縁組や旧宮家の皇籍復帰」についてですが、大石氏は、いずれも否定的で、とくに旧宮家の復帰については、憲法の平等原則に対する「例外」を設け、「皇族」という継続的な特例的地位を認めることになるから、「憲法上の疑念がある」と完全否定しています。

つまり、大石氏は11宮家が臣籍降下した、させられた歴史的事情への考慮がありません。占領という異常事態での、自発によらざる皇籍離脱の歴史的評価が抜けています。それでいいのかどうかです。

おそらく旧皇族の皇籍復帰となれば、70数年前、皇籍離脱を促した当事者であるアメリカは沈黙を破り、皇位継承問題は俄然、外交問題化する可能性を秘めています。それでも126代の男系継承を守るのか否か、問われているいま、私たちは憲法論の箱庭に収まるようなスケールの小さい議論を超えていかねばならないのではありませんか。


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岡部喜代子先生「女帝は認めるが女系は認めない」現実論の前提を疑う──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1 [有識者会議]

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岡部喜代子先生「女帝は認めるが女系は認めない」現実論の前提を疑う──5月10日の有識者会議「レジュメ+議事録」を読む 1
(令和3年6月6日、日曜日)
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5月10日に開かれた有識者ヒアリングの議事録が公開されましたので、レジュメと合わせ読んで、お一方ずつ、ご主張の内容を吟味していくこととします。今日は岡部喜代子・元最高裁判事です。『相続法への誘い』『親族法への誘い』などの著書があり、親族法、相続法の専門家です。


▽1 岡部喜代子氏──日本国憲法に基づく行動主義的天皇という視点

岡部氏は5ページのレジュメを用意しました。政府の聴取項目に沿って作られ、後半の2ページは関連資料です。

岡部氏の結論は、「男系女子の皇族に皇位継承資格を認めることが望ましい」「女性皇族が婚姻しても皇族の身分を保持し続け、配偶者と子は皇族とならないとすることが現実的かつ最も弊害の少ない方法ではないか」、つまり女帝は容認しつつも、現実論として女系継承は否認するということのようです。

吟味すべきポイントは以下の7点かと思われます。

1、皇位継承問題を考えるに際して、岡部氏は日本国憲法を基礎に置いているが、それで十分なのか?
2、女性皇族が婚姻後も皇族身分を失わないこととする根拠は何か? その場合の「皇族」「皇族性」とは何か? 議論すべき目的は何か?
3、男系女子に皇位継承権を認めるとする根拠は何か? 終身在位制との関係はどうなるのか?
4、「女系天皇」容認が憲法違反ではないとする根拠は何か? 「王朝の支配」との関係は?
5、元皇族が皇族の名で、皇族の行為をなすことは許されないとする根拠は何か? 婚姻後も皇族身分を失わないとすることと矛盾しないのか?
6、皇統に属する男系男子の皇籍復帰は「新たに皇族を創り出すこと」だとし、その場合の法的根拠を疑い、「皇族」とは何かと問いかけているが、逆に「皇統」とは何であるとお考えなのか?
7、皇族減少という「喫緊の課題」に対して、女性皇族が婚姻後も皇籍離脱せずに皇族であり続け、配偶者やその子孫は皇族としないことが「現実的かつもっとも弊害の少ない方法」と訴えているが、考え方として、方法論として妥当なのか?

テーマが多岐にわたりますので、以下の5点に絞って、批判を試みます。


◇岡部氏は雛祭りをしないのか

まず1点目は、憲法論的発想の是非です。

岡部氏の天皇観は、拍子抜けするほど常識的で、素っ気ないものです。

「天皇は、日本国憲法第1条の定めるとおり、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である。
天皇は様々な行為を行っているが、そこには国事行為ではなく、しかも純粋な私的行為ではない行為が存在する。
昭和天皇、先の天皇(上皇)、今上天皇は様々な行為を行われて天皇が国民とともにあることを示され、そのことによって、象徴という抽象的な概念を国民の目に見える形に、国民の感得できる具体性をもったものにされてきたと考えている」

つまり、立憲主義に基づく近現代の行動する天皇こそが岡部氏の天皇ですが、それで十分なのかどうか。

4月21日のヒアリングに登場した本郷恵子・東大史料編纂所長(日本中世史)と比較すると、本郷氏にとっては、天皇は古来、単なる政治権力者ではなく、文化的力を持つ歴史的存在であり、「文化的一貫性を体現している」のが天皇でした。であればこそ、結果として、天皇は憲法上、「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」となるのでしょうが、岡部氏にとっては、あくまで日本国憲法が議論の出発点です。

つまり、岡部氏にとっての天皇は126代続く天皇ではありません。法律家なら最高法規たる日本国憲法を根拠に考えるのは当然かも知れません。しかし、いま私たちに求められているのは、天皇とは本来、何だったのか、そのおつとめとは何か、を総合的に再確認し、そのうえで将来の皇位継承のあるべき形を追求することではないのでしょうか。視点が違う、発想が違うということです。

日本人には古来、さまざまな天皇観・皇室観があります。たとえば大工さんたちにとって、法隆寺を建立された聖徳太子は職業的守護神です。書道家は嵯峨天皇を三筆の一人として崇敬します。女の子の健やかな成長をと幸せを願って、内裏雛を飾り、桃の節句を祝うことは、近世以来、全国各地で行われています。岡部氏のお宅では雛祭りは行われないのでしょうか。

限られた時間で何でもかんでも語るのは不可能ですが、憲法論的、法律論的天皇論で十分なのでしょうか。古来、日本という多元的文明の中心に位置してきたのが天皇であり、文明の根幹に関わる皇位継承問題を論ずるのなら、日本国憲法もまた再検討の対象となるべきで、憲法を大前提に議論することは矛盾していませんか。


◇「皇族」は御公務を補佐する身近な代打要員か

2点目は「皇族」「皇族性」についてです。

岡部氏のレジュメには、「問2 皇族の役割や活動」について、「皇族は、皇位継承資格を有する者として、天皇、皇族としての役割を果たすことができるよう準備をなさっている。また天皇の身近にあって天皇をたすける役割および藩屏としての役割も担っている」とあります。議事録も同様に、近代以降の行動する天皇を称賛しています。

しかし、行動主義的天皇論はさておくとして、「皇族」の定義・概念はそれで十分でしょうか。岡部氏は皇室典範に列挙された「皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王」を「皇族」とお考えなのでしょうが、「皇族」の範囲には歴史的な変遷があります。

元来、「皇族」とは皇統に属し、皇位継承の資格を有する血族の集団を意味するはずですが、明治の皇室典範は臣籍出身の后妃をも「皇族」とし、皇位継承資格者としての「皇族」と待遇身分としての「皇族」とを混同させ、本質をぼやけさせてしまいました。

そして、混乱はいまも尾を引き、皇族性とは血統主義に基づいて皇位継承資格を有することのはずなのに、継承資格は二の次となり、いわば天皇の御公務を補佐する代打要員の確保を目的に、皇族性の意味がねじ曲げられています。

岡部氏の場合は、「皇族」は単なる近親者に過ぎません。なぜそう理解するのか、理解しなければならないのか。


◇御公務とは何かに答えていない

振り返れば、「女性宮家」創設論の目的は、天皇(先帝)が高齢で健康問題を抱えながらも、あまりにご多忙なので、ご公務を婚姻後の女性皇族にも分担していただく必要があるというものでした。宮内庁は御公務御負担軽減に着手したものの、見事に失敗しただけでなく、失敗の原因を検証することも、反省することも、責任を取ることもなく、「女性宮家」創設=女系継承容認へと論理を飛躍させ、暴走し始めたのでした。最近では「皇女」にご公務を担ってもらうという案さえ出ています。

先帝の譲位も、天皇の行動主義が原因でした。古来、公正かつ無私を大原則とする天皇にとって、行動主義に基づく近代的御公務は無限に拡大していく可能性を秘めています。A県を訪問して、B県は訪問しないということがあり得ないからです。岡部氏が仰せのように、先帝も今上も御公務に励まれていますが、高齢の天皇には肉体的に限界があります。憲法は「摂政」について規定していますが、先帝は「譲位」を求められました。そして特例法が作られ、皇位継承が行われました。

けれども、岡部氏の所論には御公務の本格的見直しという視点が欠落し、あまつさえ政府・宮内庁の御公務維持論に無批判に追従しています。

じつのところ、いっこうに減らない御公務とは、ほかならぬ宮内庁内人事異動者の内輪の「拝謁」であり、外務省関連の赴任大使の「拝謁」でした。御公務主義の最大のネックは官僚社会であり、端的にいえば、宮内庁と外務省です。もっとも中心的な御公務は「三大行幸啓」といわれる全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会であり、いずれも中央官庁のイベントです。

だとしたときに、憲法を起点とし、御公務主義に基づいて、皇位継承問題を考えることの意味は何でしょうか。憲法の国事行為のみを行うのが天皇なら、上御一人で十分ですが、毎週のように、あるいは週に何度も行われる御公務なら、「分担」は必要かもしれません。しかし、その前に御公務の見直しをすべきで、皇室の伝統的ルールを根本的に変えてまでして皇族を確保し、「分担」すべきなのか、疑問です。

岡部氏は、少なくともヒアリングでは、きわめて抽象的に、「皇族方の減少により、貴重な活動をなさる方が減少し、活動がなかなか思うに任せない事態は憂慮すべき事態で、早急に改善を図る必要がある」と述べているに過ぎません。天皇のあるべき御公務とは具体的に何か、岡部氏は答えていません。


◇憲法の「世襲」とはdynasticの意味である

しかしここまでは序論に過ぎません。次に岡部氏は本論である、女系継承の認否に話を進めます。

岡部氏は、「女性皇族に皇位継承資格を認めるか認めないかという議論とは別個に、婚姻しても原則として皇族の身分を失わないこととすることが望ましい」「男系女子の皇族に皇位継承資格を認めることが望ましい。その場合、第1順位を男系男子、第2順位を男系女子とする」と主張します。

けれども、皇位継承資格を女系に拡大することについては、「女系天皇を認めることが憲法違反であるとの説を採ることはできない」と断言しつつも、「ただ、現時点で女系に拡大するべきかについては別の検討が必要」で、「現在男系男子制を採り、男系男子の皇位継承者があり、かつ、女系に拡大することに強固な反対がある」ことを理由に、容認を避けています。現実主義です。

論理はたいへん面白いのですが、やはり前提が間違っていませんか。

つまり、第2順位の男系女子が皇位を継承する場合とはいかなる状況なのか、以前、申し上げたように、もし終身在位制が前提だとすれば、第1順位の男系男子が不在で、男系女子が継承せざるを得ないのなら、岡部氏がお得意の現実主義に立てば、女系継承を認めざるを得ないという結果になりませんか。

しかし岡部氏は女系継承を容認しません。逆に現実主義からですが、私には意味不明です。

岡部氏は、「女系天皇は憲法違反であるとの説を採ることができない」と断言します。理由は、平成17年の皇室典範有識者会議の報告書にあるように、「皇位の世襲の原則は、天皇の血統に属する者が皇位を継承することを定めたもので、男子や男系であることまでを求めるものではなく、女子や女系の皇族が皇位を継承することは憲法の上では可能」と考えるからです。そしてまた、立法者の意思もそのようであったと理解しているからです。憲法は女系を容認しているというのです。

しかし違うのです。小嶋和司・東北大教授(憲法学、故人)が明らかにしたように、憲法の「世襲」はdynasticの意味であり、立法者たちは「王朝の支配」と認識していました。「万世一系」を侵す女系継承は憲法が認めていないと理解すべきです。


◇血統主義とは「血の濃さ」なのか

4点目は血統主義についてです。

岡部氏は皇統が血統主義に基づくことを理解していますが、男系継承の歴史的実態を無視しています。つまり、血統主義と「血の濃さ」を混同しています。

「世襲を要求されているのであれば、血の濃いほうが皇位に近いと考えるのが自然である。血の濃い女性皇族と、非常に血の薄い男性皇族を比べたとき、血の濃い女性皇族に親愛の情を抱き、また尊敬の念を持つのが国民一般の気持ちであり、これが皇位の根拠であるとすれば、そのような人が天皇になるというのは、天皇制の支持の基盤ということが言えるのではないか」

本郷恵子氏の場合は、天皇の何たるか、天皇がなぜ続いてきたのか、歴史学では明確には分からないとしたうえで、男系による皇位継承原則を一変させ、女系継承に拡大させるという革命主義的主張でした。他方、岡部氏の場合は、皇統の男系主義の何たるかを深く吟味しないまま、「基本的に血の濃い者が皇位継承資格を有するというのが世襲原則からして自然ではないか」と一般民の常識的感覚で安易に女系容認を主張するのでした。

ただ、その一方で、岡部氏が「この段階で女系天皇を認めるべきかということまでは、現段階では、私としては躊躇する」と仰せなのは、「天皇制についての考え方と伝統に基づいた主張と理解している」と言いつつ、「それを続かせる現実的な背景や事情があった」のが理由です。つまり、日本の「基本的には男性の力が強い世の中である」「非常に過渡的な時期」だというわけです。

あくまで現実論であり、126代にわたり男系主義を採用してきた皇室の論理を追究するわけでも、歴史の事実に配慮するわけでもありません。


◇血統主義に基づく皇族性の有無

岡部氏は伊藤博文の『皇室典範義解』を取り上げ、明治および現代の家制度の採用について論じ、皇室典範と民法について専門家ならではの詳細の考察を進めたうえで、「今回は喫緊の問題として、女性皇族が婚姻しても皇族の身分を保持し続け、配偶者と子は皇族とならない、ということが現実的で、かつ、最も弊害の少ない方法ではないか」と結論づけています。

しかし、皇室は「家」ではありません。天皇には姓も名もありません。皇家とは「家」なき「家」なのです。また、伊藤博文の『義解』は、臣籍降嫁後も「内親王」と呼称されるのは、あくまで特旨によって授けられる尊称であって、身分ではないと強調しているのではありませんか。

最後に、岡部氏は、「皇統に属する男系の男子を新たに皇族とすること」について、つまり、旧宮家の皇籍復帰について、不賛成を表明しています。

旧宮家の復籍は「法律によって新たな皇族を創り出す」ことであり、「皇統に属する男系男子であれば、薄い血縁でも法律で認められれば皇族となり得るということになる」「これは、天皇との血縁が濃い一定範囲の者という皇位継承の在り方とは異なってくるのではないか。その点を心配している」「ひいては、国民と皇族との区別がどこにあるのか、という疑念も起こってこないとは限らない」というわけです。

しかし皇室のルールは「血の濃さ」ではなく、血統主義に基づく皇族性の有無です。それは126代の皇統史を振り返れば明らかなはずです。

たとえば116代後桃園天皇崩御のとき、欣子内親王のほかに子女はありませんでした。皇位を継承したのは閑院宮の光格天皇であり、欣子内親王はその中宮となりました。それが皇室の皇位継承のルールです。

岡部氏のご主張では、欣子内親王が即位することになりますが、それは皇家の家法を根本的に変更することを意味します。なぜ皇室のルールを曲げようとするのか、憲法が国民主権を謳っているからでしょうか。日本国憲法は天皇・皇室の歴史と伝統にそれほど不寛容なのでしょうか。

次回は、大石眞・京都大学名誉教授です。


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