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夏バテ予防はウナギに限る ──なぜ暑気払いと結びついたのか [食文化]


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夏バテ予防はウナギに限る
──なぜ暑気払いと結びついたのか
(「神社新報」平成元年7月24日)
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 毎年、土用の丑の日が近づく今ごろになると、ウナギの蒲焼きの匂いがたまらなく恋しくなります。

 本当は産卵前の秋がいちばん美味しいという鰻通もいるのですが、いったいどうして、ウナギの蒲焼きが夏の暑気払いと結びついたのでしょうか?


□ 170年前の「バレンタイン・チョコ」
□ 商策に始まった土用のウナギ喰い


 土用の丑の日にウナギを食べる習慣は、江戸後期には行われていたようです。蒲焼き屋の存在を伝える資料も残されています。

 文政7(1824)年に大阪で出版されたショッピング・ガイド『江戸買物独案内』には、江戸市中の商店2622店が名前を連ねていて、うち「飲食之部」には「鰻蒲焼き屋」が22店、掲載されています。

 なかでも神田和泉橋通の春木屋善兵衛は、「丑ノ日元祖」とはっきり謳っています。

 そもそも「丑の日鰻」の起こりは、バレンタイン・デーのチョコレートと同じように、商業政策によるもので、とくに必然性はないといわれます。

 一説によると、丑の日鰻の習慣は、本草学者、発明家として知られる、かの平賀源内が著書の『里の苧環(おだまき)』のなかで、丑の日にウナギを食べるととりわけ滋養効果が高いと書いたことに始まるとか、うなぎ屋に看板を書くことを頼まれ、「本日土用丑の日」と大書してやったら、馬鹿受けしたのが発端だといいます。

 また一説には、江戸・天明期の文人、大田南畝(蜀山人)が丑の日にウナギを食べると病気にならないという意味の狂歌を詠んだのが始まりだともいいます。

 しかし、『たべもの史話』などの著書で知られる、食文化研究家の鈴木晋一さんによると、「いずれも確証はなく、むしろ宣伝効果を盛り上げるために、時の有名文化人の名をかたったというのが真相ではないか」といいます。


□ 姿は変われど名は同じ
□ 完成した蒲焼きの料理法


 日本人とウナギのつきあいは、たいへん長いようです。縄文遺跡からウナギの骨が出土しているほどです。

 時代が下り、万葉集に収められた大伴家持の「痩せたる人を嗤笑う歌二首」には、「夏痩せに良しというものぞ、鰻取り寄せ」とあります。滋養効果を期待する薬食いのたぐいで、美味しい料理というものではなかったようです。

 料理として「蒲焼き」の名が史料に見いだされるようになるのは室町時代初期で、京都・吉田神社の社家・鈴鹿家の記録である『鈴鹿家記』には、「鰻鮨(なます)」と「宇治丸かばやき」の料理法について記載があります。

「一、宇治丸かばやきの事。丸に炙(あぶ)りて、後に切るなり。醤油と酒と交ぜて付けるなり。また、山椒味噌付けて出しても吉なり」

 今日の蒲焼きの原形をここにうかがうことができます。

 なぜ「蒲焼き」と呼ぶのか、というと、鰻を焼くときの形、あるいは焼いた形が、植物の蒲(ガマ)の穂に似ているため、といわれます。まさに『鈴鹿家記』に「丸かばやき」とあるのは、室町時代はウナギをさばいてから焼く料理法ではなかったのでしょう。

 ウナギを割いてから焼く手法が開発されたのは、江戸初期になってからでした。

 江戸中期の百科事典『和漢三才図会(さんさいずえ)』(正徳2[1712]年)には、ウナギを割いて腸(はらわた)を取り、四つないし五つに切って焼くことが明確に書かれています。

 これによって、江戸後期の国学者・斎藤彦麿が『傍廂(かたびさし)』(嘉永6[1853]年)に書いたように、蒲焼きは『鈴鹿家記』のころと違って、「鎧(よろい)の袖、草摺(くさずり)には似れど、蒲の穂には似もつかず」となり、同時に、味は一大変身を遂げ、「無双の美味」となったのです。

 それは、割いて焼く手法に加えて、調味料が格段に進歩したからです。醤油とミリンが普及し、一般化したからです。


□ 丑の日鰻は「黒の信仰」から
□ 暑気払いの栄養学的意味


 なぜ暑気払いにウナギなのか、ウナギの本場として知られる某県の神職さんに取材を試みました。

「黒いからです」

 黒い食べ物は体にいいと信じられたということのようなのですが、これでは記事になりません。自分で徹底的に調べ上げる、私なりの調査報道の手法を身につけることになったのは、このときでした。

 夏バテ予防には、古来、さまざまな方法が伝わっています。

 丑の日に「ウ」の字のつく、ウナギやウリ、牛肉を食べると長生きができると信じられたといいます。ほかに土用餅を食べるというのもあります。菖蒲や薬草を入れた風呂に入るという予防策もありました。

「ウ」の字のつく食べ物というより、「黒の信仰」が背景にあると説明するのは、『梅干と日本刀』『こめと日本人』などの著作で知られる、考古学者の樋口清之・國學院大学名誉教授です。

 土用とは本来、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を意味します。春夏秋冬に五行のなかの「木」「火」「金」「水」を当て、季節の最後の18日間を「土」とし、各季節が「土」に始まって「土」に終わるように定められています。

 暦とともに中国から伝わったものです。

 樋口先生によると、中国思想の影響から、万物の根本である「土」を大切にすれば、万事うまくいくと考えられるようになったというのです。

 そして土色の黒がそのシンボルとなり、色のくろい食物を摂取すると健康になると考えられたというのです。

 以前から滋養食として食べられていたウナギは色が黒く、それ以降、ウナギは黒いから健康によいとする発想の転換が起こりました。

 そして、ナマズ、ハモ、トリ貝など、黒みがかったもの、野菜ではナス、ニガウリ、スイカを食べると健康になれるという信仰がさらに広がっていきました。

 それなら、栄養学的には意味があるのでしょうか?

 本多京子・日体大講師(栄養学。当時)は、「ウナギのように良質の動物性脂肪やタンパク質、ビタミンAをたくさん含む食品を真夏に食べることは、たしかに意味がある」と指摘します。

 カンカン照りの日に大量の汗をかくと、1リットルあたり3グラムの塩分が失われます。塩分に含まれる塩素は胃酸の原料で、胃酸が低下すれば食欲不振が起きます。

 それで素麺などさっぱりしたものばかり食べていると、やがてタンパク質や脂肪性ビタミン、鉄分の不足を招きます。そのツケが秋に現れるのが、夏バテなのでした。

 土用鰻はきわめて理にかなっていることになります。


□ 「土用」がない中国
□ 韓国では丑の日に牛肉スープ


 四川料理の元祖として知られる赤坂四川飯店の陳建一さんによると、少なくとも四川省では、今日、土用の風習自体が失われてしまったそうです。

 ウナギは中国語で、鰻魚(マンユイ)といいますが、それほど量が獲れず、高級魚となっています。たとえていえば日本のフカヒレに相当し、もちろん鰻魚を夏バテ予防に食べる習慣はありません。

 お隣の韓国では、夏負けを防ぐため、どの家庭でも丑の日(ボンナリ)に牛肉をたっぷり入れた辛いスープ料理「ユッケジャン(牛芥醤)」を食べる習慣があったといいます。

 これは都内で韓国料理学園の園長を務める趙重玉さんから聞いた情報です。

 土用の時分は韓国も猛暑で、人々は汗を流しながら、ユッケジャンを食べます。そのあとマッカウリという黄色いウリを食べるのだそうです。

 さて、希代の美食家として名を馳せた陶芸家の北大路魯山人は、『魯山人味道』のなかで、

「鰻を食うなら毎日食っては倦きるので、三日にいっぺんぐらい食うのがよいだろう」

 と書いていますが、せめて一年に一度ぐらいは、美味しい蒲焼きを賞味してみたいものです。


筆者注 この記事は「神社新報」平成元年7月24日号に掲載された拙文を若干、修正したものです。

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