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朝鮮「建国の祖」から授かった小麦──埼玉県日高市・高麗神社 [神社神道]

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朝鮮「建国の祖」から授かった小麦──埼玉県日高市・高麗神社
(「農業経営者」45号、農業技術通信社、平成11年10月)
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埼玉県日高市の高麗(こま)神社を訪ねたのは、平成10年の暮れのことである。
高麗神社拝殿.jpeg
JR高麗川駅、西武池袋線高麗駅、高麗川郵便局、高麗小学校、高麗中学校、こま武蔵台団地、高麗川カントリークラブ……この辺はものの見事に「高麗」だらけである。

それもそのはずで、この地方は古代朝鮮・高句麗から亡命してきた遺民によって開かれた歴史を持つ。

いまから1300年以上も前の668年、朝鮮半島北部から旧満州・中国東北部を広く支配する強国・高句麗が滅亡した。唐と新羅の連合軍の前に屈したのである。そのころ東アジアは、日本も含めて、激動の時代であった。

それから約50年後、ここに「高麗郡」が置かれる。『続日本紀(しょくにほんぎ)』という古い歴史書には、霊亀2(716)年にいまの静岡、山梨、神奈川、千葉、茨城、栃木に住む高麗人1799人を武蔵国に移住させ、はじめて高麗郡をおいた、とある。

神社を建てたのは高句麗の遺民たちである。まつられているのは高麗王若光(じゃっこう)で、王族の子孫らしい。若光は祖国を失った遺民たちをよく導いた功績が評価されたようで、「王(こきし)」という姓を天皇から賜った、とやはり『続日本紀』に記されている。

宮司の高麗澄雄さんは若光の末裔で、59代目といわれる。宮司さんの姓もまた「高麗」である。

明日は大晦日、という忙しいところを、無理におじゃまして、宮司さんから長い時間、お話をうかがった。
高麗家住宅.jpeg
とくに興味深かったのは、神饌(しんせん)である。「氏子がムギバツ(麦の初穂)を(神前に)あげる」という。お祭りのときに一軒当たり1升の精白した小麦を奉納するというのである。

かつては決まった日に、農家が小麦をもって参詣し、あるいは小麦粉を練ってゆであげた小麦粉餅を神前に供えたらしい。

お米ではないところがボクには面白いのだが、なぜ小麦なのか。どうやら古代朝鮮の神話と関係があるようだ。

高句麗の建国神話には、「建国の祖」朱蒙の物語が描かれている。

母国扶余(ふよ)を発ち、建国の旅に出る朱蒙に、母・柳花は五穀の種を与える。ところが、別れの悲しみのあまり、朱蒙はこのうち麦を忘れてしまう。旅の途中、木陰に休んでいると、2羽の鳩が飛んできた。「母が麦を届けてくれたのだ」と思い、朱蒙は一矢で2羽を射落とす。ノドを切り裂くと、はたして麦の種が見つかった。

日本の天孫降臨神話では神から与えられるのは稲だが、高句麗では麦である。ここに日本と朝鮮の建国神話の際だった違いがある。

邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)の記述があることで知られる中国の歴史書『三国志』魏書東夷伝には、高句麗には良田がなく、田を作っても口腹を満たすほどの収穫はない、と書かれているが、それは高麗郡も同じで、宮司さんによれば、「戦後の農地解放のとき、この辺は農家1戸当たり4反(約40アール)の水田しかなかった」という。

この地方では古来、畑作と養蚕が盛んに営まれたといわれる。高句麗の遺民は畑作の民であり、故国の建国の祖から与えられた小麦で命をつなぎ、神に初穂を供えたのだろう。

『三国志』には、高句麗では10月に天を祭る「東盟祭」という祭りが都でおこなわれていた、と書いてある。

神話学者によると、岩屋に祀られていた穀母神と建国の祖である朱蒙東明王の降誕を祝う祭りだという。王みずからがおこなう国家的な盛大な祭りで、きらびやかに着飾った貴族たちが行列を作って練り歩いた。岩屋の神をお迎えし、都の郊外の水辺にお遷しして、神事がおこなわれたらしい。

高麗神社は高麗川のほとり、自然豊かな高麗丘陵に鎮まっている。高句麗の遺民は失われた祖国の神話を思いつつ、この地を自分たちの新たな聖地に選んだのだろうか。
高麗川.jpeg
しかし、もっとも重要なのは、高句麗の遺民たちが建てた神社が1000年以上の時を経て、日本社会にとけ込み、日本の聖地となっていることだろう。


追伸 この記事は、「農業経営者」45号(農業技術通信社、平成11年10月)に掲載された拙文「朝鮮建国の祖から授かった小麦」に若干の修正を加えたものです。

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