SSブログ

2 神と人間のどっちを向いているのか [宮中祭祀簡略化]

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 2 神と人間のどっちを向いているのか
(2009年7月14日)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

koukyo01.gif
 たいていの県には少なくとも1社、護国神社があり、近代の戦争で命を落とした人々の慰霊が行われていますが、護国神社がない例外もあります。神奈川県です。

 正確にいうと、昭和17年に建設が始まったのですが、竣工間近の20年5月、横浜大空襲で焼失したのです。

 いまその跡地は陸上競技場などスポーツ施設が並ぶ三ツ沢公園の一部となり、現代的なデザインの横浜市慰霊塔が建っています。神社の再建はありませんでした。

 昭和26年に講和条約が締結され、条約の発効で日本が独立を回復すると、各地で慰霊塔の建設が行われるようになりました。神奈川県も例外ではありませんでした。

 外交官出身で、カトリック信徒といわれる内山岩太郎知事は熱心でした。紆余曲折の末、28年、横浜市港南区大岡台に慰霊堂が完成します。秩父宮妃殿下のお出ましを願い、竣工式・慰霊祭が行われました。

 神奈川県で特徴的なのは、官民合同、諸宗教合同の慰霊祭が行われていることです。「神奈川方式」と呼ばれています。

 その後、大きく変化したのは49年で、慰霊堂奉賛会が主催する宗教儀礼を含む奉賛行事と県が主催する非宗教的な慰霊祭とが切り離されました。政教分離原則への配慮と想像されますが、57年には戦没者追悼式と呼び名も変わります。

 私が取材したときは、宗教家たちによる奉賛行事に知事の参列はありませんでした。もっとも興味深いのは、知事の挨拶が、慰霊堂にまつられている戦没者ではなく、追悼式に集まった参列者に向かって行われることです。

「知事はどっちを向いているのか。遺族も大事だが、あるべき慰霊とはどういうものなのか」と疑問の声が上がっていました。

 同様のことは宮中祭祀簡略化問題についてもいえます。

 天皇の祭祀は、天皇が私を去り、皇祖神と一対一で相対峙され、行われます。しかし入江元侍従長ら側近たちによる祭祀の簡略化は、神を見ずして、企てられたのです。そして神という視点を持たないものたちは沈黙しています。

 宮中祭祀を空洞化させたのは、私たち自身の内なる無宗教性だといえます。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。