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葦津天皇論を進化させてほしい ──竹田恒泰氏の共著『皇統保守』を読む その7 [竹田恒泰]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016年5月5日)からの転載です

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葦津天皇論を進化させてほしい
──竹田恒泰氏の共著『皇統保守』を読む その7
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 引き続き、竹田恒泰氏の天皇論を批判します。

 くどいようですが、目的は伝統主義的な天皇論を鍛え直すことです。個人攻撃ではありません。むしろ私は、竹田氏とともに、伝統主義的立場から、天皇のあり方についてあらためて考え、理論を深めたいのです。誤解のないようお願いします。

 竹田氏であれ、誰であれ、個人がどのような天皇観を持とうとも自由です。個人レベルの自由で、多様な天皇観について、批判し、否定するつもりはありません。そうではなくて、皇室本来の天皇観、日本古来の制度としての天皇とはいかなるものか、を探求したいのです。


▽1 葦津の引用にクセがある

 竹田氏は、八木氏との対談をまとめた共著で、何度も葦津珍彦を引用しています。しかしその引用には、すでに申しましたように、独特のクセがありそうです。

 第二章では、天皇=祭り主論を展開するなかで、葦津の天皇論を引用しましたが、そのあとこんどは大嘗祭について解説するくだりで、「『大嘗祭』については……明確な見解は定まっていません」と述べたうえで、ふたたび同じ文章を引用しています。

 すなわち、「皇祖神に近づき相通じ、精神的に一体化する」を引き、大嘗祭の前と後では「宗教的に、もしくは霊的に、何かが違うはずです。大嘗祭を済ませていない天皇と、大嘗祭を済ませた天皇は、絶対に何かが違うはずです」と述べています(P.122)。

 折口信夫が「天皇霊という考えを提唱し、大嘗祭は天皇が神になる儀式であるという趣旨のことを書いて」いるけれども、「宮内庁は折口説を否定」し、「『政教分離』規定との関係」から、「天皇が新穀を最初に神に捧げる儀式であって、それ以上でもなければ、それ以下でもない──という説明をして、国の予算を取って大嘗祭を行ったという経緯がある」との解説を加え、しかし「大嘗祭は、そんな簡単な祭祀ではない」。竹田氏はそのように主張し、葦津の「皇祖神に近づき……」を引用しているわけです。

 つまり、竹田氏は、大嘗祭に何らかの宗教的な意義を見いだしたいということなのでしょう。

 しかし、天皇の祭りは一般的な意味での宗教儀礼なのでしょうか。


▽2 大嘗祭について解説していない

 竹田氏が引用した一節は、前回、述べたように、「神聖をもとめる心」が典拠です。

 けれども、葦津はここで、天皇=祭り主論を説明しているというより、天皇が祭り主であるということが日本人の神聖感の共通の根源であり、天皇の祭祀大権をまったく無視した現行憲法は改められるべきだと憲法改正論を展開したのです。

 ましてや、葦津は大嘗祭について解説しているわけではありません。

 葦津はこの文章で、天皇は「皇祖神に対する祭り主」と表現しています。

 古典には、皇祖天照大神が天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に三種の神器を授けられ、このうち八咫鏡(やたのかがみ)について、「吾が児(みこ)、此の宝鏡を視まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし」と語られたとあり、古来、賢所に神鏡が祀られ、日々、祭祀が行われてきたのでした。

 しかし実際のところ、天皇の祭りは皇祖神にのみに捧げられるわけではありません。古代律令に「およそ天皇、即位したまはむときは、すべて天神地祇祭れ」とあることは何度も申し上げてきました。

 宮中三殿は、皇祖神を祀る賢所、歴代天皇・皇族の御霊(みたま)を祀る皇霊殿、天神地祇を祀る神殿の総称であり、天皇の祈りは賢所のみに捧げられるのではありません。

 葦津の文章は、祭祀学や宗教学を展開しているわけではありません。大嘗祭や新嘗祭の実態を説明したいのなら、少なくともこの文章を取り上げるべきではないと思います。


▽3 祭祀学でも宗教学でもない

 葦津には、たとえば「天皇・祭祀・憲法」という文章があります。天皇の祭りについてこう説明しています。

「天皇の皇室における祭儀は……おおむね皇祖および歴代の皇宗に対する御祭である。それは天皇が、日本国の建国の祖およびその後継者たる歴代の祖に対して、その精神の現代における継承者として行わせられるものである。あるいは、日本国の歴世の功労者たちを追念して行わせられるものである。国民は、この天皇の祭儀によって、建国の精神を回想し、あるいは光輝ある国史の印象を新たにする。それは日本国天皇が、国家の精神的基礎を固め成し、国民の精神を統合して行かせられるためにも貴重な御つとめなのである」

 ここでは天皇の祭祀が皇祖皇宗、天神地祇に対するものであることが正しく説明されています。しかし、祭儀の詳細を解説しているわけではありません。この文章もまた憲法論なのであって、宮中祭祀論ではありません。

 じつをいえば、少なくとも私は、葦津が大嘗祭など天皇の祭祀について、具体的にくわしく論じた記事を読んだことがありません。

 葦津の「天皇制研究」は「天皇制の存在理由を明らかにしようとするもの」であって、祭祀学でも宗教学でもないからでしょうか。祭祀学や宗教学などを動員して、宮中祭祀の本質を追究することは、むしろ私たちに委ねられているのでしょう。

 竹田氏は「(大嘗祭について)明確な見解は定まっていない」と述べていますが、ご自身で探求すべきではないでしょうか。葦津の引用で済ませるのではなくて、葦津の天皇論を基礎に進化させるべきではないでしょうか。


▽4 多様なる国民の天皇意識

 葦津は、「国民統合の象徴」と題する雑誌論文で、未曾有の敗戦でも揺るがなかった日本国民の根強い天皇意識に注目し、次のように説明しています。

「日本の国体というものは、すこぶる多面的であり、これを抽象的な理論で表現するということは、至難だと思われる」

「(国民の天皇)意識を道徳的とか宗教的とか政治的とかいって割り切れるものではない。そこには多分さまざまの多彩なものが潜在する。とにかく絶大なる国民大衆の関心をひきつける心理的な力である。これが国および国民統合の象徴としての天皇制を支えている」

「この根強い国体意識は、いかにして形成されたか、それは、単に日本の政治が生んだものでもなく、宗教道徳が生んだものでもなく、文学芸術が生んだものでもない。それらすべての中に複雑な根を持っている。その日本人の心理の具体的な事実を見ることなくして、 “君主制批判”というような抽象理論をもって、天皇制の将来を予想するなどとは愚かである」

 竹田氏は共著のなかで「天皇はなぜ尊いか」と問いかけていますが、葦津によれば、天皇は「尊い」と考える国民の天皇意識は一様ではないのであって、そのルーツも多様であり、それらを具体的に考える必要があると述べています。

 だとすると、天皇が祭り主であるということと、国民がそれぞれ多面的で多様な天皇意識を持つこと、そして天皇が国民統合の象徴であることとは、どのような関係にあるのでしょうか。


▽5 時代の要請に応えるために

 残念ながら、葦津はそれ以上のことは説明していません。葦津の文章は、あくまで戦後の天皇制否定論への反論だからでしょう。君主制より共和制が優れているというような抽象論に対抗することが葦津の時代の要請だったのです。

 けれども現代は違います。

 いみじくも竹田氏の共著の第二章が原武史氏の宮中祭祀廃止論への反論だったように、いま伝統主義的天皇論が対抗しなければならないのは、あからさまな天皇制否定論ではありません。

 天皇=祭り主とする皇室の伝統を否定し、現行憲法に合わせた、非宗教的な「象徴」天皇制へと改変する試みが目の前で進行していることに、どう対抗するのか、それが問われているのではないでしょうか。

 宮中祭祀廃止論しかり、女系継承容認=「女性宮家」創設論しかりです。

 竹田氏の天皇=祭り主論は、皇祖神に米を捧げて祈る天皇の祭りは古来の宗教的伝統である。政教分離には抵触しない、というような論理かと思いますが、宗教的伝統の価値を見失っているような現代の日本人に通用するでしょうか。

 皇祖神のみならず天神地祇すべてをまつって祈る、天皇の宗教的伝統のあり方をもっと掘り下げ、その意味を見つめ直すべきではないでしょうか。


▽6 なぜ粟なのか

 天皇の祭りが稲作信仰ならば、皇祖神をまつる賢所に米の新穀を捧げれば十分です。けれども、天皇の祭りはそうではありません。

 皇室第一の重儀である新嘗祭は、米と粟の祭りです。

 天皇の社である伊勢神宮とは異なり、天皇がみずからなさる宮中祭祀ではなぜ米のみならず、粟が捧げられるのか。むろん稲作信仰ではないでしょう。粟を神聖な作物と考える畑作民の存在を意識していることは間違いないと思います。

 竹田氏は「日本は米の国ですから」と述べていますが、単純すぎます。

 記紀神話には水田稲作文化ではなくて、焼畑農耕文化と考えられる、天孫降臨神話とはルーツの異なる、もうひとつの稲作起源神話が記録されています。日本列島は米作適地とはいいがたく、国民の需要を十分に満たすほど米が生産されるようになったのはつい最近のことです。米作民族とか米食民族とか、簡単にいうべきではないでしょう。

 日本列島には古来、畑作民もいれば、水田農耕民もいます。竹田氏は共著のなかで何度か「神道界」に言及されていますが、古い神社には、稲ではなくて芋を主饌とするところもあるし、なかにはイノシシを捧げる神社もあります。近代的発想で、文化的に一様な国民が古来、日本列島に暮らしてきたと考えるべきではないと思います。

 信仰も衣食住も、多様な民がいて、その存在を前提とし、皇祖神の神意を重んじて、民の幸せと社会の安定を祈るなら、民が信じるすべての神に、それぞれの捧げ物をして祈らなければならない、と古人が考えたとしても不思議ではありません。

 民の側から見れば、自分たちの神に祈られる天皇は信仰の中心となり、それゆえ天神地祇に祈る天皇は国民統合の中心となるのでしょう。

 敵を武力でねじ伏せて天下を取る覇王にも、熾烈な選挙戦で敵を作らなければならない民主国家の権力者にも、及ばぬところです。

 在来の神々だけではありません。あまつさえ天皇は仏教の外護者となり、近代になるとキリスト教の社会的事業を物心ともに支えられました。

 ローマ教皇ならキリスト教の神に祈ります。唯一神以外への祈りはあり得ません。教皇は世界のカトリック教徒の中心ではあっても、他宗教を含む人類統合の中心とはなり得ません。一神教の限界です。

 皇祖神のみならず、天神地祇をまつり、祈る天皇のみが国民統合の象徴となり得るのではないでしょうか。天皇の祭りは稲作儀礼ではありません。(つづく)

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