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死者を追悼する花環 ──キリスト教圏に受容された日本の葬送文化 [キリスト教]

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死者を追悼する花環
──キリスト教圏に受容された日本の葬送文化
(「神社新報」平成17年9月19日)
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 関東大震災から八十二年目の九月一日、東京・横網の都慰霊堂で皇族の御参列のもと、大震災並びに都内戦災犠牲者を悼む秋季慰霊法要がおこなはれた。正面の祭壇には御下賜の花瓶と生花のほか、皇族や首相、衆参両院議長、都知事などの菊花が飾られ、さらに地元消防団や町会の花環が参列者席を取り囲んだ。

 死者に花を供へる供花・供華の文化は『源平盛衰記』など中世の文学にも記録されてをり、日本の伝統文化の一つといへる。だが、花環は明治期にヨーロッパから伝はってきた外来文化で、どうやら日本を源流とする供花の文化が欧州のキリスト教文化圏に受け入れられ、形を変へて、逆輸入されたものらしい。


▽ 「欧米の慣例」


 明治七年創刊の読売新聞に「花環」「花輪」などの記事が載ったのは、明治三十五年四月六日付、「ロンドン電報 英皇后花圜を贈る」が最初である。南アフリカのケープ植民地の首相となり、英国の帝国主義政策「3C政策」を推進したセシル・ローズの葬儀がケープタウンで営まれるのに際して、英国の皇后が花環を贈ったといふのである。

 このほか明治時代の読売には、

英国の政治家ソールズベリの葬儀に駐英日本公使が花環を捧げた(三十六年九月)、
仏潜水艇事故の犠牲者に英国皇帝が花環を捧げた(三十八年七月)、
独太公の葬儀に天皇が花環を御増進になる旨の御沙汰があった(四十年十月)、
清国先帝の大葬につき日本の皇室から花輪が贈呈された(四十二年五月)、
伊藤博文公爵の国葬に大隈重信伯爵から花輪が贈られた(四十二年十一月)、
英国皇帝の大葬に際して新帝は銀蘭の十字架および多数の花環を霊柩に供へた(四十三年五月)

──などの記事が掲載されてゐる。

 明治四十五年七月三十日に明治天皇が崩御になると、敬弔の花環が各国から贈呈された。大正元年九月十一日付の読売には、英、独、伊など五カ国の元首から殯宮近くに奉奠された「銀色燦爛たる花環」の写真が載ってゐる。

 花環の故事来歴を考へる上で見逃せないのは、九月上旬に連続して掲載された「敬弔と花環」と題する「社告」である。読売新聞社委託販売部はこのときバラやダリアなどで造られた花環の販売を手がけたのだが、花環の意味を

「欧米の慣例にならひて、家屋(門口、店先、床の間)に花環をつるし、奉送敬弔の意をいっそう深からしめんため」

 と記し、花環が外来文化であることを明示してゐる。


▽ ジャポニスム


 けれども、供花は欧州古来の文化ではない。草場安子著『現代フランス情報辞典』には、キリスト教の諸聖人を記念する十一月一日の万聖節に、仏では墓参する習慣があり、この日に菊の鉢植ゑが供へられる。菊の花は一七八九年に日本からもたらされた──と書かれてある。

 草場氏に問ひ合はせたところ、さらに興味深い情報が得られた。仏の生活文化のルーツをまとめた書物には、一八二六年に二人の元軍人が菊の品種改良に取り組んだ。二人は墓に菊の種をまき、以来、菊は死者のための花になった──と記されてゐるといふのだ。菊の花と同時に供花の文化が日本から伝へられたのかも知れない、と草場氏は推理する。

 十九世紀後半、日本の開国で日本文化が紹介されるやうになると、欧州ではジャポニスム(日本趣味)と呼ばれる芸術様式が席捲し、日本への強い憧れが生まれた。その象徴が日本の浮世絵に深く影響されたモネやマネの印象派絵画であった。印象派の絵画はやがて日本の画壇に影響を与へた。同じやうに欧州に伝はった日本の供花の文化が、今度は花環に形を変へて、日本に逆輸入されたといふことだらうか。

 大正十年五月、皇太子裕仁親王(昭和天皇)は御外遊先の英国で、建設されて間もない戦歿者追悼記念碑セノタフと無名戦士の墓に、「日の丸」をイメージして紅白のリボンのついた大きな花環を捧げ、深々と拝礼され、英国民に深い感動を与へたと伝へられる。

 関東大震災で首都東京が壊滅したのはその二年後である。当時の行政は既成宗教に対して冷淡で、東京府市が主催する「四十九日」の追悼式も、翌年の震災一周年の弔祭式も無宗教で執行された。皇室から花環が下賜されたのは震災一周年の追悼式で、以来、震災と戦災の遭難者を悼み、花環を捧げる伝統が続いてゐる。

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