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行政は宗教に関与できない?、ほか [政教分離]

以下は旧「斎藤吉久のブログ」(平成19年11月26日月曜日)からの転載です


◇先月から週刊(火曜日発行)の「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンがスタートしました。
先週発行の第6号のテーマは「米と粟の祭り──多様なる国民を統合する新嘗祭」です。
http://www.melma.com/backnumber_170937/



〈〈 行政は宗教に関与できない? 〉〉


 おとといのブログ(メルマガ)で、栃木の足利学校について取り上げました。東京新聞の記事によると、世界遺産を目指している足利学校で、孔子らを祀る伝統儀式が100回目にしてはじめて民間団体の手で行われたのでした。参列した市長は「政教分離の視点も考慮して」と語ったようです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/20071124/CK2007112402066895.html


▼市長の議会での答弁

 いったい何をどう「考慮」したのか、手がかりを求めて、足利市議会の会議録を閲覧してみました。
http://www.kaigiroku.net/kensaku/ashikaga/ashikaga.html

 調べた限りでは、市長が「足利学校」と「宗教」に関して発言したのは平成15年6月の定例会のみで、足利学校ほか、入場者が減少している市内の観光名所「日本一の足利3名所」のPRについて議員が質問したのに対して、市長は次のような答弁をしたのでした。

「観光協会としてPRは大いにやっていかなければならないと思っていますし、市が表に出る、ダイレクトに表に出るよりは、ワンクッション置いて観光協会がいろいろな事業を取り上げることがいろいろな面で仕事がしやすいというふうなことになると思います。
 例えばの話、足利学校で字降松というのがありますし、あそこを拝むと頭がよくなる、いや、拝むということではなくて、足利学校へ行くと頭がよくなると、字が覚えられるというような伝説がありますが、昨今は受験競争も昔ほどの苛烈な状態ではないのでありますが、足利学校をお参りすることによって、行くことによって大学受験がうまくいくというような、仮にそういうお札を売るような場面、市が宗教に関与するわけにまいりませんからなかなか難しいと。
 とすると、ワンクッション置いて観光協会ならばそういう手だても講ぜられるだろうというような考え方も生まれてまいります。したがいまして、観光協会には大いに力を入れて、また市でもいろいろな意味でのバックアップをして、そして特にいろいろなPR等については極力頑張ってもらいたいと思います」

 この答弁で、市長はじつに明確に「市が宗教に関与するわけにはまいりません」と語っていますが、足利学校は「宗教」なのでしょうか。歴史の教科書にも登場する、中世の教育機関であって、いまでは足利市が所有管理する史蹟ではないのでしょうか。

 市長は「お札を売る」云々といっていますが、足利学校は特定の宗教の教えを布教する宗教活動を行うための宗教団体ではないはずです。宗教団体でないなら、類似品はともかく、「お札」はないはずです。それとも、市長には足利学校を宗教と認識し、関わるべきではないとする、何か特別の根拠があるのでしょうか。

 仮にたとえば、今回の「釋奠(せきてん)」を行うことが宗教的行為だと考えた場合、市長は「市は関わるわけにはいかない」と自明のことのように断言していますが、なぜ「関与するわけにはいかない」のでしょうか。もし、いっさい「関与するべきではない」とすれば、もはや足利学校の所有・管理も放棄しなければならないでしょう。


▼憲法は宗教的無色性を要求していない

 公機関と宗教(宗教団体)との関係について、日本国憲法は次のように規定しています。

「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権能を有してはならない」(第20条第1項後段)

「国およびその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」(第20条第3項)

「公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは団体の使用もしくは維持のため……これを支出し、またはその利用に供してはならない」(第89条)

 もう何度も書いてきたことですが、たとえば憲法学者の小嶋和司・東北大学教授は、これらの規定は行政に対して宗教的無色性までも要求しているわけではないと解説しています(憲法論集3)。

 89条も、宗教団体に対する使用、便益、維持を結果するものはいっさい禁止しているというようには解釈されず、であればこそ、神社、仏閣、教会の修復に公金を支出することは許されています。

 そればかりではありません。おとといのブログにも書きましたが、東京都慰霊堂は都の土地に建てられた都が所有する宗教的施設で、都の外郭団体が主催する慰霊法要が、仏教団体の持ち回りで、完全な仏式で行われています。長崎の二十六聖人慰霊碑は列聖100年を記念して、宗教団体が市有地に建てたもので、その後、市に寄贈され、いまも定期的に野外ミサが行われています。

 これらについて、たとえば首相の靖国参拝が違憲だとくり返し主張しているキリスト教指導者たちが、「憲法違反」という声を上げたことがあるとは聞きません。


▼アメリカ、韓国の場合

 海外ではどうでしょうか。

 厳格な政教分離(国家と教会の分離)の本家本元と一般には目されているアメリカは、完全分離主義どころではありません。国家元首たる大統領の就任式は宗教者が参列し、牧師が祈りを捧げます。

 たとえば2005年1月20日に行われたブッシュ大統領の就任式では、まず式に先立って、この日の午前、大統領一家はホワイトハウスに近いイギリス国教会の聖ヨハネ教会の礼拝に参列しました。190年の歴史を持つ同教会は「大統領の教会」として知られます。参列はこの日の最初の公式行事で、父・ブッシュ元大統領や政府高官も出席しました。

 正午、いよいよ就任式が連邦議会前の特設会場で始まります。大統領が入場すると、牧師は「神が大統領らに聖霊のシャワーを与えたまわんことを」と祈りました。連邦最高裁長官が入場し、参列者が起立する中、長官の立ち会いのもと、大統領は夫人が持つ聖書に左手をおき、右手を挙げ、誓いの言葉を述べました。

 「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽くして合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う。神よ、我を守りたまえ」

 誓いのあと、大統領は家族と抱擁します。万雷の拍手がわき起こり、21発の祝砲が会場に響き渡りました。就任式後、伝統ある議事堂内での昼食会が行われましたが、それは上下両院専属の牧師による祈りに始まり、祈りで終わりました。

 翌日は「全国民のための教会」と位置づけられるワシントン・ナショナル・カテドラルで礼拝が行われ、正副大統領のほか、政府関係者らが参列しました。ユダヤ教やキリスト教各派、諸宗教の祝福と祈りが捧げられました。

 大統領の就任式だけではありません。2001年9月、同時多発テロの3日後、やはりワシントン・ナショナル・カテドラルで、ホワイトハウスの依頼による「テロ犠牲者を追悼し、祈りを捧げる儀式」が催され、歴代大統領や政府高官、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教の代表者が参列し、国家的な祈りが捧げられました。

 この追悼ミサでは、アメリカ政府が一教会に対して宗教的儀式の開催を依頼し、しかも間接的ながら費用を負担しています。これは国教を定めず、国民の宗教上の自由を保障するという合衆国憲法(修正第1条)に違反しないのでしょうか。

 しかしカテドラル側は取材に対して、即座に否定しています。「憲法は祈りを禁じているわけではありません。禁じられているのは国家が国民に祈りを強制することです」

 国家の祈りを禁じていないのは、靖国問題をしばしば批判している韓国も同様です。韓国では6月6日の顕忠日に、国立墓地・顕忠院で政府が主催する戦没者追悼式が行われ、国民がいっせいに黙祷をささげます。

 顕忠院で行われる焼香、献花、黙祷の国家的儀礼は政教分離を定める憲法に違反しないのか。顕忠院関係者は取材に対して、こう聞き返してきます。「焼香が宗教ですか?」


▼徹底的な政教分離は健全な社会生活を阻害する

 日本の憲法も、アメリカも韓国も、「行政が宗教に関われない」という絶対分離主義ではなく、「一定の条件で関わりが許される」という緩やかな分離主義に立っています。

 市長のいうように、「行政は宗教に関与することはできない」とした場合、小嶋教授が指摘しているように、国民の精神生活を否定し、信教への保護を失わせることになるでしょう。逆にいえば、信教の否定を促進し、かえって憲法の精神を踏みにじる結果にならないでしょうか。

 「行政は宗教に関われない」なら、行政は斎場や墓地の所有・管理も許されません。戦没者や大震災の犠牲者を追悼することも許されません。社寺の祭礼のために交通規制を行うことも許されないでしょう。それが国民の健全な精神生活を確保することになるのでしょうか。

 小嶋教授はこう指摘しています。「純粋な徹底的政教分離要求が適当な社会生活を確保するとは考えがたい」。もっといえば、絶対分離主義の主張は、精神的、宗教的存在としての人間の存在を否定することになるでしょう。

 重要な判例として知られる津地鎮祭訴訟の最高裁判決は、憲法の規定について、「国家が宗教的に中立であることを要求するものであるが、国家が宗教との関わり合いをもつことをまったく許さないとするものではなく、宗教との関わり合いをもたらす行為の目的および効果にかんがみ、その関わり合いが社会的、文化的諸条件に照らし、掃討とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするもの」と解釈すべきである、と判断しています。

 憲法が禁じる「宗教的活動」についても、「当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進、または圧迫、干渉などになるような行為をいう」とされています。

 判例も絶対分離主義の立場をとってはいません。小嶋教授が指摘するように、そもそも行政は宗教的無色中立であるべきだとされるならば、その行為の目的や社会的効果を判断する必要はありません。

 だとすれば、足利学校の釋奠を市が行うことは、憲法に抵触するような宗教的活動といえるものだったのかどうか。「市は宗教に関与できない」ではなく、そこをきちんと問うべきでなのです。


〈〈 本日の気になるニュース 〉〉


1、「FujiSankei Business i」11月24日、「ドイツ『大連立』に亀裂。対中外交で表面化」
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200711240023a.nwc

 案の定です。記事によれば、旧東ドイツに育ったメルケル首相(キリスト教民主同盟党首)が、9月にダライ・ラマと会見したことに中国側が反発し、ドイツとの会合を軒並みキャンセルしました。これに対して、連立を組む社会民主党のシュタインマイヤー外相が理解を示したことから、大連立政権内部の不協和音が一気に噴出したというのです。

 これは靖国問題と非常によく似た構図です。

 中国にとっての靖国問題は、昭和60年8月15日の中曽根首相による靖国神社「公式参拝」のあとにおきました。中国外務省は「日本軍国主義により被害を受けた中日人民の感情を傷つける」と批判しました。首相は「軍国主義や超国家主義の復活、戦前の国家神道にもどることは絶対にない」と反論しましたが、通じませんでした。

 それは当たり前のことで、中国側の視点はもとより別のところにあったからです。中国国内の権力闘争です。

 現代中国学が専門の中嶋嶺雄先生などによると、当時は、数千人規模の青年交流が計画されるほど、日中関係は良好で、対日関係を重視する胡耀邦、鄧小平両首脳は事態の深刻化を望まなかったのですが、時あたかも「抗日戦争40周年」。過去の記憶を呼び覚まされた長老たちは違っていました。

 保守派の対日批判はやがて胡耀邦総書記の「対日柔軟外交」への攻撃に発展し、親日派の総書記は追い詰められたのでした。そのような中国国内の情勢をどこまで知っていたのかどうか、中曽根首相の言い分では、中国の反発を考慮し、60年秋の例大祭時の参拝を中止したとされます。

 小泉首相の靖国参拝に関しても同様で、江沢民が「絶対に許せない」と憤慨したのとは異なり、胡錦涛政権は当初、歴史問題を後景化させようとしていました。2003年5月にロシアで実現した小泉・胡錦涛会談で、胡錦涛は靖国参拝に触れることはありませんでした。

 しかし胡錦涛の新思考外交は一年もたたずに挫折します。中国情勢にくわしい清水美和・東京新聞編集委員の『中国が「反日」を捨てる日』によると、胡錦涛政権の柔軟姿勢を日本政府が理解できず、対応しなかった。そのため中国共産党内部で新外交への懐疑と反感が高まっていったのでした。

 やがて建国以来最大規模といわれる反日暴動が起き、対日重視派と強硬派の対立が激化し、2004年11月には抑制的だった胡錦涛みずから首脳会談で靖国参拝批判を直接するようにまでなります。

 日本の国内問題が日中の外交問題に発展したというより、中国の内政問題が外交問題に発展したという構図で、今度のチベット問題も同じなのではないでしょうか。

 昨日のブログ(メルマガ)にも書きましたように、おそらくチベット問題をめぐって中国政権内部で、胡錦涛追い落としの熾烈な権力闘争が展開されているのではないかと想像します。

 ダライ・ラマは独立までは主張していませんが、ひとたび独立の気運が起これば、各地に波及することは明らかです。それでなくても世界最大といわれる社会格差への人民の不満に火をつけることになりかねません。

 チベットに武力侵攻し、今日の問題の原因をつくったのは中国であり、解決の責任は中国自身にあります。ところが、ちょうど靖国問題で、あたかも日本が原因を作ったかのように中国が政治宣伝していたように、中国外務省の報道官はドイツ首相とダライ・ラマの会談後、こう非難しています。

「メルケル首相はダライ・ラマと会談することで、中国の民族団結を阻止し、分裂させようとした。中国はどこの国であってもチベット問題で中国の内政に干渉することに反対する。それは中国人民の感情を傷つける行為だ」(朝鮮日報、9月27日)

 非難の口調まで靖国問題とそっくりです。日本は中国の政治手法や政権内部の事情を深く理解せず、「自分が悪い」という涙ぐましいほど謙虚な、そして誤った発想で靖国問題を捉えようとし、当然のことながら問題の解決ができずにいますが、日本人よりはるかに合理的にものごとを考えるらしいドイツ人はどう対応しようとするのか、とりわけ共産主義を知り尽くしているはずのメルケル首相がどう反論するのか、注目されます。


2、「AFPBB News」11月25にち、「キエフで追悼礼拝。1930年代の大飢饉から75周年」
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2316625/2390376

 ソ連の支配下にあった1930年代、作物を没収されたウクライナでは数百万の餓死者を出す大飢饉が発生した。その犠牲者を悼む追悼ミサが首都の大聖堂などで行われ、ユーシェンコ大統領などが参列したのだそうです。

 ユーシェンコ大統領が就任したのは2005年。親ロシア派首相との一騎打ちで、やり直し選挙まで行われるほど激しい大統領選挙に勝利した同大統領は、国会での就任式で古い聖書と憲法典に手を置き、宣誓したのでした。

 その聖書はウクライナが独立を保っていた1550年代のもので、議場には1650年代にロシアの征服に抵抗した指導者の戦旗も掲げられていました。

 ウクライナの主な宗教は、東方正教の一派であるウクライナ正教とウクライナ・カトリックだそうです。ウクライナ正教の大部分はモスクワ主教に属しますが、1991年の独立後、キエフ主教が分離独立。国民の大半は正教徒を自認しているといわれます。

 かつては無神論に席巻され、宗教否定の政策が展開されてきたウクライナですが、永井宗教伝統に基づく儀礼が復活しているのです。


 以上、本日の気になるニュースでした。

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