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2 知られざる「象徴天皇」論争 その1 [橋本明]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2009月8月11日)からの転載です


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 2 知られざる「象徴天皇」論争 その1
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▽共通する前提
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 橋本明さんの『平成皇室論』は、その背景に、独特の「象徴天皇」論と直線的社会発展論とが結びついているように、感じられます。

 橋本さんは一方で、戦後、日本国憲法下の象徴天皇は両陛下がお二人の協力で編み上げてこられたもので、無から有を生み出すようなご苦労があった、と解説し、その一方で、基本的人権尊重の流れがイギリスの名誉革命にはじまり、アメリカ、フランスを経て、戦後の日本に到達した、という単線的な歴史観を提示します。

 そのうえで、民衆に逆らう王制で長続きした例はない。民主主義が最後に到達した日本で天皇制が存続できるかどうか、今後の皇室の命運は皇室自身の倫理的身の処し方に関わっている、という論理で、象徴天皇制の継承のために、東宮の「廃太子」を勧めています。

 つまり、政治体制の歴史を世界史的に一様にとらえるとともに、国の安定性の要因を君主の倫理性に求める姿勢です。

 橋本さんの皇室論に対して、例の西尾幹二先生のように、同調者が少なくないのは、前提としての歴史理解などに共通するところがあるからなのでしょう。それなら、この考え方は妥当なのか。私は違うと思います。

 何がどう違うのか、を説明するのに、参考になりそうな戦後の知られざる論争をご紹介します。いまから約50年前の雑誌「思想の科学」上での論争です。


▽雑誌「思想の科学」の「天皇制」特集号

 論争は「思想の科学」事件とよばれる出来事と直接関係しています。評論家の鶴見俊介らが編集する同誌は何度か発行元の出版社が代替わりし、昭和34(1959)年からは中央公論社から発行されていました。

 事件が起きたのは、36年暮れ。「天皇制」を特集する12月号を、出版社が編集者の了解を得ないまま裁断してしまったというのです。

 藤田省三、掛川トミ子、福田歓一などによる天皇制に批判的な対談、論文のなかに、1本だけ天皇制擁護の立場で書かれた論文が混じっていたことから、掲載を躊躇(ちゅうちょ)する版元が自己規制したというのが、事件の発端だったようです。

 その後、編集者たちはみずから思想の科学社を設立し、自主的出版の道を模索します。創刊号は幻の「天皇制」特集号でした。そして、論争がはじまりました。戦後唯一の神道思想家といわれる葦津珍彦の天皇制擁護論と明治大学教授(政治思想史)で評論家の橋川文三との天皇論論争です。

「国民統合の象徴」と題された葦津の記事は、「戦争と敗戦を通じて、日本の天皇制は根強い力を立証した」と、並み居る天皇制反対論者に対して、じつに挑戦的な書き出しではじまります。


▽変わらなかった国民の天皇意識

 葦津の議論は、当時、一般的に流布してきた通俗論的天皇論に痛烈な懐疑を投げかけるものでした。つまり、(1)敗戦国の王朝はかならず廃滅し、共和制に移行するというドグマ、(2)個別性を無視し、世界の君主制をいっしょくたに論ずるドグマ、(3)国民意識の多面性に目を向けずに、もっぱら倫理的に理解する学者たちの国体論のドグマ、です。

 この葦津の指摘は、橋本さんの戦後象徴天皇論にも、じつによく当てはまります。

 具体的に見てみると、葦津は次のような議論を展開しています。

1、敗戦国の王朝はかならず廃滅するものと信じられていたが、日本でのみ例外が見られた。日本では国民投票に問うべきだという主張もなかった。天皇制反対派は愚劣にも外国の軍事裁判の権力によって天皇制を傷つけようとしたが、国民の天皇意識は動かせなかった。占領軍当局は干渉を試みたが、大衆の国体意識を抹殺(まっさつ)することはできなかった。

2、ライシャワーが認めるように、日本国民の天皇意識は「目に見える天皇」がなくなっても変化しがたい。根強い国民意識の支持条件の上に立つ天皇制と、イタリアなどの王制を抽象的形式論で同一視すれば、例外が出てくるのは当然である。

3、「君主制が少なくなり、やがて日本も共和国になる」という一般的公式を立て、具体的事実を無視し、具体的な国の運命を抽象理論で予見しようとするのは浅はかである。


▽個別の歴史の事実を無視している

 橋本さんはたぶん、日本の天皇制は敗戦によっていったん滅びたという認識なのでしょう。現行憲法下の日本は共和制国家であり、そのもとに新たに誕生したのが象徴天皇制である、という理解なのだと想像します。つまり昭和20年8月に革命が起きたとする、憲法学者・宮沢俊義流の8月革命説です。

 しかし葦津の指摘にしたがえば、それは抽象的形式論に過ぎず、歴史の事実とはほど遠いことになります。敗戦の前後に国民の天皇意識に、イタリア王制に見られるような変化がないからです。

 蛇足ですが、昭和21年元日に「新日本建設に関する詔書」が出されました。天皇が神であることをみずから否定した「人間宣言」と理解されていますが、木下道雄侍従は、『国体の本義』(文部省編集、昭和12年)などに明記された天皇=現御神(あきつみかみ)とする理解に誤りがある、と『宮中見聞録』で指摘しています。敗戦によって現人神(あらひとがみ)が人間天皇に変わったのでもありません。

 橋本さんの皇室論は、君主制は必然的に共和制に移行する、と考える歴史必然論に支えられているよう見えますが、葦津は完全に否定しています。個別の歴史の事実を無視しているというのです。

 以前、このメルマガで書いたように、君主制から民主制へ、さらに革命運動を経て社会主義社会が実現される、という社会発展説が無邪気に信じられた時代がありましたが、20世紀末には逆に、革命国家のソ連が崩壊しました。それどころか、いまロシアで起きているプーチンの強権政治は、まるでツァーリズムの先祖返りです。

 橋本さんは、あたかも日本がヨーロッパにはじまる民主制の終着点であるかのように書いていますが、逆にヨーロッパの王制はいま、日本の天皇制のように、象徴君主制化しているという実態を見ることができます。

 葦津が指摘するように、抽象的形式論のドグマから抜け出る必要があります。


▽多彩な国民意識が天皇制を支えている

 葦津の議論は続きます。

4、日本のいまの天皇制ははるかに非政治的で非権力的だが、無力を意味しない。もっとも強力な社会的影響力を持ち、もっとも根強い国民意識に支えられている。

5、仮にいま日本が共和国形式をとると仮定しても、岸信介や池田勇人程度の大統領より、はるかに天皇制の方がよいと日本人は信じて疑わない。国民の過半数の票を集めたとしても、国民の実感が承知しない。国民のあいだに動かしがたい国体意識があるからである。

6、その国体意識とは何か。美濃部達吉博士は「万世一系の天皇を中心として戴き、他国にないほどの尊崇忠誠を致し、天皇は国民を子のごとく慈しみたまい、君民一致する事実を指す」と力説しているが、これに限らず学者の国体論は倫理主義的な狭さを感じさせる。

7、私の考えでは、日本の国体はすこぶる多面的で、抽象理論で表現するのは至難だと思う。たとえば、天皇の地方行幸や東宮結婚などに具体的な風景から暗示される国民の国体意識は、宗教的意識や倫理的意識と割り切れるものではない。たぶんさまざまの多彩なものが潜在する。絶大な国民大衆の関心を引きつける心理的な力。これが国および国民統合の象徴としての天皇制を支えている。

8、この根強い国体意識は政治、宗教、文学、すべてのなかに複雑な根を持っている。その日本人の心理の具体的な事実を見ずして「君主制批判」という抽象理論で天皇制の将来を予想するなど愚かである。この地上からトランプの4つの王が消え失せるとも、日本の天皇制は繁栄し続けるであろう。


▽日本人は変わったか

 橋本さんの皇室論は、皇位を継承する皇太子のみならず、妃殿下にまで徳をきびしく要求します。高い徳を有することによって象徴天皇像の継承が可能だ、と訴えるのですが、葦津の記事によれば、天皇制を安定的に支えているのは、天皇・皇族の倫理性ではなく、逆に国民の根強い国体観念です。

 のちに駐日アメリカ大使となるライシャワーは「臣民の態度は、外国の命令で天皇と皇族とを取り除いても、変わらないだろう」(『太平洋の彼岸』)と述べているようです。たとえ「目に見える天皇」がいなくなっても国民の天皇意識が動かしがたいほど強力なのだとすれば、橋本さんのような倫理的要求は無意味です。

 実際、天皇不在の空位期間がのべ100年間におよぶことを葦津は指摘しています。その間、日本人の国体観念なるものが変化したということは聞きません。

 問題は、昭和20年8月に革命が起き、天皇は現人神から人間に変わった、などとバーチャルな歴史観を吹き込まれた戦後の日本人自身の「国体観念」のありようです。葦津の雑誌記事から約50年、日本人は変わってしまったのかどうかです。その意味で、橋本さんの皇室論に対する読者の反応に興味をそそられます。

 次回は、橋川文三の葦津論文批判について書きます。

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