依命通牒不掲載の通知が回った ──依命通牒の「廃棄」をご存じない? 3 [女性宮家創設論]
以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です
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依命通牒不掲載の通知が回った
──依命通牒の「廃棄」をご存じない? 3
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拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。
第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える
第2節 依命通牒の「廃棄」をご存じない?
▽3 依命通牒不掲載の通知が回った
百地先生の反論に、じつは私は期待していました。依命通牒について新しい情報が得られるかもしれない、と思ったのです。
しかしこれも見事に裏切られました。先生はこう書いています。
「斎藤氏は、昭和50年8月15日付でこの『依命通牒』が『廃棄』されたこと、しかしてこのような『戦後皇室行政史』を知らなければ、『女性宮家問題の本質』は分からないのだ、と断定する(ちなみに、依命通牒が『廃棄』されたかどうか、真偽の程は定かでない。
また仮に『宮内庁法令集』(ママ)から『消えた』というだけで法令が『失効』するのなら、現行憲法についても、『法令集』から取り除いてしまえばそれだけで『失効』させることができるのだろうか)」
先生はまったく文意を理解していません。私は「依命通牒」と「女性宮家」が直接、関係しているなどというようなバカげた理屈を振り回してはいません。「女性宮家」創設論は戦後史全体のなかで考えるべきであり、その際、依命通牒の破棄は重大なポイントになると申し上げているのです。曲解しないでいただきたいと思います。
既述したように、渦中にあった宮内庁掌典職OBの証言によれば、昭和50年8月15日の長官会議室以後、法規集(バインダー式だったらしい)から依命通牒を外すという通知が庁内に回りました。依命通牒は祭祀の命綱ですから、このためとくに祭祀を担当する掌典職では、動揺が走りました。いまでこそ会議のことは入江相政侍従長など側近の日記で知られますが、当時の職員には寝耳に水のことでした。
依命通牒の第1項は
「新法令ができているものは、当然夫々の条規によること」
です。たとえば、皇室典範、宮内府法、皇室経済法などがそれに当たります。法律が改正されれば、新法に従うのはごく当たり前のことです。
問題は第3項、そして後述する第4項です。第3項には
「従前の条規が廃止となり、新しい規定ができないものは、従前の例に準じて事務を処理すること」
とあります。宮中祭祀がこれに当たります。祭祀令は廃止されたけれども、新法はない。皇室の伝統をどう守ればいいのか。依命通牒は
「従前の例に準じて」
とし、各部局長官に通達したのです。これによって宮中祭祀の伝統は、占領下、社会党政権下も、ずっと守られてきました。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
☆ひきつづき「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンへのご協力をお願いいたします。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
〈https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB〉
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依命通牒不掲載の通知が回った
──依命通牒の「廃棄」をご存じない? 3
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拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。
第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える
第2節 依命通牒の「廃棄」をご存じない?
▽3 依命通牒不掲載の通知が回った
百地先生の反論に、じつは私は期待していました。依命通牒について新しい情報が得られるかもしれない、と思ったのです。
しかしこれも見事に裏切られました。先生はこう書いています。
「斎藤氏は、昭和50年8月15日付でこの『依命通牒』が『廃棄』されたこと、しかしてこのような『戦後皇室行政史』を知らなければ、『女性宮家問題の本質』は分からないのだ、と断定する(ちなみに、依命通牒が『廃棄』されたかどうか、真偽の程は定かでない。
また仮に『宮内庁法令集』(ママ)から『消えた』というだけで法令が『失効』するのなら、現行憲法についても、『法令集』から取り除いてしまえばそれだけで『失効』させることができるのだろうか)」
先生はまったく文意を理解していません。私は「依命通牒」と「女性宮家」が直接、関係しているなどというようなバカげた理屈を振り回してはいません。「女性宮家」創設論は戦後史全体のなかで考えるべきであり、その際、依命通牒の破棄は重大なポイントになると申し上げているのです。曲解しないでいただきたいと思います。
既述したように、渦中にあった宮内庁掌典職OBの証言によれば、昭和50年8月15日の長官会議室以後、法規集(バインダー式だったらしい)から依命通牒を外すという通知が庁内に回りました。依命通牒は祭祀の命綱ですから、このためとくに祭祀を担当する掌典職では、動揺が走りました。いまでこそ会議のことは入江相政侍従長など側近の日記で知られますが、当時の職員には寝耳に水のことでした。
依命通牒の第1項は
「新法令ができているものは、当然夫々の条規によること」
です。たとえば、皇室典範、宮内府法、皇室経済法などがそれに当たります。法律が改正されれば、新法に従うのはごく当たり前のことです。
問題は第3項、そして後述する第4項です。第3項には
「従前の条規が廃止となり、新しい規定ができないものは、従前の例に準じて事務を処理すること」
とあります。宮中祭祀がこれに当たります。祭祀令は廃止されたけれども、新法はない。皇室の伝統をどう守ればいいのか。依命通牒は
「従前の例に準じて」
とし、各部局長官に通達したのです。これによって宮中祭祀の伝統は、占領下、社会党政権下も、ずっと守られてきました。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
☆ひきつづき「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンへのご協力をお願いいたします。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
〈https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB〉